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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
遠出
154/1043

154


 日が落ちてきた。

 タビーは空を見上げる。休日の騎士寮門限は、日が暮れるまで。寮監がお

らず、ほぼ形骸化しているものだが。


 東の野原には、大勢の騎士専攻課程の面々が集まっている。救援要請の狼

煙を見て、ここからは遠い西方面へ出かけた者達まで駆けつけてきてくれた。

 更に王都の騎士団からも一隊、救援に来ている。


 20頭近くいたアンカーは全て倒された。

 倒した魔獣をそのままにしておくと、他の魔獣を呼ぶ可能性があるため、

基本的には解体後、焼却処分。解体の際、使える素材や討伐の証拠となるも

のをより分け、燃やした後の骨はその場の土に混ぜられる。


 解体も焼却も倒した者が行う。だから、騎士専攻課程に進むと、魔獣や獣

の解体、討伐証明の部位、素材の仕分けなども講義に入っていた。


 通常、解体はなかなか出来ない為、あちらこちらで即席の講義が行われて

いる。4年目の生徒達が後輩の目の前で解体を行うのだ。

 それをぼんやりと眺めつつ、タビーは目の前にある串を反転させた。


 魔獣の肉は食べられないが、獣の肉は食べられる。

 タビーの倒した熊は、既に解体を終えて肉の塊となっていた。側では手持

ち無沙汰の最上級生が肉を切り分け、折って皮をむいた木の串に刺している。

 タビーは小さめの焚き火で、それを炙っていた。


 熊の肉は、獣臭が強めだ。それを消すには煮込むか、ゆっくりと炙って焼

き上げるかのいずれかになる。


「熊肉っていったらスープですよねぇ……」

 あちらこちらから漂ってくる魔獣の血臭は、もう慣れた。

「もしくは煮込みだな。おい、もう少し火を大きくしないと間に合わないぞ」

「あ、はい」

 串を刺していない方の火を広げる。魔術を使えば、焚き火の規模も自由自

在だ。この後は、解体したアンカーの焼却作業が待っている。


 子ども達は、やはり基礎課程の生徒だった。

 食堂やあちらこちらで今日の事を知り、こっそりと馬を引き出したらしい。

 外出する騎士課程の面々に混じって外にでたという。食堂で軽々しく今日

の事を話したタビーとジルは罪悪感で一杯だ。そしておかしいと感じつつも

誰かの連れだと思い込んで、彼らに声をかけなかった生徒達も同様である。


 彼らは騎士団の聴取を受けた後、学院に戻された。学院の資産でもある馬

を持ち出し、一頭は死なせてしまっている。謹慎で済めばいい方だ。

 残りの馬は、学院生達が森を探し見つけ出した。死んでしまった一頭も運

び出され、先程タビーがひっそりと焼いたのだ。恐怖に見開いた目、あちら

こちらに傷が付いていた。基礎課程の生徒達に憤りを感じつつも、その引き

金になった原因が自分たちにもある、という複雑な感情。


「ああ、焼けてきましたね」

 最初の方に焼き始めた熊肉は、脂を滴らせている。この脂が匂いの大半だ。

 炙る事によって脂を流しだし、食べやすくする。冷めると脂が固まるため

火から少しだけ離した所に串を移した。


「先輩」

 よろよろとしながら焚き火の側にやってきたのは、ジルだ。顔色が悪い。

 炙っている熊肉を見て、彼は口を手で覆う。

「おい、ジル。吐くならあっちでやれ」

 肉の処理をしていた学院生に言われ、彼は無言で駆けだした。同様の者が

何名かいる。心構え無しの解体見学は、流石に辛い筈だ。タビーは、と言え

ば、熊の解体を手伝う位で、思った程ダメージを受けていない。グロテスク

ではあったが、吐く所までは行かなかった。それでも、進んでやりたいと思

わないが。


 解体を終えた生徒達が、焚き火に寄ってくる。焼けた熊肉を美味しそうに

口にする彼らを見て、タビーは焚き火を更に大きくした。焼きあげるのに時

間がかかるが、これだけ大きくしておけば、彼ら自身で焼くこともできるだ

ろう。


「タビー」

 焚き火を大きくしたところで、声をかけられた。

「ヒューゴ」

「終わった。頼めるか?」

 タビーは頷いて立ち上がる。解体されたアンカーが積み上げられている場

所は、凄まじい匂いだ。熊の比ではない。

 流石のタビーも耐えられず、エルトの袋から取り出した布で顔半分を覆う。

「全部いいの?」

「ああ、取るものはとったから」

 アンカーの討伐証明は額の角だ。それを入れた袋をヒューゴが翳す。

「タビーは?熊の肝とか取れた?」

「うん」

 彼女が熊の解体を手伝ったのは、自分が倒したから、という理由より素材

を綺麗に取りたい、という気持ちが大きい。肝や爪、掌等、傷がないものは

高く売れる。殆どが高価な薬の材料だ。

 タビーも調合出来るが、それ以外の材料が揃わない。明日にでも商業ギル

ドで買い取って貰うつもりだ。

「じゃ、燃やそうか」


 タビーは杖を前に出す。アンカーに切り取った熊の脂を載せ、火をかける。

 燃えるまでに時間がかかるが、燃え始めたら早い。火が広がった事を確認

した彼女は、アンカーを防御魔術で囲んだ。

「なに?」

「臭いが漏れないかな、と思って」

「空気は通すから、代わりないと思う」

「気持ちの問題」

 タビーの言葉に、ヒューゴは苦笑した。確かに臭いがきつい。熊の脂を使っ

たから尚更だ。


 森に魔獣が残っていないことは、騎士団が確認した。彼らに付き添われて

学院へ戻った基礎課程の生徒達は、今頃どうしているか気に掛かる。今回の

事が心理的に影響しなければいいが。


 積み上げたアンカーが崩れ始めた。火の勢いは増していく。

 いつの間にか戻ってきたジルが、タビーの側で腰を下ろした。

「大丈夫か、ジル」

 ヒューゴの言葉に、俯いたままの彼は頷く。流石に熊肉を食べる程の気力

はない様だ。

「教官だったら吐いてでも食べろ、と言いだすな」

「……」

 彼の言葉に、ジルは顔を上げた。その顔は更に青白い。

「本当ですか……」

 弱々しい声に、ヒューゴが少しだけ笑う。

「辞めるか?」

「辞めません」

 青ざめつつも、ジルは即答する。騎士になりたい気持ちは、失われていな

い。

「そうか」

 どこかほっとした様な表情を見せたヒューゴは、燃えさかる火に視線を移

す。タビーも同様に。


 空に、星が輝きだした。


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