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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
王女と継承
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 タビーは、顔を上げた。 

 開け放たれている大広間の扉、その向こうから叫び声の様なものが聞こえる。

 フリッツやザシャと視線を交わし、杖を握る手に力を込めた。宰相も書類から

顔を上げ、扉の方を見つめる。


 磨き込まれた床に、足音が響く。王女は肘掛けを握る手に力を込めた。

 硬質な音に、群がっていた貴族達が二つに割れる。


 姿を見せたのは、王子ルーファンだ。


 予想していたとはいえ、緊張が走る。貴族達は頭を垂れつつ、状況を見定めて

いた。


「ごきげんよう、『王権の代行者』殿」


 玉座の前に立った王子は、その隣に置かれた小さな椅子から立ち上がった王女

を見つめている。


「その椅子は、さぞかし座り心地がいいだろう」

「お義兄様……」


 王女はそれきり口を噤む。何を言ったらいいのか判らない様だった。


 腹違いの王子と王女。

 側室の子と正妃の子。


 正確に言えば、王子と王女は腹違いの兄弟ではなく又従姉妹の関係になる。だ

がこの場でそれを知る者は、タビーをはじめとしたほんの一握りだ。


「どうだ?私を出し抜いた感想は」

 王子の目は血走っている。剣に手をかけてこそいないが、彼の技量ならば容易

く王女を斬り捨てられるだろう。本来王女を守るべき近衛騎士は司令部に立て籠

もり、王女の側には、タビーしかいないのだ。

「お義兄様」

 ルティナは震える唇を開いた。

「戦いは、終わりました」

「そうだな」

「どうか、お義兄様。これ以上……」

「これ以上、どうしろと?」

 嘲笑う様に、王子は王女を見やる。

「王権の代行者はお前だ。私ではない」

「……」

「勅使を立てた気分はどうだ?私を抑えつけた気分は?その身形でよくもまぁ腹

黒い事を考えるものよ」

 王子の言葉に宰相が眉を顰めた。義兄であり王子の立場だとしても、今の言葉

は不敬に値する。

「だが、その腹黒さを見抜けなかった私こそ、愚か者だ」

 見開いた目の中に宿る狂気。タビーは背筋を震わせた。

「……」

 口を開こうとした王女は、だが声を発する前に口を噤む。

「何とか言ったらどうだ!?」

 タビーは本能的に動いた。

 杖を構え、王女と王子の間に割って入る。瞬間、目の前で火花が散った様な気

がした。

 玉座の前は階段状になっている。その途中で、王子とタビーは剣と杖を合わせ

ていた。

「タビー!」

「躾の悪い犬だな」

 王子が払いのけようと力を込める。

「疾く!」

 鋭い声が、王子をはじき飛ばした。杖を中心に、薄青色の盾が出来ている。緑

魔術の盾だ。

「貴様……ッ!」

 階段下まで弾き飛ばされた王子は、獣じみた視線をタビーに向ける。

「殿下、お下がりください」

「魔術師か」

 舌打ちした王子から、タビーは目を離さない。背後にいる王女が止めようとし

ているのは気配で感じるが、それに応じた瞬間、タビーもろとも王女も斬られる。

 それだけの殺気を、王子は放っていた。

「どけ!」

 王子とタビーが、再度ぶつかる。剣が杖に食い込むかと思うくらいの強さだ。

 立ち位置ではタビーが上段、故に競り合っていられるが、長くはもたない。

「殿下、お下がりください!」

 ザシャが王女に駆けよろうとするのを、フリッツが押さえた。

「先輩!?」

 押しとどめる手の理由を問いただす前に、派手な金属音がする。

 視線を向けた先では、タビーと王子がそれぞれ倒れ込んでいた。

「おやめください、殿下」

 

 シュタイン公が、鞘にいれたままの長剣を翳している。二人の間に入ったのだ。

 

 タビーは体の痛みに耐え、再び王女の前に立った。杖は、構えたままだ。

 王子も直ぐに起き上がるが、シュタイン公の姿を見て動揺した。つい先程まで

剣を交わして戦った相手だ。


 貴族達は忙しなく二人の間を見ている。どちらが有利か、勝利するのか、思惑

が透けて見え、タビーは反吐がでそうだった。


「王権の代行者に剣を向けるのは、大逆です」

 シュタイン公は鞘にいれた剣を王子に突きつけたまま、淡々と告げる。

「貴様……ッ!」

「剣を、お放しください」

 王子は立ち上がった。憎しみの籠もった目で、立ちふさがるシュタイン公を見

る。


「呪われろ、薄汚れた英雄の血よ」

 貴族達が息を呑んだ。三公の一人に対しての言葉としては最悪である。

「殿下」

「お義兄様、もう、もうこれ以上は……」

「王女ルティナよ」

 王子は剣の切っ先を、義妹に向けた。

「お前の御代を呪おう」

 王子は嗤った。広間に響き渡るほど。

「お前の御代は穢れ、餓え、渇き、絶望と混乱に陥る」

 貴族達が青ざめる。王権の代行者に対して向ける言葉ではない。

 シュタイン公が、王女に向けられた剣の切っ先を弾く。剣は王子の手を離れ、

硬い床を転がった。

「殿下!」

 また、別の声。大広間に駆け込んできたのは、ディヴァイン公だ。

「殿下、なりませぬ」

「ふふ……は、はははははッ!」

 宥める様に腕を掴んだ彼を払い、王子は嗤った。

「殿下!」

「……いいえ」

 狂気に満ちた嗤い声の中に、静かな言葉が落ちる。

「いいえ、お義兄様」

 王女だった。彼女はタビーの前にでる。

「いつ、いかなる王の御代も、呪われることはありません」

 その静かな声は、王子の狂気を払いのけた。

「どの様な苦難があろうとも、私たちはそれを乗り越え、生きていくのです」

 今までの王がそうであった様に。


「……小娘が」

 王子が落とした剣を拾おうとする。だが、それをディヴァイン公が押しとどめ

た。

「貴様も私に逆らうのか!」

「いいえ殿下。私は、殿下に忠誠を捧げました」

 暴れる王子を、ディヴァイン公が前に出て押さえる。

「この、この戦いは、私が主導したもの!」

 その言葉に大広間がざわつく。

「殿下は、ルーファン殿下は、私に唆されたのです」

 彼は王女を見つめた。庇護を乞うかの様に。

「私が殿下を……」

 そこまで言いかけて、ディヴァイン公は目を見開く。

 口元から血が溢れ、ぽたり、ぽたりと床に落ちた。

 彼は、ゆっくりと己の体を見下ろす。鎧に隠されてはいるが、腹を伝うのは間

違いなく彼の血だ。

「……」

 それを自覚したディヴァイン公は、少しだけ微笑む。

 そのまま、ゆっくりと床に崩れ落ちた。

「お義兄様!」

 王女が悲鳴の様な声を上げる。ディヴァイン公の後ろにいた王子の手には、幅

広の短剣が握られていた。鎧の継ぎ目から差し込んだそれは、赤く染まっている。

 貴族達の悲鳴が上がった。宰相も立ちすくんでいる。

 

 唯一、冷静だったのがシュタイン公だった。


「……ディヴァイン、その道を選ぶのか」


 己より若い公爵の顔は、既に血の気を失っている。ぴくりとも動かない。

 だがその顔に絶望はなく、ただ静かに命が流れ出ていた。


 王子は手の中にある短剣を見つめている。


「お義兄様」

 呼ばれてのろのろと顔を上げた王子は、放心していた。力の抜けた手から、短

剣が滑り落ちる。その音が響き、貴族達はまるで魔獣の声を聞いたかの様に耳を

塞いだ。


「お前の、勝ちだ……ルティナ」


 ひび割れた大地の様に、乾いた声だった。

「私は、負けたのだな」

 王位は目の前にあったのだ。戦わず、待っていればいずれ王冠は王子に降って

きただろう。

 だが、野心がそれを邪魔した。

 

 ――――強き王になりたい。


 この国の全てを手にしたい、と、思ったところから破滅は始まっていたのだ。


 王子と王女の視線が絡み合う。

 兄と妹とはいえ、母は違う。そして、父も。

 ディヴァイン公は、先代からその秘密を受け継がなかった。恐らく、王子も知

らないこと。

 だが、それでいい。

 王族の血に振り回されるのは、もう終わりだ。


「宰相閣下!」


 静まりかえった大広間に、声が響く。


「陛下が、陛下が……お隠れに」

 駆け込んできたのは、侍医だった。貴族達がざわめき、王女は目を見開く。

 その言葉に、王子は微笑んだ。


 かちり、と音がする。反応したのはシュタイン公だった。

「殿下!」

 崩れる王子を彼は受け止める。慌てて口の中を探るが、ざらつくだけで何もな

い。指を奥まで差し込み、吐かせようとする手を、王子は静かに拒絶した。

「お義兄様!」

 王女は階段を駆け下り、シュタイン公の腕の中にいる王子を見つめる。

「しっかり、しっかりなさってください!」

 手を持ち上げようとして、シュタイン公に止められる。毒がついている可能性

があるためだ。

「そんな……」

 王子の瞳には白い膜が掛かり始めている。王族に伝わる特別な毒の症状だ。

「お義兄様!」

 何度も呼びかける王女の声にも、王子は反応しなかった。

「お義兄様!」

 揺するが、応えはない。あふれ出した涙が、王子の頬に落ちるが、その感触に

も目を開けなかった。


 長いため息を、ひとつ。


 王子ルーファンが最後に残したものだった。


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