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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
実習
182/1043

182


 倒された副隊長が下がり、味方が西側の主力と当たる。

「大丈夫?」

 その間をぬって、タビーは副隊長のいる所へ移動した。

「どうにか」

 ヒューゴは手加減をしなかった様だ。肩がまだ痺れている、と副隊長がぼ

やく。

 西側の主力とぶつかている味方は、自隊有利な事を理解している。攻めの

動きが速い。

「クヌートを頼める?」

「構わんが……行くのか?」

 負けるぞ、と言いたげな副隊長に、タビーは笑う。

「疲れさせるには充分だと思うんだけど」

「そりゃそうだ。ま、後は任せろ」

 背中を叩かれてよろけつつ、彼女は頷いた。


 深呼吸をする。


 埃っぽい空気に、喉が痛くなりそうだ。乱戦状態の中にいるヒューゴと味

方の位置を確認する。杖を握る手に力を込めた。

 タビーの足が地面を蹴る。不思議と、足が軽かった。魔術は使っていない

のに。


 タビーは無言のまま、ヒューゴに突っ込んでいく。打ちかかる寸前、彼女

に気づいたヒューゴが槍で杖を受け止めた。

 競り合いになる前に、タビーが体を離す。二人が向かい合うと、その周囲

がさがった。とはいえ、戦いは止まらない。彼女達の周囲では、引き続き乱

戦が続いている。

「来たか、タビー」

 ヒューゴが槍を構える。

「そろそろ頑張らないと、クヌートに悪いから」

 タビーも杖を構えた。


 次の瞬間、二人はほぼ同時に攻撃を放つ。杖も槍も互いの体に触れる事は

なく、武器同士が鈍い音をたててぶつかり合った。

「疾く!」

 タビーの口から呪が紡がれる。咄嗟に間合いをとったが、ヒューゴの髪が

何本か散った。

「そう言えば、魔術を使えるんだったな」

「最低限だけど」

 ヒューゴは慎重に構える。普段の打ちあいや訓練で、タビーは魔術を使わ

ない。だが今回は別だ。最低限の魔術とはいえ、行使されれば影響が出る。

 魔術を使わせない為には、杖を奪うか喉を潰すしかない。

 後者は急所狙いになる、だからヒューゴがとれるのは前者だけだ。


 ――――杖のない魔術師は敵では無い。


 講義の最中に聞いた教官の言葉を思い出す。

 ヒューゴは腰を低く保ち、タビーに向かって走り出した。彼女は逃げずに

受け止めようとする。それこそ、ヒューゴの狙い通りだ。

「貰った!」

 彼の手がタビーの杖に触れる。瞬間、鋭い痛みが走った。

「っ!!」

 辛うじて体勢を崩すことは免れる。だが、手は未だ痺れたままだ。

「……ごめん」

 タビーが杖を構えた状態で口を開く。

「私の杖、私以外の人が触れないんだ」

「何だ、それは!」

「人見知りするみたい」

 ははは、と乾いた笑い声を上げるタビーが、だが次の瞬間ヒューゴへと突

撃してくる。初撃は受け止めたが、立て続けに打ち込まれた。


 だが、打ちあいになればヒューゴが有利である。数回打ち込まれた後に、

反転して攻撃を仕掛けた。

 間合いを取るとしても、槍と杖では大して変わらない。普通の魔術師が持

つ様な短い杖ならヒューゴも苦労しないが、タビーの杖は長く、充分武器と

して通用する。先端を絡ませようとするが、相手もそれを理解して杖を引く。

 全身を使った攻防に、いつしかヒューゴは笑みさえ浮かべていた。


「お前は、本当に……」

 彼は笑いをどうにか抑える。

「ちょっと、全力出しすぎたかも」

「冗談か」

 ヒューゴが槍で手首を狙ってきた。杖を落とさせようというつもりなのだ

ろう。それを察して構えるタビーを嘲笑うかの様に、肩への攻撃が入る。

(強い)

 訓練の打ちあいでは、互いを負かそうと考えてはいない。ただ、杖や槍の

戦い方を覚えていくだけだ。

 だが、今は違う。

 どちらかが勝って、負ける。

 

 そして、タビーは負けたくない。

 例えヒューゴが相手だとしても。


 肩の痛みをこらえ、タビーは相手の懐に入り混む。杖の長さを考えれば駄

策だ。だが、杖を使わなければいい。

「弾け!」

 小さい火球が浮かび、タビーとヒューゴの間で弾ける。

「ちっ!」

 彼が数歩さがった所で、矢が打ち込まれた。

「!」

 これも咄嗟に避ける。タビーとヒューゴの間は、かなり開いた。

「支援か」

 彼は忌々しそうに舌打ちをする。

「このくらいは、許してほしいな」

 彼女は少しだけ口元を緩めた。恐らく副隊長あたりが指示をしたのだろう。

 一回だけの攻撃だったが、間合いが開いた分、余裕が出来る。


 向かい合った二人の周囲は、いつの間にか乱戦が収まっていた。

 ここでタビーに向けて攻撃の指示を出せば、彼女は間違いなく負ける。

 それをしないのは、騎士の卵だからか。


 タビーは杖を掲げた。

 ヒューゴが走り出す。


「疾く!」

 鋭い風が彼を襲う。頬を掠めた魔術は、ひりつく痛みを彼に与えた。

 だが、足は止まらない。

「はぁぁぁッ!」

 裂帛の気合いがヒューゴの口から迸る。

 タビーはそれをどうにか受け止めた。だが、力が違いすぎる。

「ひ……」

「させるかッ!」

 ヒューゴの素早い突きが、彼女の腹に入った。

「!」

 その勢いで、タビーは地面に転がる。こみ上げるものを、だが彼女はこらえ

た。起き上がろうとするが、腹の痛みが酷い。これが実戦だったら今頃タビー

は生きてはいない。起き上がれはしなかったが、杖だけは手放さなかった。


 タビーは魔術師として生きていきたい。

 であれば、その命とも言える杖を手放す事はあり得なかった。

 ヒューゴが杖を蹴ろうとするのを、寸前で避ける。うつぶせになった体勢か

ら腕を使い、どうにか立ち上がった。

 ヒューゴの突きは重い。いくら彼らに混じって訓練に勤しんでいても、本気

の戦いになれば、こうなることは判っていた。彼は騎士になる、タビー程度に

負けていては騎士専攻の首席にはなれない。

 

 荒い息をつきながらも立ち上がったタビーに、ヒューゴは眉を少しだけ上げ

た。あの突きで終わるとは思っていなかったが、実際にそうなると驚きが勝る。

 そうして、己の未熟さを思い知るのだ。


 タビーは杖を構え、ヒューゴは槍を強く握る。

 彼女の唇が動く前に、彼は打ちかかった。

 

 鈍い音。


 タビーが小さく言葉を放つ。だがその前に、ヒューゴの槍が彼女の肩を直撃

していた。

「……け」

 全身を駆けめぐる痛みをこらえ、タビーは魔術を発動させる。

「!」

 間合いを取ろうとしたヒューゴに向けて、彼女は飛びついた。

 幾つかの火球が生まれ、殆ど隙間のない二人の間で弾ける。首や腕、顔に熱

さを感じながら、ヒューゴは体勢を保とうとするが、失敗した。勢いがついた

タビーの重みに、足下が不安定になる。どうにか片膝をついたところで、もう

一度タビーの魔術が炸裂した。

「!」


 体を離せない。

 立て続けの火球は、タビーの頬も焦がしている。だが、彼女は離れなかった。


 するり、と。

 まるでしなやかな獣の様に、タビーの手が動き、ヒューゴは虚を突かれた。


「と、取った……ッ!」


 誰かの声に、彼はハッとする。左腕に巻き付いていた筈の黒い布が、タビー

の手元にあった。

「取った……」

「タビーが、取ったぞ!」

「俺たちの勝ちだ!」

 東側の院生達が声を上げる。ヒューゴは呆然としたまま、その布を見つめた。

 黒い布の結び目は、結んだときのまま固い。

 だが、その横には焦げ目が付いている。タビーの魔術が直撃したのだ。

 漸く、彼は理解した。

 一度目の魔術は、ヒューゴの懐にはいるため。

 二度目の魔術は、布を奪うため。

 

 打ちあいで勝たなくてもいい。ヒューゴの腕に巻かれた布を取ればいいのだ。

 そして、タビーは勝ち負けに拘らず、それを優先させた。


「くっ……」

 ヒューゴの全身から、力が抜ける。そのまま仰向けに、彼は寝転がった。

 悔しさもあるが、どこか楽しさもある。愉快だった、心の底から。

 だから彼は、己の気持ちに従った。


 仰向けになったまま笑い始めたヒューゴに、その太腿あたりに腰を落として

いたタビーは戸惑う。どこか打ち所が悪かったのか、と思う程だ。

「タビー、お前の勝ちだ」

 どこかでヒューゴは奢っていたのかもしれない。相手は女で、魔術応用の院

生、自分は勝てると信じ込んでいた。

 そこをタビーに突かれたのだ。自分の甘さが招いた敗北は、何故か心地良い。

 味方には申し訳なかったが。

「タビー!」

 聞き覚えのある声が響く。クヌートだ。

「タビー、凄いよッ!」

 元気そうな声だが、それと裏腹に彼の足下は危なっかしい。担ぎ上げられた

状態で戦場を駆けめぐったのが堪えているのだろう。よろよろとした足取りで

近づいた彼は、タビーに抱きつく。

「勝った、勝ったよ!」

 クヌートの左腕には、黒い布が巻き付けられたまま。

 タビーは自分が握りしめている黒い布に、目を落とす。


 最後のあがきだった。

 魔術で布の結び目を弾き飛ばそうとしたのだ。目測を誤って、少々外れた所

に着弾した様だが、タビーの魔術は見事にヒューゴの布を切った。それで充分

だ。

「さて、そろそろ退いてくれ。重い」

 自分の下からかけられた声に、タビーは漸くその体勢に気づく。ヒューゴの

太腿にまたがったまま、クヌートに抱きつかれている自分に。

「う、うわっ!ごめん!」

 慌てて立ち上がったタビーは、だがふらりと倒れかかった。腹と肩に一撃ず

つ、ヒューゴの攻撃が決まったのだ。全身に力が入らない。抱きついていたク

ヌートも、タビーを支えきるだけの力は無かった。


 二人で地面に転がり、呆然とする。

「まったく」

 人混みをかき分けて、レオがやってきた。転がっているクヌートをまず立た

せ、それからタビーを引き起こした。

「立てるか?」

「ど、どうにか……」

 まだ足下がおぼつかない。勝ったと思った瞬間に、全身の力が抜けたのだ。

 起き上がったヒューゴはまったく問題がなさそうで、腹立たしいほど。

「ほら」

 レオとヒューゴに肩を貸されて、タビーは苦笑する。握りしめたままの黒い

布が無ければ、勝ったと思えない。


「さて、先に治療か?それとも講評か?」

「教官達が待つと思ってるのか、お前」

「ないな」

 レオとヒューゴが笑い、そして周囲へ笑いが派生していく。


 乾いた音が2発、空に響いた。

 集団戦の終わりを知らせる狼煙だ。


 3日間続いた実習が、終わりを告げようとしていた。



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