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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
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「あ」

 タビーの声と同時に、ナイフが折れた。

「だめか……」

 根元から折れたナイフは、くすんだ色をしている。断面も同じだ。


 卒業に向けて、魔術応用の学院生はそれぞれ研究課題を設定している。論

文を書き、それが認められて初めて卒業が可能なのだ。攻撃魔術や新しい魔

術の理論を課題とする者がほとんどの中で、タビーは付与魔術と防御魔術を

課題として設定している。理論や使い方、と敢えてつけないのは、その研究

がどの方向へ行くか自分自身で決めかねたからだ。


 付与魔術は、武器や物に魔術を付与し、特別な効果を与えるもの。

 防御魔術は、戦いの際に使う防御魔術そのもの。


 タビーは、この2つが異なるものでありながら、非常に近いものではない

かと考えている。細かく言うなら、互いを補う事が出来、現在の魔術を更に

強くするもの、ということだ。


 現在の付与魔術は、同じ対象に何度もかけると、対象そのものを破壊して

しまう。実際の戦闘では、武器が弱っている事もありえる。付与魔術をかけ

た瞬間に武器が壊れた、など、笑い話にもならない。

 付与魔術をかけると対象が劣化するのであれば、対象と付与魔術の間に何

か挟めばいいと考えている。だが、布や羊皮紙等を挟めばそれらが対象とな

り武器に付与ができない。間に挟めて対象にならないもの。もしくは対象と

同化できるもの、をタビーは探している。

 研究課題用の時間では、教官の指示を受けつつ何度も試しているが、そろ

そろ巻き付けるものも無くなってきた。

「……防御魔術やろうかなぁ」

 防御魔術については、今のものを強化する魔術を考えている。具体的には

防御魔術の中に展開するもう一つの防御魔術、だ。

 先日のアンカーとの戦いで感じたのは、防御魔術が万能ではないというこ

と。対物理では強いが、対魔術では弱いと言わざるを得ない。アンカーとの

戦いでは、何重にも防御壁を展開して凌いだ。だが、相手が立て続けに攻撃

をしてきた場合、魔術の展開が間に合わない事が考えられる。

 であれば、あらかじめ強い防御魔術を展開すればいい。

 外側からの強化は難しいため、内側からの強化を検討している。目標とし

ては魔術の攻撃に耐えられ、更に防御魔術の中から安全に攻撃魔術を展開で

きるもの、だ。


「タビー」

 声をかけられ、顔を上げればディールがいた。魔術応用の四年間、タビー

の担任はディールで、研究課題の指導教官も彼である。

「はい」

「客が来ている」

「え?私に?」

 教官は頷いた。課題の時間と言えども、講義の一つだ。その講義中に彼女

を呼び出す客の存在に心当たりはなかった。

「行きなさい。指導室に通している」

「は、はぁ」

 学院生の怠慢に厳しいディールが促すのも珍しい。丁度行き詰まっていた

所だ、客に会うのもいいだろう。誰かは知らないが、学院が中に通すのであ

れば、タビーに害を成す者ではない、と思う。


 タビーは手早くその場を片付けると、指導室に向かった。

 学院を訪れるのは、大抵学院生の家族だ。彼らが来た時は、面会室に通さ

れる。面会時間も事前申請が必要で、顔を見たくなったから寄ってみた、程

度では会えない。

 そんな事前申請無し、わざわざ校舎内の指導室に通すという段階で客が特

別な立場にいると考えられる。だが、タビーに思い当たる節はない。


 指導室の周りは静かだった。少し離れた所に教官室がある。何かあったら

叫べば聞こえる筈だ。何より、ディールが相手の名前も何も言わなかった事

が気にかかる。

「失礼します」

 ノックをして、扉を開けた。白い服が目に入った段階で、タビーは扉を閉

める。


 神官服だ。


 ヤンと名乗った、あの神官を思い出す。あれ以来、彼女にとって神殿と神

官は回避したいものの筆頭だ。


(神官に知り合いはいない)


 神官だったのか、何だったのか判らない、ヤン以外には。護符授与所の神

官の顔は覚えているが、わざわざタビーを訪ねてくることはない。

 既に引き返したい気持ちで一杯だが、一度扉を開けてしまった。引き下が

れない。


 もう一度、ノックをし直して扉を開く。


「失礼します、タビーです」

 恐る恐る指導室に入ると、こちらに背を向けていた神官が振り向く。やは

り記憶にない――――。


「あなたが、タビーさんですねっ!」

 立ち上がった神官は、満面に笑みを浮かべていた。無表情で静かな神官し

か見た事のないタビーは、思わず後じさる。

「お会いしたかった」

 神官は、大股でタビーに歩み寄った。背が高い。アロイスほどではないが

神官の中では目立つ筈だ。

「フォルカー・リュームです」

 にこにこ笑いながら手を差し出してきた彼に、タビーは更に引いた。こん

なに愛想のいい神官など見た事もない。神殿を静かにあるく猫の様な神官達

とは正反対である。金茶の髪も無造作にひとまとめにされ、癖毛なのかとこ

ろどころはねていた。服は神官のものによく似ているが、袖はぴたりと体に

添っている。袖のないローブを羽織っていて、神殿で見るゆったりとした服

を着た神官とは随分違っていた。


 タビーの警戒した様な眼差しに、彼は首を傾げる。背中を扉につけたまま

彼女は相手の出方を待った。

「ええと……」

 差し出した手をそのままに、フォルカーは不思議そうな顔をする。

 そして『ああ』とでも言う様に頷いた。


「僕のことは、フォルと呼んでください」


 そうじゃない。

 が、その言葉で強ばった体から力が抜けたのは事実だ。警戒はしているが。

「タビーです」

 差し出された手に、彼女も手を差し出す。握った手は、大きい。

「立ち話もなんですから」

 促され、タビーは椅子に腰掛けた。フォルカーも対面に腰掛ける。

「講義の時間中にすみません」

「はぁ」

「でも、いてもたってもいられなくて」

「……」

 相手が何を望んでいるのか、まったく判らない。

「フリッツさんを知ってますよね、ヘス家の」

 タビーは警戒心を強めた。あのフリッツの知己であれば、普通ではない。

「……知ってます」

「彼に聞いたら、タビーさんに聞いて欲しいって」

 いや全然話を聞いてくれなくて困りました、と続けた神官は、裏がありそ

うに見えなかった。

「それで、来ちゃいました。いや本当に良かった、会えて」

「あの、どんな用件で……」

 フリッツ絡みはろくなことがない。

「ああ、すみません」

 神官は思い出した様にローブの内側へ手を入れる。

「あ、あれ?」

 ローブの上からばんばんと掌で叩いている彼の行動は、ポケットに入れた

菓子を探す子どもの様だ。

「ええと」

 ローブを脱いだ下は、やはり体に沿った白い服、加えて胸元がゴツゴツと

している。

(防具?)

 神官が防具を着けるなど、見た事がない。

 ばっさばっさとローブを振ると、紙切れが落ちた。

「ああ、あったあった」

 注意深く見ているタビーを気にせず、フォルカーはその紙を拾い、思い出

した様にローブを身につける。

「すみません。で、これなんですけど」

 差し出された紙を、タビーは受け取る。

「……」

 どこかで見た様な、複雑な紋様。これは――――。

「ここから先、持ってますよね?」

 紙の端を指され、タビーは顔を上げた。

「これって」

 確かに似たものをタビーは持っている。だが、それは複写だ。正規のもの

はフリッツが持っている。

「見せて欲しいんです」

 フォルカーは笑みを崩さず、タビーに請う。

「見せるって……」

 状況が判らない。判るのは、おそらく面倒がったフリッツが、この神官を

タビーの所に寄越したことだけだ。

「取り上げたりしませんよ?」

「……」

 何が目的なのか、さっぱり理解できなかった。タビーは警戒したまま、妙

に朗らかな神官を見つめる。

「ええと」

 フォルカーは照れた様に頬を赤くした。

「その、そんなに熱烈に見つめられると……」

「違います」

 警戒心が下がると同時に猜疑心が強まる。彼は本当に神官なのか。神官で

あるという証明を彼はしていない。神官服に似ているから、神官だとタビー

が思っただけだ。

「……話を、聞かせていただけますか?」

 どうすればいいのか、判断がつかない。

 であれば、まずは理由を聞くしかないだろう。

「勿論です」

 フォルカーは、タビーの視線を受け止め、頷いた。


 

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