表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タビーと騎士の犬  作者: 弾正
実習
176/1043

176


「これで罠になるの?」

 杖を翳していた同期に、タビーは頷いた。

「充分なるよ」

「私には、ただ穴を掘ってるだけにしか見えないのですけど」

 緑魔術の基本中の基本は、風を起こすことである。それを使って、東側の

魔術応用の面々はあちらこちらに穴を掘っていた。

 地面に接した位置に魔術を使うと、みるみるうちに穴が広がる。2人がか

りでやれば、結構な大きさの穴が直ぐにあいた。

「このくらいかな。ええと、次に土を戻しながら、水を注ぐと」

「おう!持ってきたぞ」

 井戸から水を運んで来た騎士専攻の面々が空いた穴に水を入れる。魔術で

やるとどうしても時間が掛かるため、ここは人力だ。

「他も同じ様にすればいいのか?」

「うん。半分くらいで。ほどほどに」

「了解!」

 水を運んで来た男達は再び井戸へ向かう。普段の訓練と比べれば、楽なも

のらしい。一人当たり2つの桶を、問題無く持ってくる。

「……タビー、これでは落ちたら危ないのでは」

 恐る恐る中を覗き込んでいた同期が、心配そうに問いかける。

「うん。だから今度は土を入れてかき混ぜるんだ」

 先程掘り出した土を今度は穴に少しずつ入れる。

「混ぜて貰える?」

「わかったわ」

 タビーの言葉に、同期生は恐る恐る緑魔術を発動させた。水と土が混ざり

どろどろになっていく。溢れるか溢れないかの位置で止めると、穴は見事に

泥で塞がれた。

「……どろどろですわね」

「うん。多分、この中に落ちるのはいないと思うんだけど」

「まぁ!だったら、どんな意味が?」

「泥のついた足で走ったら、滑るよね」

「ああ!」

 合点がいった、という様に、同期達は頷く。

「タビー、だったら深くするより、浅い溝にしては如何?」

「それもいいね。そしたら……この穴から少し離れたところがいいか」

 一人が西側に少し移動する。

「ここら辺はどうかしら」

「いいね」

 タビーは自分の杖を地面に立てた。

「そしたら、穴と一緒に溝もお願いしていい?」

「作り方は、さっきのと同じですわね?」

「うん」

「泥で塞ぎますが、味方が落ちては困ります」

「始まるまで、何か目印立てようか」

「そうね。タビーの杖をこのまま、という訳にはいきませんから」

「では、私、木の枝か何かないか聞いてきます」

 もう一人の同期が走り出す。

「タビー!ちょっといいか!?」

 陣を作っている一人がタビーを呼んだ。

「じゃ、お願いするね」

「任せてくださいな」

 微笑んだ同期に頷いて、タビーは杖を抜いて走る。

「何かあった?」

「ここなんだが……」

 一番奥にある総隊長の陣は、思う程堅牢ではない。やや坂をつけてある程

度、あとは周囲に魔術応用の女性達を配置するだけだ。

「何か仕込むか?」

「……ああ、そういえば」

 タビーは思い出した。集団戦向けに彼女が用意したあれを。

「荷物って、どこに置いてるっけ」

「あっちの裏……なんかあるな?」

 にやり、と笑った相手に、タビーも同じ様な笑いを返す。

「陣の少し前に、ちょっとした溝があるといいな」

「了解だ!」

 陣を構築していた面々が、指定された場所に溝を掘り始める。タビーは荷

物を取りに行こうと身を翻しかけ――――。

「タビー!」

 悲鳴の様な声に、彼女は思わずその場で固まった。


「タビー!タビー!これ、なんなの!?なんなのっ!?」

 クヌートだ。後ろにはレオがついてきている。

「ぼぼぼぼ」

「ぼ?」

 とぼけるタビーの腕を、声の主は逃すまいと掴む。

「僕が総隊長って!何なの、何なのコレっ!」

「いやぁ」

「いやぁ、じゃないよッ!タビーが推薦したって聞いたんだから!」

「うん、それについては否定しない」

「否定してよっ!」

 腕を掴むだけでは飽き足らず、クヌートはタビーをがくがくと揺する。

「何考えてんのっ!」

「いやだって、勝ちたいって言ってたじゃない?」

「それとこれと何の関係が……」

「だから、勝つためにね。戦力を全部前に出すんだ」

「待って、だったら誰が僕を守るの!?」

 総隊長は陣で指示を出す。その周囲は成績上位の騎士専攻で守られるの

が普通だ。だが、今回の作戦では全員が最前線行きである。


「私たち、魔術応用の全員でクヌート総隊長をお守りします」

 少し目をそらしつつ、タビーは淡々と答えた。

「何言ってんだよ、タビー!」

 揺すられながら返した言葉は、クヌートのお気に召さない様だ。とばっち

りを恐れて、陣構築をしている男達はさりげなく距離を取っている。

「昨日といい今日といい、タビーは僕が嫌いなのッ!?嫌がらせならもっと

他のことにしてよ!」

「いや、嫌いだったら最前線に突っ込むよ」

「あ、そうか……じゃなくて!」

 クヌートは漸くタビーから手を離す。

「ど、どうするの?僕はやらないからねッ!」

「もう申請しちゃった」

「取り消してよぉ!」

 彼の瞳は涙で潤んでいる。だがそんなことに怯むタビーではない。

「大丈夫、指示出しも何もしなくていいから。総隊長やってればいいから」

「全然大丈夫じゃない!」

「あ、私、準備あるから。詳しくはまた後で」

 タビーはさっと手を上げ、荷物置き場に向けて走り出す。

「タビーの意地悪!!」

 悲鳴の様な叫び声に彼女は口元を少し緩めつつ、だが振り向かなかった。



 ザシャはいつもより早く起きた。

 今日は騎士専攻と魔術応用の実習最終日。彼が所属する財政課程は、今日

行われる集団戦を見学し、それについての考察等を含む論文を提出すること

になっている。

 財政課程は全体的に人数が少ない。それでも4学年分の人間が集まると結

構な人数になる。

 それに加えて、今日は騎士専攻の面々も見学を許可されていた。いい場所

を取るなら早めに行かなければならない。


 ザシャは小さめの羊皮紙と携帯用の筆記用具を袋に入れた。服も動きやす

いズボンと上着にしている。食堂でパンを一つだけ貰って、学院を出た。


 財務課程は集団で移動しない。それぞれ許可証を持ち、騎士団へと赴く。

 引率もいないため、見学をせずに済ませることも可能で、毎年何人かはそ

ういう者がいると聞いた。

 戦術論や用兵術について書けば最低点は貰えるので、それを狙うらしい。


 騎士団につき、許可証を見せて中に入れて貰う。

 一時期、ザシャはここに軟禁されていた。どこに何があるかは判る。

 実習場所に向かうと、既に何人か人がいた。皆が見ているのは順位表と組

分けの様だ。ザシャは足を早め、貼り出されている順位表を見る。


「12位か」

 タビーの隊を見つけてザシャは呟く。即席で作られた隊にしては、うまく

やっている方だ。1位はヒューゴの隊である。

 タビーがいるのは東側の陣、ヒューゴは西側の陣だ。

 集団戦に巻き込まれることを避ける為、見学場所は少し離れた所に設置さ

れる。

「……あれ?先輩が総隊長じゃない」

 近くで上がった声に聞き覚えがある。ザシャが顔をあげると、ジルヴェス

ターがそこに立っていた。

「ジル?」

「ザシャ」

 向こうもこちらに気がついた様だ。

「ザシャ、何故先輩が総隊長じゃないんだ?」

「さぁ?それより……」

 ザシャは周囲を見回す。騎士専攻は、ジルしかいない。

「抜け出してきた?」

「皆、のんびりしていたからな」

 騎士専攻は揃って騎士団に向かうことになっている。

「……大丈夫なのか」

 ジルは軽く笑ってその質問に応えなかった。

「寮長が総隊長なのは判るけど、タビー先輩が総隊長どころか、副隊長でも

ないなんて」

 東側の組分け表を眺め、ジルは不服そうに呟く。

 東側、西側の組分け表には総隊長と副隊長の名前の前に印があった。だが

タビーの前には何も書かれていない。

「そもそも、総隊長のクヌート・バイアーというのは……」

 ザシャの記憶が確かなら、それは小柄でいつもにこにこしている男爵家子

息の筈だ。どこをどうみても強そうには見えなかったが。

「……」

 東側の組分けには、ヒューゴほどではないが成績上位者が何人もいる。そ

の誰も総隊長ではないのだ。

(戦力を全て前衛に置くのか)

 ザシャは羊皮紙に組分け表を見た段階での疑問点を書く。それを終えると

未だに首を捻っているジルを置いて歩き出す。

「ザシャ、見学席はそっちではないぞ」

 ジルの声を無視して、ザシャは別方向へ向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ