02
ダーフィトとは、古い言葉で【英雄】を意味する言葉だ。
その名の通り英雄伝説が残る巨大な大陸で、王都・カペルは南に位置する。
王宮に一番近い区画は貴族が住居を構え、さらに裕福な商人や近衛騎士が住む区画や官吏が多い区画、という様に分かれていく。門に近いほど庶民が暮らす数が多い。
彼女の家は、多くの商人達が住む場所にある。
「ただいま」
扉を開けても、返事はかえってこない。
テーブルの上にはパンと果物の入った籠がある。帰りに買ってきたハムとチーズを挟めば今日の夕食と明日の朝食は賄えるだろう。
重い鍵をしっかりかけて、家へ入る。
前世の様に電気はないが、ランプがあった。魔力を込めた板を交換すれば永続的に使える道具だ。
このぼんやりとした光が、彼女は案外気に入っている。
「ええと……」
今日の賃金を数え直す。ギルドでも数えたが、買い物をしたから再度確認だ。
「よし」
賃金は最高でも銀貨、もしくは銅棒貨や銅貨で貰っている。普通なら銀棒貨で支払われるものであっても敢えて細かい貨幣で貰うのは、買い物をする際に判りやすく便利だからだ。子どもだと侮られ、釣り銭を誤魔化された事もあるから用心するにこしたことはない。
手元に少しだけ銅貨を残し、残りは全て小袋へと放り込む。
商人達が多く住むこのエリアは人の出入りが激しい。
その分、近所に詮索されることも少なく、目端の利く商人は己が見た事であっても軽々しく吹聴しない。彼女の様な立場の人間が住むには最適の場所だった。
簡単な食事を終え、風呂の支度をしながら部屋をざっと掃除する。部屋数は少ないが、洗面所と風呂は別だったし、風呂には洗い場もあった。子どもが一人で暮らすには充分だ。
更に、この家には温泉が引かれていた。
王都に限らず、この国では温泉があちらこちらで沸いている。共同浴場もいくつかあるが、直接引き込むのは裕福な家だ。こればかりは先々代の道楽に感謝というしかない。
風呂に入り体を洗う。どことなく違和感があるのは、前世の記憶があるからだろうか。自分の手はもっと大きく、髪の毛も黒かったし目は暗い茶色だった。
風呂場にあるぼんやりとしか映らない鏡でみれば、赤毛と淡い緑色の目をした、今の自分がいる。
少しの間、鏡をじっとみつめてから彼女は首を振った。
今は今だ。
ここは日本ではない。
過去の名も忘れてしまった自分は、今、ここで生きているのだ。