168
実習日前日、全ての講義は午前中で終わる。
下級生にとっては嬉しい臨時休講だが、騎士専攻と魔術応用の最上級生は
実習の準備や打ち合わせに忙しい。財務も集団戦を見学して考察を書く課題
がある。見学席の席順を決めたり、どの様な隊分けになっているか、事前考
察や予想をするのに慌ただしい。教官達は実習場所を整える為に最低限の人
数を残して全員出払っている。
そんな中、タビーは学院の食堂にいた。
日当たりのいいテーブルに突っ伏した彼女の手には、皺の寄った羊皮紙が
ある。
「そんなにまずいのか」
同じテーブルに席をとっていたハインツが問いかけた。
「防御魔術は一切使用禁止……」
呻いた彼女の言葉に、レオとディーターは顔を見合わせる。
「ちょっと待ってよ!応用が防御魔術使えないって、どうなの!?」
クヌートが顔を青ざめさせて立ち上がる。
今日の最終講義で、魔術応用の院生には使用可能魔術の一覧が配布された。
最終学年ともなれば、威力の強い魔術も行使可能だ。極端に考えれば、味
方全てに防御魔術をかけて特攻させる方法も取れるし、遠方から威力の強い
魔術を数発打ち込めば、簡単に決着をつけることもできる。その為、魔術応
用の院生は使用可能魔術を前日に指定されるのが通例だ。
「借りるぞ」
レオがタビーの手の中から羊皮紙を取り上げる。
「ええと、防御魔術の使用は一切禁じる……って、本当だ」
「ひいいい」
「あと使えるのは……魔術応用一年時に修得したものに限る?」
「一年って、何を習うんだ?」
騎士専攻の4人には、いまいち判りづらい。
「防御魔術も付与魔術もだめ……」
タビーはのろのろと顔を上げる。
「私の得意分野、全滅だよ」
「え?タビーって攻撃型じゃないの?」
クヌートの言葉に、タビーはがくりと頭を下ろす。
「使えなく無いけど、一年の時に習った魔術だけ、って、本当に使えるもの
が少ない」
「え?タビーが使えないの?」
「馬鹿かお前。実戦で使えるものが少ない、ってことだろ」
レオに額を弾かれ、クヌートは不服そうな顔のまま座った。
「となると、やっぱり変わらず肉弾戦か」
「……去年は一番簡単な防御魔術は使えたのに……」
昨年の実習概要を見て予測を立てていたタビーは、脱力したままだ。
「まぁまぁ、全く使えない、って訳じゃないから」
ハインツが肩を叩くのに、彼女は辛うじて頷く。
「どちらにしても、連携や協力が重要になるな」
ディーターの言葉に全員が頷いた。
「そもそも集団戦は誰と一緒になるか、でまた違うだろう」
レオが腕を組む。
「面倒なのと一緒にならなければいいが」
「あれ、ディーターもそういうの嫌がるんだ?」
クヌートは不思議そうに彼を見た。
「……できるだけ、貴族とは組みたくない」
「騎士寮にいない貴族とは、だろ」
ハインツが補足する。
「えー?でも、楽だと思うよ」
クヌートはそこまで気にしていない様だ。
「だってあいつら、頭下げてればいいんだもん。はいはい、って言ってれば、
大丈夫じゃない?」
「……同じ貴族の言葉とは思えないな」
ハインツが苦笑した。
「同じ貴族だからだよ。適当にやり過ごす」
得意げな顔に、レオが呆れた様な溜息をつく。タビーも顔をあげた。
「どっちにしても、これで集団戦は騎士専攻の力が中心になるよね」
こっちは役立たずだなぁ、と続けた彼女に、レオは羊皮紙を返す。
「応用の一年って、どんな魔術習うんだ?」
「ええと、基本的な攻撃魔術かな。基本中の基本。みんなが考える様な派手
なやつは使えない」
「威力はともかく、攻撃魔術が使えるだけよかったと思うところか」
「昨日の水みたいなのは?」
ハインツが問う。
「あれもだめ。そもそも最初は理論とか座学中心だから……使えるのは、多
分10種類くらい」
「すくなっ!」
「ちなみに、使ったら?」
「その場で棄権とみなす、って」
羊皮紙の注意事項に一番大きく書いてある。
「隊全員の棄権にはならないのが救いだよ」
長いため息をタビーは吐いた。
「集団戦で前衛に出られるのは限られそうだな」
「私は取りあえず限られた魔術で何ができるか、考えないと駄目だ」
応用の一年に習った魔術の確認も必要だ。タビーだけではない、他の応用
の面々も悩んでいるだろう。
「まぁ、とりあえず応用は振り出しに戻った、って事だな」
どんな場面でどの魔術が使えるか、考える時間は少ない。だがそれは魔術
応用の全員が同じ条件だ。
「そうだね。ちょっと不安だけど……」
タビーはようやく顔をあげ、全員を見回した。
「集団戦は最終日だし、それまでにどうするか考えるよ」
「そうだな」
「あ、明日の準備は終わった?」
クヌートが思い出した様に口にする。
「一通りは」
「天幕は騎士団が準備するって言ってたな」
「あとは、布をいくつかと念のための着替えと」
「今日配られた薬だな」
「ああ、それもあった」
クヌートはぽんと手を叩き、持っていた教本の隅に『薬』と書く。
「あんまり色々持って行くなよ。邪魔になる」
「わかってるって」
それでも心配なのだろう、レオはクヌートの手元を覗き込んでいる。
「あ、そうだ。言い忘れてた」
ハインツが思い出した様に手を叩く。
「なに?」
「タビーさ、うちの隊長になってるから」
「……は?」
「ほら、俺、種目申請しに行ったとき。隊長決めて、って言われたから」
平然と続ける彼に、タビーは目眩がした。
「隊長って言っても、まぁ連絡係程度だから」
「普通、騎士専攻から出すよね?」
「いや、タビーがいい」
口数の少ないディーターに言われ、彼女は想わず口ごもる。
「俺たちじゃ誰がなっても揉めそうだ」
「えー?僕、隊長やりたかったな」
口を尖らせるクヌートを一瞥し、ディーターは『な?』と言うかの様に肩
を竦めた。
「多分、応用の隊長ってタビーだけじゃない?」
「だろうな」
ハインツとレオのやり取りに、タビーは頭痛がしてくる。
「なんでそんな大事なこと……」
「忘れていた、今まで」
へらりと笑うハインツに、彼女は脱力した。絶対に故意だと判るが、今更
取消はきかない。隊長とは名ばかりで、連絡係程度ならいいか、と早々に諦
める。
「いよいよだな」
全員が手元に実施要領の書かれた羊皮紙を取り出す。
騎士専攻は自前の武器持ち込みが禁じられている。持ち物も汗を拭いたり
する布数枚、薬程度しか書かれていない。着替えは任意だそうだ。
魔術応用は杖と薬、騎士課程と同じく布数枚、着替えとなっている。短剣
の持ち込みは許されているが、これは戦いに使うものではなく、応急手当を
する時用だ。
「持ち物は、今日帰寮したら必ず確認する。クヌートは俺も一緒に確認する
から」
レオの言葉に『子ども扱いするな』とクヌートから抗議があがるが、全員
さらりと流した。
「あとはもうなるようにしかならないな」
今日の鍛錬は早めに上がり、しっかり休むことを全員で約束する。
実習日は、明日に迫っていた。




