20
特別講座は、さっぱり判らなかった。
魔術を使う道具についての講座だが、内容的には前世の物理を思い出させるも
のだ。魔力板を差し込むとどこが反応してどういう仕組みで使える様になるか、
その時の魔力の流れはどうなるのか、その流れを阻害するもの若しくは反発する
ものを入れて調節する、等、図が書かれても理解できない。
言葉そのものの意味は分かるが、図で細かい説明をされても判らなかった。自
分には少し早かった、と思いつつ、タビーはどうにか最後まで受講する。
いつもの授業より、何倍も疲れた気がした。
魔術の勉強は好き、というより自分の為のものだ。
だったら自分が好きなものは何なのだろう。
ついこの前気づいた事を、とりとめもなく考える。
だから、それに気づくのが遅れたのだ。
「……」
いつもの寮の入口。出入りが激しかったのだろう、随分汚れている。
否、それはいつものことだ。
それではなく。
「……」
タビーは、じっとそれを見つめた。
足下の草を鼻先で突いているそれは、視線に気づいたのか顔を上げる。
タビーとそれ、は、目を合わせた。
少しの間、沈黙が流れ――――そして。
『べぇえええええめぇえええ』
それ、は独特の鳴き声を上げたのだ。
「で、貰ってきたと」
ライナーは仁王立ちで、目の前に座っている後輩達を見やった。
「す、すみません」
「依頼料が払えないから、って」
「だからって現物で貰ってどうする」
長々と溜息をつくライナーに、後輩達は大きい体を更に縮こまらせた。
我に返って寮に入り、談話室に直行した彼女が目にしたのは、丁度そんな場
面だった。
「どうしたんですか」
声を潜めて、見守ってる一人に話しかける。
「今日の仕事の依頼料だ、って貰ってきたんだってよ」
やはり潜めた声で、寮生がタビーに答えた。
「依頼料って、アレ……生き物ですよね」
「現物支給だとよ。舐められたな」
苦笑する寮生に相槌を打ち、タビーはライナー達を見やる。
「アレをどうするつもりだ」
「ど、どうって……」
「食べるのか」
「いや、それは……」
寮生達が顔を見合わせた。確かに食べられなくは無いだろうが、美味しいか
は判るまい。少なくとも、寮の食事で出た事はなかった。
「め、雌だし、乳が出るって話で」
「寮生全員分の乳が出るのか?」
「いや、だって大柄だし……」
言い訳にならない言い訳だ。
「売るか」
ライナーの隣に座っていたアロイスがぽつりと呟く。
「妥当ですね」
「それしかないですね」
「あの……」
タビーは恐る恐る手を上げた。
「何だ」
「アレを売るなら、ギルドの許可が必要です」
「どのくらいかかる?」
「登録料で10クプラです」
即答する。
「タビーは商業ギルドに登録してるんだろう?」
「はい、でも私は売買はしないので……その権利は持っていません」
ギルドから仕事を請け負うだけなら登録料は1クプラだ。
その代わり、売買をすることは出来ない。
「あと、家畜は大体10頭単位で売られるので、1頭だと引き受けて貰えるか
は微妙です」
「つまり、登録料だけ払っても売れない事がある、ということだね」
タビーが頷くと、ライナーは大きな溜息をついた。
「どうします?」
ライナーはアロイスを振り返る。判断を委ねたのだろう。
「飼うか」
談話室がどよめいた。
「裏庭に放置しておけば、草刈りの手間が省けるだろう」
寮長の助け船に、後輩達は小刻みに頷く。
「冬はどうする?」
「小屋を作って中にいれればいい」
「柵をした方がいいと思うけど」
「そうだな」
アロイスとライナーの会話に、寮生達は顔を見合わせる。
「教官に許可を取りますか」
「全部やらせろ」
寮長であるアロイスが立ち上がり、件の後輩達を見下ろした。
「教官への説明、小屋づくり、柵作りはお前達がやれ」
「お、俺たちだけですか!?」
縮こまっていた後輩は3人。流石に厳しいだろう。
「お前達がやるべきものだ。が、お前達が手伝いを頼むのであれば、それは好
きにすればいい」
あくまで彼らの自主性に任せる様な言い方に、タビーはほっとした。
流石にそれだけの事を3人にやらせるのは難しいだろう。
結論が出たせいか寮生達は解散し、タビーもそれに倣った。
入口を通り越す時、独特の鳴き声を聞いて彼女は少し微笑んだ。




