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外壁が、崩れた。
傭兵達は声を上げ、騎士団内部になだれ込む。案の定防御柵があったが、彼ら
はそれに油をかけ、火をつけようとする。
「させるな!」
騎士団もそれに応じた。防御柵の合間から長槍が突き出され、傭兵達を傷つけ
る。怒号が入り乱れ、傭兵に続くべく近衛騎士が集まりだした。
「進め!」
ディヴァイン公が剣を振る。王子は穴のあいた外壁側の隣を破壊する様、指示
を出す。
その姿を、シュタイン公は見張り台から見つめていた。
「閣下」
見張り台に上がってきたアプトは、声をかける。ちらり、と視線だけを流した
シュタイン公は何も言わない。戦況は見ればわかるのだ。
「どうしますかね」
相変わらず暢気そうな声だった。騎士団側は圧倒的に有利で重傷者もいないが
このまま戦いが進めば戦況も変わる。
「どうしますか?」
「こちらが何をする必要もあるまい」
騎士団側が放ってる密偵は、既に王権の代行者が王女に決まったという情報を
得ている。勅使がここに来るのも時間の問題だ。
「とりあえず、防戦に徹しますか」
「傭兵連中は急所を狙ってくる。注意しろ」
結果で報酬に色がつく傭兵は、敵を殺すつもりで攻めてくる。近衛騎士の様に
戦いの様式美に拘らない。
「弓騎士を使います」
「同士討ちに注意しろ」
前線には投入できないが、脇から弓を使って攻撃は可能だ。
「閣下、避難はされないので?」
「私が下がれば、逆に面倒が増える」
近衛騎士隊はシュタイン公の首を狙ってくる。勅使が来るまでの囮としては一
番確実だ。
「……すみませんが、ご自身で気をつけてください」
先程から近衛騎士達が集まりだしている。他の門を攻めていた面々が合流して
きたのだ。騎士団も控えの人数を回して対抗する。シュタイン公を守る為に騎士
を割くことはできない。
「わかってる」
戦いの時間も、もうそれ程長くはない筈だ。
シュタイン公は、督戦する王子とディヴァイン公を見つめた。
■
「タビー」
王女の側に控えていた彼女に、フリッツが小さな石を手渡す。
「何ですか、これ」
声を潜めて聞き返すと、フリッツは『魔術石』と応えた。魔石とも呼ばれるそ
れは高級品で、タビーには手のでないものだ。魔術師が数人がかりで作り上げる
この石は、失った魔力を補給するのに最適だった。
「宰相閣下から。補給しておいてね」
「……」
頷き、タビーは石を握りこむ。
王女の警備をしつつ、握った石に集中する。内的循環を巡らし、その流れにの
せることで、魔術石は失った魔力を補充する。
「……ッ」
但し、人の魔力は馴染みにくい。魔術石の魔力は流れに乗って巡り始めたが、
明らかな違和感が吐き気を誘発する。
(これは、自分でつくるか、対策を考えないと……)
内的循環を意識して続けていくと、そのうち魔力が馴染む。だが、いざという
時にはこんな悠長にしていられない筈だ。馴染まない魔力を使って魔術を発動す
るのは怖かった。
(石を作るか、早く馴染ませる手段か)
考えつつタビーは視線を巡らせる。
貴族達は大広間を出たり、入ったりしていた。重職についている貴族達が仕事
の為に行き来しているのもあるが、大半は現状を見極めようとしている者達だ。
王女を支持するのか、王子はどうしているのか、勅使はどこまで進んだのか、
この後の権力を握るのは誰なのか。
密やかに交わされる会話の内容まで聞き取れないが、彼らが王女に従っている
様子は見られない。どちらかと言えば日和見だ。ノルマン公自身、中立派で態度
を明確にしていなかった。それがここに来て王女派と見られる行動を取っている。
――――どちらにつけば、有利か。
形勢を明らかにした訳ではないが、近衛と戦っているからには騎士団とシュタ
イン公も王女派だ。三公のうち二公を味方につけた王女につくのが普通だが、王
子には治政実績もあり、つい先頃までは多くの貴族が支持していた。
国王の代行者指名にしても、立ち会った者は宰相と侍医、学院生が3名。そこ
に嘘がないのか、疑わしく思うのも当然だ。
だが、王女は動じない。
宰相が呼んだ侍女も遠ざけ、ただ静かに座っている。その先に見えているのは
何か。まだ親に甘えることが許される年齢の王女は、貴族の思惑も見透かした様
にそこに座っている。
■
その音を、最初に耳にしたのは、誰だったか。
「なんだ、あの音は?」
遠くから響くその音は、騎士団には馴染みのあるものだ。
「……角笛?」
訓練などで使われる事のあるその音は、連続して聞こえる。独特の低い、だが
よく通る音だ。
傭兵や近衛を督戦している王子やディヴァイン公にもその音は聞こえた。怒号
が飛び交っていたその場は、不気味な沈黙に支配される。
まず見えたのは、角笛を吹き鳴らす騎士だった。
その後ろには、王の紋章旗を持った騎士、そして王女の紋章旗を持った騎士が
続く。
王宮からの使者が使う馬車がその後を追い、最後尾に護衛の騎士。
「……あれは」
ディヴァイン公が顔を引きつらせた。王の紋章旗が使われる事は殆どない。そ
れが掲げられているということは、最悪の状況を意味している。
勅使だ。
貴族同士の私的な紛争や内乱で、勅使が立った事はない。いずれも王が間に入
る事無く解決するのが普通だ。逆に言えば『止めないのなら、勅使を派遣する』
という言葉が諍いをする者達を止めてきた。
その勅使が、戦いの場に現れる。
「殿下」
厳しい眼差しで勅使を見つめていた王子は、唇を噛んだ。
間に合わなかった。
せめて、シュタイン公を仕留めていればと思うが、時は既に遅い。
紋章旗を携えた馬と馬車が停止する。誰もが、その場で動けなかった。剣を交
わしている騎士や傭兵すらも。
馬車から、勅使が降りた。
長いマントに正装扱いの帽子。小さな羽根をあしらった飾り留めが光を反射す
る。
「王権の代行者、王女ルティナ殿下の勅使である!」
その場にいた者達が、一斉に下馬した。王子や、ディヴァイン公も例外ではな
く。
見張り台にいたシュタイン公もそこから下り、地に膝をつく。傭兵達と、戦っ
ていた騎士達が当惑した様に辺りを見回した。
「勅使である!」
再度の声に、まず騎士団が引く。全員が剣をしまい、その場に跪いた。敵を失っ
た傭兵達は、騎士達を斬ろうと思えば直ぐに斬れる。だが異様な雰囲気に呑まれ
た様に立ちすくんだ。
「勅使である!」
今一度、声が響く。
「……全員、膝をつけ」
唸る様に、ディヴァイン公が命じる。戸惑った傭兵達は雇い主に従った。
「王権の代行者、王女ルティナ殿下の勅を申し上げる」
官吏は持っていた羊皮紙をマントの内側から取り出し、封蝋が見える様に掲げる。
四方に掲げた後、勅使は恭しい態度でその羊皮紙を開いた。
「ひとつ、双方はこの戦いを即刻停止せよ」
予想通りの言葉に、王子は歯を食いしばる。どの様な手段を用いたかは判らない
が、腹違いの妹であるルティナが王権の代行者に指名されたのは間違いない。
「ひとつ、騎士団シュタイン将軍、近衛騎士隊ディヴァイン将軍の双方は直ちに
王宮へ出仕せよ」
読み上げると、勅使は羊皮紙を表に返して掲げた。やはり四方に掲げて見せた後、
勅使はそれを丁寧に丸める。そして、ディヴァイン公を静かに見た。
「……全軍、直ちに引け」
立ち上がり、震える声でディヴァイン公は命じる。
「近衛騎士は全て司令部に戻れ。傭兵達は解散せよ」
見張り台を下りたところで勅令を聞いたシュタイン公が立ち上がる。
「騎士団は、直ちに剣を、全ての武器を収めよ」
それだけ告げると、彼は破壊された外壁から勅使の前へ歩み出た。
「勅使殿に申し上げる。直ちに王宮へ出仕いたします」
騎士としての最敬礼をしながら、シュタイン公は告げる。
「……同じく」
ディヴァイン公もそれに倣う。
「待て」
馬車へ戻ろうとした勅使を引き留めたのは、王子ルーファンだった。
「勅は、それだけか」
「勅は全て申し上げました」
その応えに、王子の顔は真っ赤になる。
この戦いを主導したのは、王子とディヴァイン公だ。実際に戦ったのは傭兵や一
部の騎士達だが、指揮権は王子にあった。
その勅は王子ルーファンに対して、何も要求していない。
王子は無視されたも同然である。逆に考えれば、王子の責を問わないとも取れる
が、冷静さを欠いた王子はその点にすら考えが及ばない状態だ。
「私を……私をなんだと思っているのだ!」
唸る様な声で、王子は叫ぶ。血走った眼差しに、勅使が思わず後ずさりした。彼
を守る様に、騎士団の騎士が前に出る。それも勘に障った。
そもそも勅使は王の使いである。
それならば、騎士団の騎士に守らせるのではなく、近衛騎士に守らせるべきもの。
だというのに、間にはいったのは騎士団の騎士。
怒りは更に増す。ディヴァイン公が何か言った様だが、耳に入らない。
王子はそのまま、傍らの馬に飛び乗った。
「殿下!」
「殿下、お待ちください!」
勅使とディヴァイン公の声が聞こえるが、王子は振り向かない。馬の腹を蹴り、
凄まじい速度で走らせる。
目指すは王宮、そこに彼の義妹はいる。
「ルティナめ……ッ!あの小娘がッ!」
馬上で毒づく王子は、馬に鞭を入れた。鍛えられた馬はさらに速度をあげる。
王宮に、むかって。




