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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
貴種
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 魔術応用のタビーが子爵令嬢である、という噂は瞬く間に学院中へ広まっ

た。

 半信半疑な者、噂を面白おかしく吹聴する者と様々だったが、何故か誰も

タビー本人に事の真偽を聞こうとしない。あちらこちらで噂をされるのには

閉口したが、根掘り葉掘り聞いてくる輩がいないだけ気が楽になった。


 騎士寮では噂があっという間に回ったが、3日も経たずに終息している。


 ヒューゴを始めとした貴族出身の面々が笑い飛ばし、ザシャが『貴族籍を

見れば、名前が載っているのでは?』とまっとうな答えを返し、ジルヴェス

ターは『尊敬している先輩だが、貴族令嬢であれば本能的に身についている

ものが一つも無い』と申し訳なさそうに答えた。

 元々、家柄よりも能力的な部分を重視する騎士寮の面々は、それもそうだ

ということで、噂を終わらせてしまったのだ。噂の主であるタビーが寮長を

務める騎士寮がそんな状態だったため、噂はどこか中途半端な状態で宙に浮

いた形になっている。

 

 これにはタビー自身も驚いた。騎士寮はもちろんのこと、応用の同期にも

問いただされるだろうと予想していたのだ。

 トビアスもこんな風になるとは予想していなかっただろう。悔しがるのが

目に見える様だった。


 トビアスの取り巻き達は、噂を流すことに躍起になっている様だが、一度

終息した噂をしつこく振りまけば、今度は彼らがその種になる。なぜそこま

で噂を流したいのか、何かしら思う事があるのか、と。

 そして不思議に思った面々は思い出す。トビアスとタビーの決闘を。

 あの頃の話を持ち出される事を、おそらく彼は嫌っている筈だ。今頃決闘

の意趣返しだ、などと思われても困る。


 今回の件については、タビーは自ら動かなくて正解だった。噂の止め方な

ど知りようもないから、動きようがなかった、という方が正確かもしれない。

 結果的には良い方に転がったが、今回の様な第三者の悪意にどう対応する

かは考えた方がいいだろう。勿論、貴族と関わらないというのが第一だが。


 不気味なのは、トビアスだ。

 『タビタ・ドルン』をどこで知ったのか。タビーを調べるだけでは、そこ

まで辿り着けない筈である。そして、不首尾に終わった噂をどう思っている

のか。タビーとしては気が抜けない。決闘騒ぎの時に刺客を送られたことも

ある。刺客は騎士に倒されたため首謀者は不明とされたが、おそらくトビア

スかディターレ伯爵家の手配だ。今回も刺客かそれなりの者達が送られる可

能性がある。


 極力一人にならない様に注意していたが、それだけでは守れないものもあっ

た。


「……」

 粗悪な羊皮紙をタビーは握りつぶす。

 自分だけならまだしも、他人を巻き込む事は許せない。羊皮紙に巻かれて

いた髪の毛は、見覚えのある群青色――――ザシャだ。


 騎士寮にいるとはいえ、ザシャは財政専攻である。腕っ節が強い訳ではな

い。貴族として最低限、身を守る方法は教えられているだろうが、ならず者

相手であれば逆らわず拘束された筈だ。護衛がいないのに下手に逆らえば、

命に関わる。

「自分が何をしているか、判っているのか?」

 ザシャは院生で財政課程にいるが、その出自は海を挟んだ隣国ノルドだ。

 しかも既に伯爵位を継いでいる。貴族を誘拐するということは、それだけ

で極刑に値するものだ。しかも他国の、となれば、国同士の問題になる。

 それを判っていて拐かしたのか、理解すらできないごろつきを雇ったのか。


 羊皮紙には、ただ日付と時間が書いてある。行かなければ、ザシャの命は

ない。だが国レベルの問題を自分だけで解決していいとも思えなかった。


 この手の相談を持ち込むのは、騎士団が一番いい。町の警邏や犯罪を取り

締まっているのは彼らだ。だが、指定された日時までにザシャを探しきれる

かというと疑問である。王都は広く、裏通りにはうち捨てられた様な家や、

物乞い、ごろつきがうろつく場所も多い。しらみつぶしに当たるとしても、

相手に気づかれザシャに何かされたら、と思うと、気が気でなかった。


 日付は、明日。

 相談するとしたら、誰に。教官か、ヒューゴか、或いはそれ以外か。


 握りつぶした羊皮紙をもう一度開く。匂いを嗅いでみるが、羊皮紙独特の

加工臭くらいしかない。文面は日付と時刻のみ、インクも特別なものではな

さそうだ。タビーの部屋の扉下に直接差し込まれていたから、恐らく院生か

教官の中に仲間がいるのだろう。彼女の行動も、恐らくそんな仲間に見張ら

れている筈だ。

 タビーは手の中で羊皮紙を丸めた。

 下手に動けば、ザシャが危ない。動かなくても、同じだ。


 タビーはそのまま立ち尽くしていた。



 待遇は、最悪である。

 饐えた臭いが周囲に充満し、じめじめしていた。縛り付けられた椅子の背

が手首に当たって痛いが、紐が緩まる気配はない。

 縛り付けられる前に抵抗したため、頬を殴られた。今でもじんじんと痛み

があるし、口の中を切ったらしく血の味がする。


 ザシャが襲われたのは、街中ではなく学院内だ。呼びかけられ、振り向こ

うとした時に後頭部に痛みを感じた。朦朧としながらも抵抗したが、結局古

い椅子に座らされ、縛られている。


(タビー絡みか)


 ザシャ自身に狙われる覚えはあったが、拐かされるとは思っても見なかっ

た。どちらかというと、命を奪われる可能性の方が高い。ノルドは貴族の爵

位数に上限があるため、兄弟姉妹のいる家では殆どが跡継ぎの座を巡って相

争う。1人消えれば、その分の枠が開くのだ。捕らえられたら、生かされる

可能性はほぼゼロである。


 彼にしてみれば、タビーが貴族であろうと無かろうと関係なかったし、少

なくとも騎士寮の面々は噂を笑い飛ばしていた。結果、この様な状況になっ

たのだから、彼女が貴族なのは案外本当かもしれない。


 だとしても、それが何だと言うのだ。


 ザシャにとって爵位は自分を縛るものでしかない。爵位の為に彼の家族は

全て失われたし、領地や家宝も無くなった。文字通り身一つでダーフィトに

来たのだ。


 遠くから声が聞こえた。

 ザシャは大きく息を吸い込んでから、くたっとした様な形を取る。ほぼ同

時に扉が開き、ごろつき達が顔を出す。

「なんでぇ、まだ寝てやがる」

「お貴族様だからな。ヤワなんだろ」

「お、お、起こすか?」

 ひ、ひ、と笑い声の混じった声に、悪寒が走る。

「お前の趣味は相変わらずだな。よく野郎にそこまで執着できるわ」

「な、なぁ、少しだけ……触ってもいいだろ?」

 荒い息をついていた男は、だが伸ばした指を他の男に払われた。

「お前なァ、こいつは商品も同然なんだぞ。触るんじゃ無い」

「け、ケチ」

 ハァハァという息は生臭い。それが自分の近くをうろついているとわかり、

ザシャの肌はそそけ立った。

「じゃ、これ。これならいいだろ?」

 ぴしり、と床を打ったのは鞭の様な音だ。ますます勘弁して欲しい。

「鞭も触るのもダメだ……ほら、これやるから行ってこい」

 床に何か落ちる気配がした。男がそれを広い、け、け、けと笑いながら部

屋を出て行く。

「俺たちもメシに行くか」

「見張りを残せ」

「へいへい」

 少しして、全員が部屋からで出て行く気配がした。だが先程までと違って

扉の前には誰かがいる。内部で暴れることは出来ない。


(タビー)


 ザシャは内心で呼びかけた。


(早まるな)


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