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前世で読んだ気がする小説では、男前の勇者や高潔な騎士、聖女な神官や
胸が大きく色気たっぷりもしくはちびっこな魔法使い達が、魔王討伐をしたり、戦
争で活躍したりしていた。
「タビーです、よろしくお願いします」
食堂に集まった騎士寮の面々を前に、タビーは緊張しつつ頭を下げる。
失礼だとは思うが、食堂で座っている面々はどうみても、騎士志望には見え
なかった。
ここが盗賊の巣窟、と教えられた方が説得力がある、とまでは言わないが、騎
士にありがちの華やかな印象はどこにもない。
これでも全員風呂をすませ、身ぎれいにしている方だとライナーは言っていた。
普段は食事時間ぎりぎりまで訓練を行い、そのまま食堂へ流れ込んで、食べ終
わったら食休みもせずに風呂、そのまま寝る、という流れが騎士寮の生徒たちの
一日だ。
「タビーは1階の元寮監室に住む」
『はいっ!』と揃った返事に、タビーはやや引き気味になった。10歳の彼女に
は、誰もかれも体格が大きく見え、声も野太く聞こえる。
「特待生だからな、絡まれていたら助けてやってくれ」
寮長であるアロイスの言葉にも全員が頷く。騎士寮は確かにむさ苦しいかもし
れないが、寮長の指揮下できちんとまとまっている様だ。
「教材!」
ライナーが声をかけると、まだ少年らしい顔立ちをした者が2人出てくる。
「持ってきました」
「不足はないな」
タビーに接する様な柔らかさは今の彼にない。どちらが普通なのだろう。副寮
長だから、体裁を保っているのだろうかとタビーは考えた。
「はいっ!」
「よし、席につけ」
「ラーラ、イルマ」
今度はアロイスが声をあげた。呼ばれた2人が立ち上がる。髪をきっちりとま
とめた女性達が前に出て来た。
「タビーに部屋の説明を頼む」
『はい!』
ぴしっと答えた2人も女性にしては大柄な方だろう。片方が教材をまとめ、持ち
上げる。
「あ、ありがとうございます」
まずアロイスとライナーに、更に食堂にいる皆にも頭を下げたタビーは、促さ
れて食堂を出て行く。
「しかし、よくカッシラー教官が引き受けたな」
誰ともなしに同意の声が上がる。騎士専攻の教官であるカッシラーは面倒を避
けるきらいがあった。どう贔屓目に見ても騎士希望には見えないタビーを、よく
受け入れたものだ、というのが寮内の一致した意見である。
ライナーはちらりとアロイスを見たが、無愛想な寮長の表情は全く変わってい
ない。
「まぁ、馴染んでくれるといいけど……」
ラーラとイルマは同期、今年で騎士専攻課程2年目だという。
騎士専攻に限らず、専門課程は基本的に4年間だ。彼女達は丁度折り返し地点
まで来ているという事である。
「女にしか話せない事もあるだろうから、何かあったら来ればいいよ」
ラーラの言葉に礼を述べ、タビーは部屋を見回した。
「元寮監の部屋、と聞いたんですが、ここの寮監は……」
「カッシラー教官だ。けど、教官はアロイスに全部任せてる」
一日の終わりに酒が欠かせない教官は、寮内にいると悪い遊びを教えかねない
という本人申告の元、学院公認で名ばかりの寮監だという。
「あ、他の寮は部屋の掃除をしてくれるけど、ウチは基本的に全部自分でやるか
ら」
部屋についている水場の説明をしたイルマが淡々と続ける。
「普通は共同なんだけど、私らも含めて女は大抵部屋に何でも揃ってるよ」
「ま、野郎達に混じってなんて、出るものも出ないやね」
タビーはラーラと顔を見合わせ、軽く吹いた。
「掃除は面倒だけど、使うのは自分だけだからそんなに苦労はないと思うよ」
「ゴミだけは、週に2回集める。寮の横に回収箱があるから、そこに出して」
「洗濯は共同の洗い場があるけど……まぁ、風呂場あるし、そこで洗ってもいい
よ」
代わる代わる説明する二人に、タビーは頷きながらメモを取った。
「あと、ここの中は全員呼び捨てだから」
「寮長もですか?」
「全員さ」
先輩も後輩もなく基本的に呼び捨てだという。
「まぁ、慣れないうちは『先輩』と呼んでもいいんじゃないかな」
「……先輩、か。悪くないねぇ」
にんまり笑ったラーラに、今度はイルマと顔を見合わせてタビーは笑う。
「基本的に強い奴が上にいる寮だから。理不尽なことは無いと思うけど、まぁ何
かあったら、早めに相談しておくれ」
「はい、ありがとうございます」
判らない事がないかを確認すると、2人は部屋を出て行く。専攻課程に上がっ
ても、勉強時間は変わらずにあるらしい。
部屋を見回す。
窓際に勉強机、部屋の隅にベッド。反対側の隅には風呂場を始めとした水場が
ある。この世界のトイレは驚いた事に水洗だった。寮も同様で、どの様な仕組み
になっているのか不思議だったが、快適なのだから問題はない。
風呂場とトイレ、洗面台はそれぞれ別になっている。収納かと思って開けた細
いドアの向こうは、洗面台と小物置き場だった。
タビーは教材が置いてある机に歩み寄る。教材を少し避けて、説明を書いたメ
モを見直した。
「ええと、掃除道具は必要かな」
あの家で使っていた道具は全部置いてきた。タビーのものではない、家につい
ていたものを使っていただけだ。
「虫除けも欲しい」
商業ギルドから贈られた布はまだ余っている。いい布だから、虫に喰われない
様にしたい。それに外からの害虫にも対応が必要だろう。
「櫛はあるし、石鹸も大丈夫。タオルを追加しようかな……」
学院から支払われた支度金はまだ充分残っている。必要であろうものを書き出
して、タビーは頷いた。
「これでいいか」
明日は入学式だ。授業はない筈だから、買い出しに行くのもいいだろう。
新入生仲間がいないのは残念だが、思ったより過ごしやすそうな寮でほっとす
る。
「騎士かぁ……」
街中で見る騎士達は、騎士団の所属だ。
学院の騎士専攻課程を卒業すると、貴族を除きほぼ全員が騎士団へ入団すると
タビーも聞いたことがある。
彼女は女性騎士を見た事がなかったが、ラーラやイルマがいるということは、
女性が騎士になれないという様なことはないようだ。
2人の袖から見えた腕には筋肉がついていたし、指先や掌は硬く見えた。男達
に混じって騎士を目指すのだから、生半可な気持ちではやっていけない筈だ。
「かっこいいなぁ」
街中で見かけた黒い制服の騎士を思い出す。鋭い眼差し、きびきびとした動き
は過酷な訓練をくぐり抜けた結果なのだろう。
一緒に住む寮生が、あんな騎士になるのかと思うと不思議な気持ちもしたが。
騎士は魅力的だが、タビーはやはり魔術師になりたかった。騎士団の制服には
憧れるが、なにがしかの武器を扱える様になる自分というのが想像できない。
まだ、杖を振り回して魔術をかける自分の方が現実的だ。
「楽しみだなぁ……」
わくわくとした、それでいて何処か不安な気持ちのまま、タビーは荷ほどきを
始める。
見事に夕食を食いはぐれた事に気づいたのは、すべてが片付いてからだった。




