177
【集団戦規定】
・2日目までの評価点を元に全員を2つの隊にわける
・各隊とも総隊長と副隊長を選出し、規定時間までに申告すること
・魔術応用の者は指定された魔術以外は使用不可
・罠については、集団戦後、原状回復が可能なものに限る
・武器は練習用の剣、槍、弓を用いる
・魔術応用の者は杖の使用を許可する
・総隊長は黒い布を左腕に巻き、この布を取られた段階で勝敗を決定する
・重傷者がでた場合、速やかに場外へ運ぶこと、その際の攻撃は禁じる
・集団戦においては棄権を認める、棄権をする者は戦闘場から退避するこ
と
・集団戦に限り、棄権した者にも勝敗による評価点は与えられる
「……まさかのまさか、だな」
集団戦直前、両陣の総隊長と副隊長が顔を合わせる。
お互い、指定通りきちんと布を巻いているかの確認、というのが建前だ。
本当のところは、心理戦に近い。総隊長についてきた者達を見て、誰がど
の様に攻めてくるか、相手がどう出てくるかを見極める。青ざめて小動物の
様に小刻みに震える総隊長クヌートと、副隊長。その後ろにタビーが控えて
いるのを見て、ヒューゴは目を細めた。
「タビーが参謀か」
「まさか。私は見張り」
彼女は手を上げる。ロープが巻き付いていた。その先は、東側総隊長クヌー
トの腰に繋がっている。
「……同情する」
どちらに、と、ヒューゴは口にしなかった。
「腕を」
彼が促すと、クヌートはふるふると首を横に振る。後ろに下がろうとした
所をタビーと副隊長に押さえられ、左腕を突き出された。左腕の上腕部に黒
い布が巻き付いているのを確かめる。
「そちらは」
「副隊長が確認します」
ここでヒューゴの布を確認させたら、集団戦が始まる前にクヌートが失神
しそうだ。
東側副隊長がヒューゴの布を確認し、戦い前の準備が全て終わる。
「では、よい戦いを」
「よ、よ、よ……」
クヌートは震えで口が回らない様だ。タビーがロープを軽く引っ張ると、
ようやく微かな声で同じ言葉を返す。
「クヌート、こんな事をいうのは何だが……頑張れよ」
敵方であるヒューゴから声をかけられ、彼の震えが倍増した。
「た、た、タビー」
「うん?」
「ヒューゴが本気だ」
東側本陣に戻りながら、クヌートは声を震わせる。
「どうしよう、ぼ、僕、ヒューゴになんて勝てない」
槍術実習でも槍を当てる事すら出来なかった。騎士専攻首席のヒューゴに
クヌートが勝てるものはまったくない。
「クヌートが勝つ必要はないんだよ」
タビーは腰に巻いていたロープを外す。対面さえ無事に終われば、後は始
まるのを待つだけだ。ここまでやっておいて逃げ出す勇気はクヌートにない。
「集団戦だから。みんなで戦うんだし」
「で、でも僕が布を取られたら」
「終わるね」
「集中攻撃されたら!?」
「今、考えても仕方ないと思うよ」
「違うよ!事前に考えておくべきことだよ!」
悲鳴の様な物言いを、だが副隊長とタビーは黙殺した。
東側の総隊長はクヌート・バイアーである。
これはもう決まった事で、対面確認も行った今、覆せないことだ。
「まぁ対策は考えているよ」
「騎士専攻の強いヤツを側に置くから大丈夫だ」
流石に哀れになったのか、副隊長も口添えする。
「ホント?本当にホント?」
「うん、本当」
「そうじゃなかったら、危ないだろう?」
タビー達の言葉に、クヌートはようやくほっとした様な表情を浮かべた。
東側の守りは魔術応用が中心だが、それだけでは総隊長を守り切れない。指
示を出すためにも、適切な助言と総隊長を守ることが出来る者がつく。
今回の作戦では、東側の主要戦力の殆どは前衛に出すが、何人かは交代でク
ヌートに付くことになっていた。
「タビーも、前?」
「うん。対魔術応用で」
ヒューゴ達の方にも魔術応用の院生はいる。どの様な罠を使うか判らない為
騎士専攻と直接戦わせるより、同じ魔術応用の院生が当たった方が効率的だ。
要は魔術応用を封じる手段である。
「前に行ったら危ないよ!女の子なんだから、陣の守りにいた方がいいよ!」
クヌートの言葉に、タビーは苦笑する。確かに女の子、ではあるが。
「強い魔術は使えないけど、工夫次第で色々できるから。そこまで前に出ない
よ」
「大丈夫?でもやっぱり危ないから、だめだったら僕の側にくればいいよ!」
安全だから!と言い切る彼に、タビーは頷いた。
「そうだね。万が一があれば行くよ」
「万が一じゃないよ!危ないよ!騎士専攻の連中なんて、脳味噌も何もかも
筋肉でできてるんだからッ!」
「……お前もその騎士専攻だろ」
副隊長が呆れた様にクヌートの髪の毛をかき回した。小さな悲鳴を上げて、
彼はタビーの後ろに回り込む。
「ほら、タビー!こんな連中が相手なんだから!」
むきになるクヌートと笑う副隊長。
あと少しで、戦いが始まる。
■
ザシャは木の上にいた。
見学席からみても、陣営の動きは判らない。少し上から俯瞰する様な形で眺
めるのであれば、木の上が最適だ。
「凄い、よく見える」
最も、意図しないおまけがついてきたが。
「ジル、席に戻ったら?」
「戻っても、よく見える席はあいていない」
「……」
ザシャは溜息をつく。できれば一人で静かに見学したかった。だがこの場所
が一番見やすい。今更移動するのも癪に障る。
彼は諦めて、手元の羊皮紙を見下ろした。中央に線が引かれ、左右の端に陣
の位置を記している。
先程中央で何か打ち合わせの様なものをしていたのが遠目に見えた。もうす
ぐ始まる筈だ。
「どっちが勝つと思う?」
ジルが木の枝に腰を下ろす。枝が大きく揺れ、ザシャは煩わしそうに相手を
見た。
「わからない」
「私は東側が勝つと思う」
「……タビーがいるからか」
「そうだ」
明快な回答に、ザシャは内心溜息をつく。これがダーフィトという巨大な国
の侯爵家子息、将来の侯爵様だというのだから世の中は判らないものだ。
「ザシャもそう思うだろう?」
「勝負は時の運だから。それに寮長も戦術的に強いし駒も揃っている」
「駒とか言うな!」
「それは失礼」
ザシャは軽く肩を竦めた。
ヒューゴのいる西側は、二段構えに見える。中央に据えられた格子状の柵は
互いの陣が見えない様、木の板で仕切られていた。始まれば、それを取り除く
のだろう。
まずは、あの柵をどう攻略するか、だ。
柵を倒して攻め込む為には、柵を破壊するしかない。だが破壊をしている間
に敵方が柵を越えてくる可能性がある。
タビーであれば、まずは魔術で柵を繋ぐロープを切る。ヒューゴであれば、
柵を壊す者と牽制、もしくは柵越えで攻撃する者と分けると考えられた。
総隊長をわざわざクヌートにしたのは、戦力を前方に集中させる為だ。そこ
から考えれば、序盤はタビーが優位。だが総隊長の黒い布を剥ぎ取るまで、そ
の勢いが続くかどうか。
ヒューゴ側の魔術応用の使い方もいくつか考えられる。中段配置をし、柵を
壊す間の牽制役が一番有力だ。その後、後方に下げるのか、それとも前方に押
し上げるのか。
「後ろにさげるか……」
だが、最低限の魔術しか使えない応用の院生を活かすのは難しい。騎士専攻
では魔術を把握しきれていないだろう。事前に聞き、それが何か理解できてい
ればまた別だが。
集団戦は棄権が認められる。特に戦闘慣れしていない魔術応用の院生は棄権
する者が多い。棄権をしても、所属した隊が勝てば評価点を貰える。だからこ
そ魔術応用では無理をする者が少ないのだ。
「最後は肉弾戦か」
最前線で動ける魔術応用の院生は、タビーだけである。ヒューゴとタビーが
同じ隊であれば、戦う前から勝敗は決まっていた。逆に二人が違う隊になった
からこそ、この集団戦は面白くなった、とも言える。
それを口にすれば、隣の侯爵家ご子息様は憤慨するだろうか。
「あ、動いた」
ヒューゴの隊が少し前に寄せられる。タビーのいる東側は、前方にほとんど
の人数を集めている。陣周りが手薄だ。
「突撃されないことが、最低限という事か」
「東側は陣の周りに殆ど人がいないな。どうやって突撃を防ぐか」
陣には総隊長がいる。数人の突撃を許せば、あっという間に負けるだろう。
それを、タビーはどうやってかわすのか。
ザシャはそれが楽しみで仕方なかった。




