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タビーは神殿の護符授与所にいた。
寮の方が心配でもあったが、1日くらいなら大丈夫、というヒューゴの言
葉に甘えさせてもらったのだ。
「ようこそお越し下さいました」
秋の祭りの時程では無いが、春先も授与所は混み合う。仕事を変えたり、
結婚をしたり、学院へ入ったり、と様々な節目があるからか。紙に包まれた
護符を有り難そうに受け取った女性は、その護符を誰に贈るのだろう。夫か
それとも子どもか――――そこまで辿りついて、タビーは考えるのをやめた。
自分にないものを羨むことは、前世で飽きるほどしたのだ。その記憶だけ
ははっきりしている。
「タビー」
「はい」
授与所の神官が声をかけてくる。
「すみませんが、またお手伝いをお願いしていいでしょうか」
「構いませんが、ここは……」
「見習いも来ましたので、大丈夫です」
神官の後ろで頭を下げているのは、子ども達だ。両親の手を離れ、神殿
へ奉仕のために出仕した彼らは、年齢より大人びている。
「わかりました」
タビーは一礼し、場所を空ける。直ぐに見習いが入った。
「右手の入口に神官がいますよ」
「はい」
座り続けて痺れの出た足を気にしながら、タビーは授与所を出る。神殿
の内部は簡単な作りにみえるが、ほぼ全てが同じ扉、同じ柱を使っている
ため、非常に判りづらい。右手の入口に向かいかけて、タビーは思わず足
を止めた。
丁寧にそり上げた頭、耳の刺青。静かに佇む神官は、タビーが会いたい、
話をしたいと思っていた神官その人だ。
足音をたてない様に、慎重に歩み寄る。
「お手伝いいただけるのですね、ありがとうございます」
「いえ……」
昨年、何度も会いたいと願い、それを理由に奉仕作業に出た事もあるが
全て空振りだった。それが今になって、目の前に現れる。何かの作為かと
疑いたくもなる。
「こちらへ」
神官の足音は聞こえない。彼に限らず、他の神官もそうだ。極力音を立
てずに歩く様にタビーも言いつけられていた。
沈黙したまま、彼女は神官についていく。神官は何も言わない。タビー
もまた。
「こちらです」
似た様な扉がいくつも並ぶ中、案内されたのは以前と違う場所だった。
扉の形が前と違う。それでも促されるまま、彼女はそこへ足を踏みいれ
た。
「この前と同じです。護符を積んでいただきたい」
使い古した護符の入った箱がある。違うのは、前にいた老師と呼ばれる
老人がいないことだ。
「……わかりました」
「お昼の時には声をかけますので……」
「はい」
一礼をし、神官は出て行こうとした。
「あの」
彼は何も言わずに振り向く。
「世界は綴じている」
あの時、老師が告げた言葉をタビーは思い出す。
「故に、四角が良い」
そう続けた彼女を神官は暫く眺め、その後、ゆうるりと微笑んだ。
瞬間、タビーの背にぞくりとしたものが走る。
神官という者は、こんな風に笑うのだろうか。
いつも穏やかで言葉も優しい神官は、タビーの幻想だったのか。
その笑みは、ほんの一瞬。
我を取り戻した時、神官は以前と同じ穏やかな表情をしていた。
「その通りです、タビー」
彼は静かに返す。
彼女はそっと手を握りしめた。
「では、お願いいたします」
再度一礼をした神官は、その場を去って行く。
扉が閉まった後、タビーはその場に崩れ落ちた。
■
――――異端とは、なんだろうか。
どこにでも、集団からはぐれた者はいる。だがその全てが異端とは限ら
ない。むしろ異端でありながら、その場に馴染み続けている者もいる。
英雄、天才、鬼才、奇才。
様々な言葉で飾られる者達は、だがある意味異端だ。平凡な者達の中か
ら頭一つ抜きん出ている。それは様々な能力で顕現し、彼らを名の知れた
者とした。高名か、悪名かは別として。
異端である事を誇るうちは、異端ではない。自分を異端と称することほ
ど愚かしい事もないのだ。
彼は、静かに歩き続ける。
異端と呼ばれ、それを否定するもの、肯定するもの。
どちらがどう、ということではない。
――――彼女は、異端だ。
彼は口元を歪める。
金属の杖を持ち、そしてここまで辿りついた。昨年、彼女が何度か奉仕
作業に来ていた事を、彼は知っている。おそらくその理由が彼自身に会う
ためだったことも。知っていて、回避した。
魔術師が生み出す杖。その中でも金属の杖を持つ者は魔術師として不出
来であるという。だが、また別の者は奇才だと述べる。
いずれにしても、少数派だ。
金属の杖を持つ者が不出来だと、誰が言い出したのか。
その杖を持てない者が口にしたとしか思えない。
そもそも、大半の魔術師は大成しない。王宮魔術師になっても名を残せ
ない者、自分の店を開きその地域では重宝がられる者、ただ漫然と魔術師
であるだけの者。そんな者達が殆どの中で、探究心を持つ魔術師の、更に
一握りだけが名を上げ、歴史にその名を記す事ができるのだ。
神官は立ち止まり、窓から外を眺める。
くらり、と目眩がした。鼓動が早くなり、額に汗が浮かぶ。
窓に手をつき、彼はその感覚を逃がすかの様に息を吐いた。
(まだ、だ)
何が『まだ』なのか判らない。
ただ、彼は己のどこからか湧き上がる声に従った。
時を待つのだ。
今はまだ、雛鳥のために。




