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王都は、静けさに包まれていた。
商店はいつも通り開き、人々は普段通り行き交う。だが、そこにつきものの呼
び声や会話は殆どない。
国王と王子、そして側室の死は、民に大きな衝撃を与えた。
国王が倒れたことは知られていたが、ほぼ同時に王子とその母である側室も亡
くなるのは通常ありえない。
王子は急な病、側室は国王に殉じたというのが国からの触れだった。
だが、あの場にいた貴族達はそれが真実でない事を知っている。
知っているが、口を噤んだ。これからは女王の時代になる。余計な事を口走っ
てもいいことは一つも無い。利口な貴族は身内にさえ真実を漏らすことなく、秘
密を守る筈だ。そうでない貴族は、排除されていくだけのこと。
王子が亡くなった後、その母である側室は毒を呷った。
それは王子の死を嘆いたのか、国王に殉じたのか、誰にもわからない。ただ、
秘密の当事者が一人減っただけだ。
王妃は国王の死を受け入れ、後宮の一角で余生を送る事になった。まだ若く、
王女の後見人となる道もあったが、彼女はそれを辞退し、政治には関わらないこ
とを誓ったと聞く。
国王と王子、側室の死は国中に布告されたが、三公の一角であるディヴァイン
公爵の死は民には知らされず、公爵家だけで密やかに葬儀が行われた。
近衛騎士達の立てこもりは公爵の死によって終わり、荷担した近衛達の責は問
わないこととされ、全ては闇に葬られる。
王権の代行者の元で公爵家は弟が相続し、ディヴァイン公を名乗ることになっ
た。
そして、明日は国王の葬儀である。
タビーは王宮に軟禁されていた。
事実を知る者として、貴族達に狙われる可能性があった為だ。
全てが終わった今、タビーは虚脱状態だった。
目の前で失われた、公爵と王子の生。それを見届けた王女。
王権の代行者である王女は、国王が崩御した今、唯一の継承者となった。
女王の誕生は数百年ぶりで、それもまた貴族達の駆け引きに翻弄されている。
ザシャもタビーと同様に軟禁状態だ。彼の場合は王女の婚約者という立場から
危険が及ぶと判断された。現に、ノルド国の大使は二人の婚約を戴冠式と同
時に正式なものにすべき、と宰相宛に奏上している。王女と近い年頃の息子を
持つ貴族達はそれに反対し、王配はダーフィトの貴族から選ぶべきと奏上してい
た。
国王の秘密を長年主導してきた宰相は、年齢の事もあり引退を示唆したが、こ
ちらは王女とシュタイン公に慰留されている。シュタイン公の後見は政治的
に弱い部分があり、その点を考えると宰相の後見が一番無難だ。
様々な事が一度に進む。
タビーとザシャは寝室だけは別の、同じ部屋に軟禁されている。なぜかフリッ
ツは軟禁されなかったが、何か別の力が働いたのだろう。彼も一応は貴族の嫡子
だ。
タビーとザシャは差し入れられた本を読む位しかすることがなく、時間をもて
余している。女王になる王女には、王妃が手配した女官や侍女、近衛がつけられ
タビーの出番はない。全てが終わったら学院に戻るつもりのタビーではあったが
どこか寂しい気がするのも事実だ。
「タビー」
声を掛けられて顔を上げる。
「これ、読み終わりましたが」
「ああ、私も読み終わったから」
積んでいた本を差し出す。王宮の蔵書は滅多に読めないものだ。残念ながら魔
術に関する本は殆ど無かったが、歴史書は充実している。
「王宮には、面白い本がありますね」
ザシャは本を受け取り呟く。
「まぁね」
ソファに凭れたタビーはどこか上の空で応じた。
「不思議なもので、本を読むと自分が何でもできそうな気がします」
ザシャの言葉に、彼女は首を傾げる。
「この理論で国を経営できたのであれば、同じ様にすれば出来るのではないかと」
「あー、でもまぁ、あくまで理論だけだよね」
「そうですね。でも、そんな気にさせられませんか?」
タビーは苦笑する。
「政治的なことは苦手だからなぁ」
「そうですか?」
「うん、今回の事で思ったよ」
自分は貴族の中で生きていくことは向いていない。王宮に出仕する王宮魔術師と
してはやっていけないと思う。
「やっぱり、旅をしたいな。国中を回るの」
「……それは、いいですね」
ザシャは微笑む。タビーの気持ちも判る。貴族の子である彼ですら、時折貴族に
嫌悪感を持ってしまう。タビーの立場なら尚更だ。
「旅先で、ちょっとした仕事をしたりしながら、住みやすい所をみつけたいな」
「どんなところがいいのですか?」
彼は本を閉じて話を続ける。
「ダーフィトは寒いと聞きます。雪が多くても大丈夫ですか?」
「どうだろう。私、王都から出た事がなくって」
王都にも雪は積もるが、シュタイン公の領地がある北ではもっと降り積もると聞
いた事があった。
「あんまり雪が降ると、大変かな?」
「うーん、外には出られるけれど、旅は厳しいかも」
「だよね。冬だけはどこかに居候するとか」
「家を借りますか?」
「春になったら出て行くんだから、できれば宿屋がいいな。食事もついてるし」
他愛もない話が、楽しい。疲れ切った心身に、難しい話は厳禁だ。
「となると、一冬を過ごせるだけのお金は稼いでおかないといけませんね」
「それもあるけど、宿屋がある場所に当たりをつけておかないと」
どの村や町にも宿屋があるとは限らない。タビーの様に一冬を過ごそうとする旅
人もいる筈だ。いざとなったらどこにも泊まれない、など、考えたくない。
「ノルドは?どんな国?」
「ノルドですか?」
ザシャは少し躊躇った後、口を開く。
「ノルドは、ダーフィトほどではないと思いますが、冬には雪が降ります。雪の降
らない所もありますが、寒いのは同じですね。海に面している側では交易が盛んで
す。反対側は平地が続くので、農業が主ですね。麦とか」
「野菜とか、食べ物はこっちと同じ?」
「市場を見る限り、結構違いますね。ダーフィトは肉や乳製品が多いでしょう?野
菜はノルドの方が種類が多いかな……。果物も。ノルドでは、タビーのくれた様な
砂糖漬けの果物は食べません」
「ないの?」
「どうだろう。私が見た事がないだけかもしれませんが」
「でもない、ってことは、一年中生の果物が食べられるって事だよね」
「はい」
「いいなぁ」
砂糖漬けや乾燥させた果物はダーフィトでは一般的だ。野菜の酢漬けや乾燥野菜
も同様である。
「ダーフィトに来て、牛乳が毎日飲める事に驚きました」
学食は毎日献立が変わるが、必ず牛乳がついていた。当たり前だと思っていたこ
とが、ずいぶんと違うものだとタビーは思う。
「北は放牧が盛んで、春から秋までは山に牛を放牧したりするって」
「魔獣に食べられたりはしないのでしょうか」
「どうなのかな。全滅したとか聞いたことないなぁ」
自分が住む国ではあるが、タビーもそこまで詳しくない。ダーフィトは魔獣も多
いので、言われてみれば確かに疑問だ。それとも魔獣は牛を食べないものなのか。
「なんか、ますますどこかに行きたくなったな」
「そうですか?」
「うん、王都を出たら、どんな気持ちなんだろう」
旅に出る自分をタビーは夢想する。杖を携えての旅。居場所を決める以外には、
何をするか考えていないが。
「私は……」
ザシャはぽつりと呟く。
「ノルドでもいい、ダーフィトでも構いません。静かに暮らしたい」
故国では両親と兄を失い、爵位を欲しがる親戚に刺客を放たれた。ダーフィトで
は王女の婚約者としての立場、そして今回の件。
「どこか、地方の官吏にでもなりたいですね」
「田舎暮らしか、いいね」
言葉の重さに気づかなかった様に、タビーは応える。大人びた言動で忘れること
が多いが、ザシャは王女より一つ年下なのだ。今回の件も相当堪えただろう。
「もしかしたら、私が旅をしてる途中で、ザシャの家に辿りつくかもね」
「一回くらいはごちそうしますが、それ以降は手土産をお願いします」
その返しにタビーは吹き出し、ザシャも笑う。
久しぶりに笑った気がした。




