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久々の仕事場は、相変わらず静かな様で微妙に忙しない。
まかない付きの仕事を目指して商業ギルドを訪れたタビーだったが、待ち構え
ていた受付担当に、馴染みの貸金屋の仕事を出された。
「あの、できれば食堂とか……」
「夏休みだから、いっぱいだよ」
にこやかに微笑む受付の若い男は、そう言って譲らなかった。
「あの、まかない付きの仕事は」
「付ける様に一筆書くよ」
わざわざ書類まで持たされる。
「でも、あそこはケ……じゃない、節約する方だから、美味しいまかないではな
いかも」
「……じゃ、美味しいまかないのある店を」
「埋まってます」
他の仕事を紹介する気はないのだろう。確かに他よりは給金も高いが、まかな
いは期待できそうになかった。
貸金屋の仕事は、主に代筆である。
羊皮紙にきちんと整えられた文字で金額と利息、そして支払日を記入するのだ。
借り手によって金額も利息も異なるので、タビーは計算をしながらの記入を行
う。店の主も利息計算は出来るが、確認の意味もあって彼女にも計算をさせるの
だ。
さらに。
今回の仕事では、貸した金を返済しない者への督促状も書いている。
基本の文面はあるので、相手によって日付や名前を変更して入れるだけだが、
羊皮紙は高いので神経を使う。
基本的に金貸しは人に恨まれる事が多いと思うが、ここの店は客層がいいのか
それとも店主の手腕か、ごたごたが起こった記憶がない。
金利は安くないと思うし、そもそも借金をするというのは勇気がいる。前世の
様に法的な手助けはほぼないし、利息制限もない。借りた金額の三分の二が利息
として上乗せされてる案件も見た事があった。
ここの主人は督促に人を使わない。
その代わり、タビーが羊皮紙で手紙を書く。羊皮紙は高級なものだから、例え
ば貴族の家に届いたとしても、それが金貸しからの手紙だとは判るまい。
おまけに、文面には借り主の名前を書かないから、タビーでも相手が誰かは判
らず、万が一他の誰かに開けられても『中身を間違えた』という言い訳ができる、
とタビーは推測している。
それを考えれば、主人は知恵が回る方なのだろう。
「タビー、昼に行ってくる様に」
主人にそう言われて頭を下げる。
「これで好きなものを食べてこい。食べたらすぐ戻る様に」
昼休憩は1時間、午前と午後に15分休憩、等というしっかりしたものはない。
小さな小袋を渡されて中を見れば、銅棒貨1本が入っていた。屋台での食事だと
ぎりぎりで、食堂で食べるには足りない。
「ありがとうございます」
それでもまかない代わりに金をくれるのはありがたかった。
ここら辺の屋台は良く知っている。
浮き立つ気持ちをおさえて、タビーは店を出た。
商業ギルドは6歳になれば登録ができる。
冒険者ギルドは10歳だ。
といっても、10歳の子どもに盗賊討伐等をさせるにはいかない。そのため、ギ
ルドに所属してから2年は見習いの様な形で、他のパーティーに同行したり簡単な
案件を引き受けたりする。
騎士寮の面々は学院生でもあり、年齢的にも問題はないので様々な依頼に対応す
ることが可能だ。
「で、今日は大工仕事」
親が職人のライナーは手先が器用らしい。今年騎士専攻課程に入った下級生を連
れて王都内の仕事を請け負っている。
「色々あるんですね」
「商業ギルドの方が仕事は多いんじゃない?」
どんなちいさな物であっても、それを売買するならばギルドに所属する必要があ
る。小さな店でも払える登録料、大きな店になれば新たな権利を要するために追加
料金が必要だが、それでも良心的な範囲だ。
そして、売買の存在しないところはこの大陸にないだろう。
物々交換であっても、これは商業の1つと考えられている。
「仕事は多いですね」
久々に行ったが、ギルドの壁面一杯に依頼が貼り付けられていた。
「代筆と計算なら僕でもできそうだね」
「学院生なら問題ないですが……」
言葉を濁す。代筆業務が多いのは金貸しだ。仕事の内容は誰にも言わない様に誓
わされるから、タビーも自分の仕事の内容や貸金屋であることを口にしない。
「ただ、一日中座って書いてるだけなので」
「半日持たせる自信がないな」
肩を竦めたライナーにタビーは笑う。
「何か内職でも出来ればいいんですけど」
「そんなに困ってるの?」
「というよりは、普段が」
長期休暇なら今日の様に仕事が出来るが、普段は授業がある。
授業が終わった後では仕事に出られないし、夜遅くなってしまう。この寮は門限
が無いが、一人で夜遅く学院内を歩くのは少々怖い。
「あ、確かに」
「少し空いた時間に出来ればいいんですけど」
「何かあるかなぁ……あったら教えてあげるよ」
「すいません、ありがとうございます」
そう言いつつ、タビーは夕食である鶏肉のソテーにナイフを入れた。昼間は野菜
をたっぷり挟み込んだパンだったから、朝ほど抵抗はない。
「大工仕事って、切ったり組み立てたりですか?」
「それもあるけど、物を運んだりね。ほら、筋肉だけはみんな無駄にあるから」
ライナーは笑いつつ袖から出た腕を叩いて見せた。
「騎士になっても、そういう仕事はあるから。経験してる方がいいし」
騎士は王都だけではなく地方にも派遣されることがあり、その際に大工仕事の様
な工作をすることがある。物資を運ぶ事もあり、どの様な経験であっても生かせる
様だった。
「色々なコツも教えて貰えるし、お金の稼ぎ方を知っているのは大事だよね」
「その通りだと思います」
タビーは深く頷いて同意する。金があればどうにか出来る事が多い。
人の心等という抽象的なものは置いておいて、金が無ければ住むところも、食べ
るところも、着るものも得られないのだ。ここにいる面々は将来的に騎士団の所属
となるが、もし騎士団を辞めても、生きて行くには金が必要である。働いて与えら
れる給料だけではなく、自ら稼ぐ方法を知っていれば騎士でなくても生きていける
筈だ。
「でも、無理はしない様にね。特別講座、受けるんだよね?」
「はい、いくつか。判るかどうかは……ちょっと、アレなんですけど」
「難しい内容もあるしなぁ」
ライナーは腕組みをした。アロイス達に比べれば細いが、それなりに筋肉はつい
ている。
「先輩は、何か受けるんですか?」
「あー、一応ね。槍の講座を取ってみた」
「槍、ですか」
「あまり得意じゃないからね。少しでも底上げしないと」
自分が主として使う武器ではないが、どの様な武器でも一通り出来る様になりた
いという。
「あとは、武器講座とか。戦術関係も1個登録したかな」
「戦術……」
「腕だけと思われるのも癪だしね」
流石にこの世界に脳筋という言葉はないらしい。
「騎士も大変なんですね……」
「好きじゃないと出来ないねぇ」
水を飲みつつ、しみじみと呟いたライナーにタビーは相槌を打つ。
「好きな事だったら、結構出来てしまいますよね」
「だね」
自分の好きなものは何だろう、とタビーは考える。
魔術師を目指すのは、自分の道だ。
代筆等で働くのも、その為の一つだ。
前世で好きだったのは、何だろうか。
では、今の自分の好きなものは何だろう。
タビーは初めて、そのことについて考え始めた。




