12
日が暮れかかった学院内を、タビーとライナーは歩いていた。
行きはアロイスの肩の上だったから気がつかなかったが、実際に歩いてみる
と相当の距離がある。時計台や大きく目立つ木を目印に、何とか道順を覚え様
とするが、暗くなりかけた時間帯では難しい。
「明日の入学式には、誰か付き添うから」
「あ、ありがとうございます」
アロイスと違って、ライナーは気が回る様だった。副寮長なのもそれが理由
なのかもしれない。
「戻ったら丁度夕食かな。皆に紹介するよ」
「はい」
「まぁ、女性は少ないから色々困る事があると思うけど………」
「あ、あの」
聞くなら今しかない。タビーは意を決して声をかけた。
「ん?」
「あの、なぜ私だけ寮が違うのでしょうか」
「敬語は俺にはいいよ……多分、みんなもそうだと思うけど」
「はぁ」
「で、ああ、なんで寮が別か、だっけ」
ライナーはタビーの歩みにペースを合わせている。寮に着くまではまだ時間が
かかりそうだ。
「基本的に寮内での喧嘩とか実験は御法度なんだけどね」
新入生が入る1週間程前、上級生の一人が秘密の実験を行い、その結果部屋
がまるまる2つ分潰れたという。
「修理には時間がかかりそうだし」
「魔術とかで修理できないのでしょうか」
「は?誰が魔術使うの?」
「え……その上級生とか、教官とか?」
「ないない、ありえない」
ライナーはけらけらと笑った。
「そもそも、実験したのはお貴族様だからね。金で解決だよ」
「で、でも貴族の方が入る寮じゃないんですよね?」
「うん、自分の部屋でやって何かあると困るから、って、同級生の部屋でやっ
た訳だ」
馬鹿はどこ行っても馬鹿だよね、とさらりと告げる。どうやらライナーは貴族が
あまり好きではない様だ。
「基本的に寮は寮監と寮長が管理しているし、今回は他寮での問題行動だから
どっちが修理するかで揉めてるよ。金は貰ったんだから、大工でも何でも雇っ
てさっさと直せばいいのにね」
「……それで部屋が足りなく?」
「そう。特待生は基本的に個室だから。で、今年の特待生は君以外全員貴族。
ということで、君の行き場が無くなってしまった訳だ」
貴族ならば貴族専用寮で全員が個室だ。その個室には侍女や侍従が住む事の
できる部屋まで備えられている。
当初はタビーの部屋を貴族専用寮に置く案が出たが、寮監達から異議が出さ
れ、空いている他寮への配置となったという。
「で、うちになった訳だ。他の新入生はいなくて申し訳ないけど」
「いえ……」
どこかほっとした様な、納得出来ない様な複雑な気持ちだが仕方ない。
友人は教室で作ればいいし、貴族寮に行かされる事を考えたら今の方が百倍
ましだ。
「寮は4つ、まぁ見れば判ると思うけど」
視線の先に寮が見えてくる。
「ウチは一番奥の寮で、まぁ校舎へは一番遠いかな。慣れればどうってことな
いけど」
「はい」
「4つのうち1つは貴族寮。残りは特に決まりはない普通の寮。で、うちは騎
士寮って呼ばれてる」
「騎士寮?」
「ウチにいるのは、騎士専攻の連中ばかりだから」
基礎教育を施される2年間の後、生徒達は自分のなりたいものによって専攻
するものが変わる。魔術応用課程や財政課程、騎士専攻などだ。
騎士専攻課程の、貴族以外が集まる寮がタビーの住む場所だという。
「騎士っていうと……」
「将来は騎士団所属希望だね。ちなみに、近衛になりたい奴はウチにいないか
ら」
近衛騎士は貴族である事が最低条件である。ダーフィトでは王族や王宮を守
る近衛騎士隊と、それ以外の騎士団があり、後者は実力次第で上位まで昇るこ
とが可能なため、庶民が憧れる職のひとつだ。
「だからむさ苦しいけど、そこは我慢してやって。あと、女の子扱いは期待し
ない方がいい」
「あの、女性がいるってアロイス寮長に聞いたのですが」
「ああ、いるいる」
そう言いつつ、ライナーはどこか遠い目をした。
「性別は女だけど、まぁそこらの連中じゃ叶わない手練れが2人ね」
「……」
何か相談したい事があれば、してもいいのだろうか。会う前から悩む。
「ま、どいつも気の良い奴ばっかだし、気楽にね」
「ありがとうございます」
「さて、お疲れだろうけど、あと少しだよ」
他寮の間を抜け、騎士寮を目指す。
日暮れの中、黒い屋根と焦げ茶の壁は益々威圧感を増していた。




