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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
実習
175/1043

175


 3日めの朝が来る。

 昨夜遅く、廊下の寝床に辿りついたタビーは、倒れ込む様に寝てしまった。

 今朝は、同期に起こされる有様である。

「珍しいわね、タビーが寝坊なんて」

 学舎から一番遠い騎士寮に住んでいるが、タビーが遅刻をした事はない。

「ありがとう」

 起こされなかったら集合時間に間に合わなかった。しかも魔術応用の男子

達は女子が全員起きない限り廊下に出られない。酷い事になる前でほっとす

る。

「顔洗ってくる」

「いってらっしゃい」

 手洗いや洗顔を済ませ、リタで作られた傷薬をほんの少しだけ掌に伸ばし

て頬につけた。軽傷向き傷薬ではあるが、肌の保湿もしてくれる。準備が整っ

たところで、タビー達は外に出た。


「順位はどうかな」

「私の隊は、馬上戦闘が……。でも障害は良かったの」

「私のところは、騎乗で私が足を引っ張ってしまって。申し訳ないわ」

「仕方ないわよ、馬になんてあまり乗らないもの」

 貴族の子女であれば教養の一環で習う事もあるというが、それ以外では馬

に触れる機会はない。タビーも騎士寮にいなければ、今の様に馬に乗れなかっ

たと思っている。

「集団戦は、どうなるのかしら」

「強い方と一緒ならいいのだけれど……」

 同期の言葉に相槌をうちながら、タビー達は朝食を配っている所へ向かう。

 その中にハインツの姿を見つけた彼女は、目を丸くした。

「おはよう、ハインツ」

「おはよう、タビー……って、なに、その顔」

「え?いやだって……」

 ハインツも昨夜は遅かった筈だ。朝食も院生達が自主的に作るものだから

昨夜遅かった面々は手伝わないだろう、と思い込んでいた。

「なんか早く目が醒めたから。はい、スープね」

 木の椀を受け取り、並べられたパンを一つだけ手に取る。同期に誘われ、

近くの木の下に腰を下ろした。

「ね、ね、タビー。あの方、同じ隊なの?」

「え?ハインツ?」

「そう!」

 食事をしつつ、小さな声で問われてタビーは頷く。

「いい人そうね」

「うん、そうだね」

「もう、タビーったら」

 側で聞いていた同期に、軽く肘でつつかれる。

「どうなの?いい感じ?」

「あ、そっちか……」

 タビーは苦笑した。残念ながら、そういう気持ちはない、と言い切った彼

女に、同期達はつまらなさそうな顔をする。

「タビーもそうなのかと思ったのに」

「そうなのか、って、え?誰かいるの?」

「知らないの?何人か、良い感じの人がいるのよ」

 聞けば、魔術応用と騎士専攻の院生の間で、いい雰囲気の者達がいるとい

う。

 確かに騎士専攻は女っ気がない。そして実習で格好いい所を見せられれば

魔術応用の院生の胸を騒がせる事くらいは軽くできそうだ。

「でも、残念ながら貴族の方は駄目みたい」

「それはそうよ。婚約者がいる方も多いし」

「そういえばそうだよね」

 中途半端に盛り上がってしまい、場が何となくしらける。全員が黙ったま

ま食事を済ませた。

「集団戦か……」

 一人の院生が溜息をつく。

「大丈夫かなぁ、私」



 集団戦は、30の隊を半分にわけ、お互いの総隊長を守り切るというもの

だ。

 守る為に果敢に攻めるか、鉄壁の防御態勢を敷くか。その指揮を執る総隊

長は腕に黒の布を巻き、これが取られれば負けである。


「総隊長は、貴族の中から選ぶべきだと思う」

 隊分けが発表され、それぞれの陣地が決められた。昨日使っていた馬場も

含め、かなり広い場所を取って行われる。

「それはいい」

 一部で盛り上がっている者達に、タビーは溜息をついた。

 午前中は作戦検討と陣地造営だ。単なる平地の陣地をどの様にするかは、

総隊長の考えで決まる。だが、その総隊長になりたいのは、一人だけではな

い。まずは各隊の隊長のみが集まり、総隊長を決めようとしたがうまくいか

なかった。

「ここは勝ちたい。戦力になる人間を総隊長に据えるのはどうなんだ?」

 貴族ではない院生の言葉に、貴族以外の全員が頷く。勿論、タビーもだ。

「弱い人間を総大将にしてどうする」

「だったら、強い人間……そうだな、タビーあたりを総隊長にすべきだ」

「え?」

 急に振られて、タビーは目を見開いた。

「応用の者に総隊長などできまい」

「そうだ、作戦の一つもわからないだろう」

「だがタビーは応用の首席だ。相手はヒューゴを総隊長にしてくるに違いな

い。ヒューゴとやり合うことを前提に考えた方がいい」

「貴様、私があの男に劣るというのか!?」

「そんなことは言っていない!」

 にらみ合いが始まる。このままでは先に進まない。

 騎士寮に住んでいる貴族は、案外心が広い。というよりは、騎士寮や騎士

専攻の流儀に従っている。つまり『強い者が上』だ。

 だが貴族寮はあくまで『家格』で順位付けがされる。それを実習に持ち込

んでもいいと思っている貴族は扱いづらい。

「タビー、君は総大将をやる気があるのかい?」

「ある」

 小馬鹿にした様な物言いに、タビーは無表情で返す。そんな返事を予想し

ていなかったのだろう、貴族の院生達が口を噤んだ。

「でも、戦力になる人間を総隊長に置くのは私も反対」

「自分が戦力になると思ってるのか」

「思っている」

 睨みつけてくる貴族に、彼女はあくまで冷静に返す。

 騎士専攻には叶わないにしても、魔術で補える部分はある。タビーの強み

は杖術と魔術を併用できることだ。

「ここは、一番弱い人間を総大将に据えて、その周りの守りを固めたらどう

かな」

 タビーの言葉に、騎士専攻の面々が顔を見合わせる。

「つまり、戦力は全員最前線へ、ってこと」

 相手の総大将になるであろうヒューゴとやりあうのは、別に総大将でなく

てもいいし、一人でなくてもいい筈だ。

「総大将の周りが手薄になるぞ」

「うん、だから突破されたらその段階で負けと同じだね」

「それはちょっと怖いな」

「通さなければいいだけの話」

 タビーは目の前におかれた、陣地の図を見る。今はまだ、真ん中に線が引

かれただけだ。

「左翼と右翼は、こうやって包み込む様に攻めてくる。そうなるとこの付け

根の部分が手薄になるよね」

 足下の石を拾って置き、指さすタビーに皆が頷く。

「さらにここに戦力を置ければ確実なんだけど」

「そこまで人数はいない。夢物語か?」

 揶揄する様な貴族の言葉を、タビーは無視した。

「戦力不足はやっぱり否めないから、ここは罠を仕込むかな」

「落とし穴とか?」

「うん。私はそこらはちょっと弱いから、何を仕掛けるかは任せるけど」

 集団戦で許されるのは、落とし穴やロープ張り等、簡単なものだけである。

「溝を掘るか」

「浅いが、転ぶくらいは出来るだろう」

「できれば、向こうの主力を突出させて押さえたいな」

「囮も必要か」

 一部を除き、全員が考え込む。何か言おうとした貴族は、だがそれすらも

できず不満そうだ。

「総隊長の位置はここ」

「少し土をよせて、高くするか」

「ここに溝をいれよう」

「この周りは?」

「応用を守備に回すか」

 使える魔術が制限されているため、積極的な戦力として前線に出すことは

難しい。ならば後衛におくしかなかった。

「タビーどうだ?守備はできるか?」

「出来るけど、うちだけで守備、というのは不安がある」

「だよなぁ」

「総隊長をどうやって守るか、だな」

「……」

 タビーは空を見上げた。ヒューゴだけではない、相手にはそれ以外に強い

者達もいる。

「やっぱり、総隊長は一番弱い人にしよう」

「タビー?」

「囮役も総隊長にやってもらう」

「……囮じゃないだろ、それ」

「要は、捕まらなきゃいいんだよね。逃げるだけ」

「まぁ、な」

 タビーは先程から黙ったままの貴族達に顔を向ける。

「どうする?総隊長、やりたい?」

「馬鹿にしてるのか!?」

「していない。だって、勝たなきゃいけないから。悪いけど、そんな事考え

る暇ないんだ」

「ぐっ……」

 暫く沈黙した後、貴族は首を横に振った。

「その言い方だと、宛はあるみたいだな?」

 騎士専攻の一人が、にやりと笑う。

「まぁね……よし、取りあえず罠と誰をどこに配置するか決めよう」

 タビーの言葉に、今度は全員で陣図を見る。

「真ん中にある柵をどうするか」

「ここに溝だろ?こっちは」

「待て、それでは右ががら空きだ」

 一度こう、と決めれば、後は早い。互いに言いたいことは呑み込んで、勝

つために知恵を寄せ合う。

 意見を陣図に書き込みつつ、タビーは胸を過ぎる罪悪感に蓋をした。


 すべては勝つためなのだ。


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