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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
実習
181/1043

181


 東側の全軍が引き始めている。

 ヒューゴは前線に出ながら、相手の動きを慎重に見ていた。

「ヒューゴが来た!」

「応用は下がれ!」

 魔術応用の男子達が下がり始め、追撃を防ぐため何人かの院生が立ちふさ

がる。

「ヒューゴだ!」

「囲め!」

「させるか!」

 ヒューゴを守っていた院生達と、応用への追撃を防いでいた院生達がぶつ

かりあった。彼の周囲で打ちあいが始まる。その間にも、東側の主力は少し

ずつ下がっていた。

 傍目から見れば、ヒューゴとその周囲に生け贄代わりの院生を差し出し、

その間に応用を含む主力が下がるという撤退策だが、それで終わる訳がない。

「下がらせるな!」

 撤退すると見せかけて、別に控えさせている主力級の院生達と交代するの

だろう。よく見れば、最前線にいる筈の面子がいないことが判る。

 ヒューゴの指示に、西側の主力が動く。下がらせない様に押しとどめよう

としたところで、声が上がった。

「クヌートだ!」

「クヌートがいるぞ!」

 その声にヒューゴは振り向き、そして目を疑う。

 

 クヌートは、確かにいた。


 だが、彼は院生の一人に担ぎ上げられている――――まるで荷物の様に。

「……クヌートを囲め!」

 漸く合点がいった。クヌートは確かに身軽で足も速いが、前線を逃げ回れ

る程ではない。それなのに誰も捕まえられなかったのは、あれが理由だった

と。

「おっと」

 クヌートを抱えていた院生が、主力の攻撃に一歩引いた。

「行くぞ!」

「こっちだ!」

 次の瞬間、クヌートの体が飛んだ。目を丸くしている西側院生達の目の前

で、別の東側院生が彼の体を捉える。

「よっしゃ!」

 クヌートを放った院生が、攻撃に転じた。

 一瞬の油断をつかれて、数人が吹き飛ばされる。

「じゃあな、ヒューゴ!」

 げらげら笑いながら、クヌートを担いだ院生が下がっていく。

「くっ!」

「追うか?」

 ヒューゴは躊躇する。ここで追えば、相手方の主力に突っ込んで行く事に

なる。だが追わなければ、クヌートを捉える機会を逸するかもしれない。

「……追うな!まずは主力を潰す!」

 ヒューゴの言葉に、西側の院生達が応えた。そこここで乱闘が始まる。練

習用の剣や槍が壊れれば、素手で。もしくは相手の武器を奪って。

 ヒューゴもあちらこちらから打ちかかってくる相手を、上手くさばいてい

る。少しの間動けなくなるだけでも、戦力を削ぐ意味では充分だ。

「ヒューゴ!」

 遠くから槍が飛んできた。味方の声からそれを視認した彼は咄嗟に避ける。

「タビーだ!」

 自分の側に突き刺さった槍を見つめ、そしてそれを放った相手を見た。

「右側から襲撃!」

「耐えろ!」

 自分の周囲であがる声に、ヒューゴは応えない。

 ただ残念そうに肩を落としたタビーだけを捉えている。

「ヒューゴを守れ!」

「主力は守備に当たれ!」

 タビーの横には、東側副隊長の姿もあった。

「攻めるぞ!囲め!」

「させるかッ!」

 だが、ヒューゴの周囲にいた主力は直ぐに動けない。追撃しなかったのは

良い判断だったが、タビー達はそれを読んでいた。もしくは理解して動きを

変えたのだろう。


 形勢は決まった。


 ヒューゴのいる西側が圧倒的に不利である。だが、集団戦は総隊長の布を

取るまで終わらない。


 東側ならクヌートの、西側ならヒューゴの。

 それぞれの左腕に巻かれた黒い布、それを奪う事が勝利の条件だ。

「ヒューゴを囲め!」

 副隊長の言葉に、ヒューゴは動く。囲まれる前に、相手の指示系統を潰す

しかない。

 彼は突き刺さった槍を抜いて走り出した。

「はぁぁぁッ!」

 東側副隊長に突きかかる。相手は剣で受け、槍を避けた。だがヒューゴの

槍は間を置かずに彼を追撃する。

「くそっ!」

 槍と戦うには、剣では不利だ。だが武器を変えようにもヒューゴの攻撃が

早く、隙が見えない。

 槍と剣が激しくぶつかった。競り合いになれば、ヒューゴが強い。槍で相

手を押し込みながら、足を払う。

「うわっ!」

 東側の副隊長が派手に転んだ。その肩を踏み、剣を手放させようとした所

で別方向から攻撃が来る。ヒューゴはそれも容易く受け流す。

「守れ!」

 交戦からどうにか下がった味方が彼を囲む。周囲で再び打ちあいが始まっ

た。



 目の前で繰り広げられる戦いに、ザシャの手は忙しなく動いている。

 その図は、第三者がみても直ぐに理解できない様な、線で埋め尽くされて

いた。

「凄い……」

 その隣で呆然と呟くのはジルヴェスターだ。もっと近くで見ようとしたザ

シャに付いてきた。煩わしかったが、追い返す訳にもいかない。結局、二人

揃って、集団戦がよく見える木に移動したのだ。


 ヒューゴの姿が見える。ジルは興奮していた。声を出すなとザシャが注意

してからは、どうにか抑えようと努力はしている。


 東側の主力が下がり始めた。ヒューゴ側が追撃してくれば、それを引き入

れて自陣で潰すのだろう。ザシャからは、クヌートを抱えて退避する院生の

姿もよく見えた。

「ど、どうなるんだ?」

「静かに」

 ザシャはジルを制する。ここで追撃をするならヒューゴは確実に負けるだ

ろう。だが、彼は追撃せずその場に留まる。

(……タビーは?)

 周囲を見回すが、彼女の姿はどこにもなかった。

(主力と一緒なのか)

 ヒューゴが追わないとなれば、タビー達が動くしか無い。どちらから動く

のか、横か、正面か。

 

 東側の有利な点は、副隊長とタビーという、二人の指示者がいることだ。

 普通なら、指示系統は一方向にしていなければ混乱する。だが、彼らはど

の様にしているのか、隊を乱す様な指示は出していない。

 魔術応用のタビーと騎士専攻の副隊長、うまくすり合わせていなければ、

混乱は必至だ。

 だが、東側は混乱した様子もない。それどころか、隙も見せない動きだ。

 西側は戦力的に充実しているが、ヒューゴへの依存度が高い。どうしても

指示待ちの部分が出てくる。その僅かな時間差が、最終的に大きな差になる

のだ。


 ジルは夢中で集団戦を見ている。これでタビーが出て来たら、どんな騒ぎ

になるかと頭が痛い。今のうちに猿轡でも噛ませようかとすら思う。

「あ!」

 ジルの大きな声に、ザシャは慌てて片手で口を押さえた。

「馬鹿か。静かにするんだ」

 目を白黒させているジルに強い口調でそう告げ、ザシャはそっと手を放す。

「先輩だ……」

 人の話を聞いているのか判らないジルに溜息をつきつつ、ザシャは視線を

集団戦へと戻した。

 その場に留まり戦っていたヒューゴの横から、東側の攻撃が始まる。

 

 形勢は、決まった。

 後はヒューゴとクヌート、どちらの布が先に取られるか、だ。


 横から現れた集団のその先頭に、タビーがいる。


 集団戦は、いよいよ大詰めを迎えようとしていた。



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