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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
癒やしの術
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 神官の後を、タビーはふらつく足取りで追っていく。何かに酔わされた様

な感覚が体を支配していた。食事に何か混ざっていたのか、それとも幻覚か。


 神官と彼女の間は一定で、縮まりも広がりもしない。必死に彼を追うだけ

で、周囲まで意識が回らなかった。

 それでも、違和感がある。

 昼時、神官達が食事を摂る時間帯だというのに、誰も廊下を通らない。す

れ違う人もなく、音も聞こえなかった。


(だめだ)


 どうにか足を止めようと神経を集中させる。すぐにそれは霧散した。


(落ち着け、落ち着け……)


 深く呼吸する。

 体内の魔力を感じ取り、内的循環を巡らせていく。

 既にそれを無意識で行う事が出来ているタビーなら、容易いことの筈だ。


 ぐらり、と世界が揺れた。


 呼吸が苦しくなる。喘ぐ様に音を出して呼吸した。

 全身が重い。だが、足は確実に神官を追う。この先に何があるのか判らな

い。ただ猛烈な違和感と不安が身体を満たしていく。


 いくつの角を曲がり、柱を過ぎ、扉を見たのか。

 タビーの記憶は曖昧だった。だが、恐らく神殿の奥だと感じる。

 ふらふらな彼女を、神官は振り向かない。ついてくるものだと信じている

のか。

 逃げようと全身に力を込めても、何一つタビーの自由になるものはない。

 ただ機械的に足を動かしているのみ。


 やがて、一つの扉に辿りつく。

 そこに恭しく礼をした神官は、ようやくタビーを振り返った。

 手をさしのべ、扉を開ける様に促す。


「い、や……」

 喉が痛い。乾きすぎている。無性に水が欲しかった。

 タビーの足はもつれ、体が床に倒れそうになる。神官はその体を軽々と受

け止めた。

 反射的に縋り付いた腕、それは細くない。

 この感触は覚えがある。否、同じではない、だが、似た様な腕をタビーは

良く知っていた。

 肌の下に鍛えられた筋肉。掌にある、武器を扱うときに出来るタコ。


 タビーは恐る恐る神官を見上げた。

 彼はゆるりと微笑み、彼女の体を立たせる。そのまま反転させると、背を

とん、と軽く押した。

 反射的に扉に手をつく。頬が当たるか当たらないかの距離に扉があった。


「開けなさい、タビー」


 背後から腕が伸びた。タビーの肩を通り、頬を掠め、彼の両手も扉につく。

 背中から囲い込まれた事に気づき、彼女は体を震わせる。


「扉を。禁忌に触れる者よ、その思考こそが異端」


 そのままの体勢で、タビーは首を横にふった。開けたくない、中に何があ

るのか検討もつかない。

「タビー」

 今度は、柔らかく。見ないでも判る、彼は今、微笑んでいる筈だ。

「貴方が識りたいものの一端を、垣間見るために」


 神官の体が背中にぴたりと寄り添った。おぞましさが体を走る。

 扉についていた左手がタビーの手首を掴んだ。

「さぁ、タビー」

 今度は、右手だ。手をそえられ、扉の取っ手に触れさせられる。

「や、めてください……私は」

「開けるのです、タビー」

 子どもをあやす様な、宥める口調。これも恐ろしい。

 血の気を失い、ひんやりとした手に神官の手が重なる。

 

 取っ手が周り、扉が少しずつ開き始めた。



 ライナーは、王都に戻っていた。

 2年間の訓練期間を終えて戻った彼は、騎士団参謀部門付きの騎士になっ

ている。騎士団の参謀部隊は、情報を集めることから騎士の手配、各種事件

や魔獣討伐、長期遠征の補給まで差配する部門だ。参謀付きとなれば、内勤

が増えると思われがちだが、実際には情報を集めるためにどこにでも出かけ、

時には貴族達の動向を確認したりもする。

 参謀部門に配置されるということは、2年の間に適性を見抜かれたという

ことだ。ライナー自身も参謀部門での仕事が面白く、日々研鑽を積んでいる。


「魔獣、ですか」

「目撃情報が増えすぎている」

 ライナーの上官は、机に広げられた地図を指先で弾いた。

「北での目撃情報で、これだけある」

 地図にはピン状の様なものが刺されている。大きいピンは多数の目撃情報

があった場所だ。広げられた地図はダーフィト北方のものだが、最果ての谷

の周辺だけではなく、全体的に散らばっている。その中にぽつぽつとある黒

いピンは、人的被害が出た場所だ。

「いくつかの村が家畜を連れて移動を始めている」

 だが、家畜を養うには餌がいる。いずれの街や村に辿りついたところで、

家畜の餌が足りない。

「予備の穀物倉庫にあった、古い押し麦や乾燥した草を配給は出来るが、そ

れも限界がある」

「北からの魔獣は、何処を目指している、という訳ではない様ですが」

「だといいが……。分散すれば何とかなるが、魔獣が集団になったら民はか

なわない」

「参謀長は……?」

「既に将軍へ報告済みだ。だが、北だけではなく東や西にも被害が出始めて

いる。北にだけ騎士を回すわけにもいかない」

 北の地図をどけた上官は、西の地図を取り出す。北とは大河を境に分けら

れている西側は、ディヴァイン公爵領。こちらでも魔獣の目撃情報はあるが

北ほど酷くは無い。ディヴァイン公爵は近衛騎士をまとめる者、その傘下に

ある貴族達も剣を振るうことになれている。そうでない者は私兵を持ってい

る者が殆どだ。

 今のところ、一番報告が少ないのは東のノルマン公領だ。東は北や西ほど

広い土地ではないが、農業が盛んな地域である。ここを魔獣に襲われれば、

飢饉が発生する可能性が高い。ここでもまた、魔獣の目撃情報があった。


「砦にいる人間だけでは、手不足ではないでしょうか」

「そうだな。どうにかしたいが……」

 魔獣討伐は騎士団の仕事、ということで、己の領地の魔獣討伐を望む貴族

は多い。だが、その全てを聞き入れていたら、王都に騎士がいなくなる。


「冒険者ギルドに依頼をかけるしかないだろうな」

 騎士とは違い、己の体一つで様々な依頼をこなす者達。

「その冒険者達も、他に雇われている可能性がありますね」

「……」

 上官は腕を組んだ。

「あとは、お貴族様の私兵に頼るか」

「……」

 貴族自身の金で養っている私兵だ。それを動かすとなると、少々厄介な事

になる。

「長官が戻ってきたら打ち合わせだな。ライナー、取り急ぎ集まれそうな連

中に声をかけておいてくれ」

「はい!わかりました」


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