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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
王女と継承
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 くすみがかった金の上に、向かい合う赤い竜、中央には剣、上には王冠。

 ダーフィト国王の使う紋章は、宰相の管理下にある。


 長い棒状の先に、その紋章旗が下げられた。噂を聞きつけ、大広間に集まって

きた貴族達がそれを見、溜息をつく。

 紋章旗が使われるのは、即位式や王の婚姻、王が隠れた時に限られて来た。そ

れが今、勅使を派遣する為に掲げられる。


 今ひとつの紋章旗は、緑地の上に飛び立つ鳩と花冠。代々の王女のみが使うも

のだ。


 2つの旗を掲げた騎士は、黒い制服を身に纏っている――――騎士団の騎士。


 玉座側の椅子ではなく広間に立った王女は、目の前に跪いている官吏を見下ろ

した。


「王権の代行者、王女ルティナより勅使を遣わします」


 さほど大きくないがはっきりした言葉は、静かな広間に響く。詰めかけていた

貴族達が一斉に膝をついた。


「近衛騎士隊と騎士団は、即時停戦をすること」

 王女の手には丸められ、封蝋の施された羊皮紙がある。

「また、ディヴァイン将軍とシュタイン将軍は、即刻、登城すること」

 勅使は跪き、頭を垂れたまま両手を差し出した。王女はその手の上に羊皮紙を

置く。


「かしこまりました」


 勅使が立ち上がった。その後ろに控えていた4人の騎士も立ち上がる。

「行きなさい」

「はっ!」

 促され、勅使は早足で大広間を出て行った。紋章旗をもった騎士と護衛騎士が

後ろに続く。

 

 王女は玉座の側におかれた小さな椅子に戻り、宰相が杖を鳴らすと貴族達も立

ち上がった。

 広間はざわめきに満ちている。誰もがこの事態を飲み込めずにいるのも事実だ。

 あちらこちらから投げかけられる視線を、王女は無表情のまま耐えていた。側

に控えているだけのタビーですら怯む程のもの。

 肘掛けを握る手は微かに震えている。だが、王女はその手に力を込めて震えを

押さえつけた。

「殿下、少しおやすみになりますか」

 頭を垂れ小声で伺いを立てるタビーに、王女は首を横に振る。

「いいえ、タビー。私は、大丈夫です」

 貴族の視線は好意的なものばかりではない。どちらかといえば好奇心と品定め

をする様な眼差しだ。ディヴァイン公傘下の貴族は殆どおらず、集まっているの

はほぼノルマン公傘下の貴族である。

 先程は跪いた彼らだが、それはあくまで勅使に対するものだ。このまま王女が

女王となるのか、今の劣勢を覆せるのか、王子がどうでるのか――――。


 フリッツによれば、シュタイン公傘下の貴族はいないという。騎士団に所属し

ている貴族達は戦いの真っ最中であり、所属していない貴族は戦いを避けて領地

へ戻った者が殆どだ。己や家族が近衛の人質になることを忌避したと思われる。


「閣下」

 官吏が宰相の元へやってきた。何事か囁くと、彼は難しそうな顔をする。それ

を盗み見しつつ、貴族達は己がどう動くべきか考えている様だった。傘下の貴族

が全て味方という訳ではない。ノルマン公傘下であっても王子を支持する者はい

た。中立を守っていた宰相に、王子を支持するべきと申し立てた貴族も多い。


 彼らが大広間に集まっているのも、現状を把握する為だ。王女を支持するため

にいる訳ではない。

 それを判っているのだろうか、王女は表情を変えずにまっすぐ前を見ていた。


(こんなところで……)


 王女は生きていくのだ。味方とも敵とも判らない貴族達の中で。

 この騒動が終われば、タビーは学院に戻る。一介の学院生になり、魔術師を目

指す。王女は女王になり、二人の接点はなくなる。それでいいと思うが、王女を

思えば心配ばかりが溢れて止まらない。


 勅使が騎士団本部まで行けば、全てが終わる。

 それは、もうまもなくだ。



「そーれッ!!」

 ディヴァイン公に雇われた傭兵達は、丸太を外壁にぶつけていた。

 特別製の門に比べれば、外壁は弱い。まずは一ヶ所に穴を開けて、そこからな

だれこむ予定だった。

 無論、相手方は対策をしているだろうが、傭兵達は戦う為に雇われている。怖

じ気づく様な者はいない。


「まだ崩れないか」

「煉瓦ではありますが、強化されております」

 馬上の王子は忌々しそうに呟き、ディヴァイン公が宥める様に返す。

「騎士団のことだ、壁の向こうには何か準備をしてるはず」

「はい」

「堀や防御柵あたりか」

「騎士団には堀はございません。殿下ご推察の通り防御柵でしょう」

 壁の直ぐ向こうに設置されていれば、傭兵達の動きが阻害される。

「穴が空いたら、まず火をかけるか」

 防御柵は木製だ。油でもかければ良く燃える。

「油の準備をさせましょう」

 後ろに控えていた傭兵の一人に油の調達を命令した。

「火をかけた後、少し時間がかかるか。他にも穴をあけた方がいいな」

「では、その隣を……」

「他の門はどうだ?」

「はい、同様に外壁の攻撃を行っておりますが、まだ壊れない様で」

「ふん」

 王子はひびが入り出した外壁を眺める。

「そもそも、騎士団がこの様な本部を持つ事自体が間違ってる」

 騎士団本部は、広大な敷地を専有していた。空から眺めれば、騎士団本部の敷

地と王宮が隣接しているのがわかる。と言っても普通に考えるお隣同士、とは全

く違い、王子達がいる騎士団本部入口は王宮から出ないと辿り着けず、互いに行

き来もできない。

「強大な力は、王のためにあるべきだ」

「さようでございます」

 間髪入れずにディヴァイン公も応えた。近衛騎士隊は、騎士団より規模が小さ

い。そのかわり王族や後宮の守りに特化しており、家柄も考慮された者だけがな

れる。少数精鋭を自負してはいるが、騎士団が巨大化するのは面白くない。

「閣下!」

 まもなく壁が崩れる、という所で、早馬がやってくる。よく見れば、王宮の守

りに残した者だ。

「どうした、何かあったのか」

「お、王権の代行者に王女殿下が任じられたとの事です」


 瞬間、王子ルーファンの耳から全ての音が消える。


「なん……だと?」

 近衛は馬を抑えると、下馬し膝をついた。

「陛下は朝お目覚めになられ、王女殿下を王権の代行者に指名されたとのこと!」

「馬鹿な!」

 音が戻ってくる。だが、傭兵達が打ち付ける丸太の音やかけ声までもが煩わし

く感じられた。

「陛下はお声を発されたのか」

 ディヴァイン公の言葉に、近衛は首を横に振る。

「その様な話ではございませんでした。噂では、王女殿下が枕元にいる時に目覚

められたとのことです」

「王女殿下は、騎士団に囚われているのだぞ!?」

 ディヴァイン公の言葉に、騎士は当惑した様な表情を浮かべる。

「で、ですが、大広間には、王女殿下が……」

「見たのか」

「はい。近衛騎士隊は、全員が司令部に待機しております!」

 王子とディヴァイン公は顔を見合わせた。王子の顔が強ばり、青ざめている。

 恐らく自分も同じだ、とディヴァイン公は察した。あまりの衝撃に、手が震え

る。

「ノルマン公……宰相は!?認めたのか!?」

 王子の言葉に、近衛騎士は頷く。

「陛下が殿下を指名された際、やはりお側におられたとのことでございます」


 王子は歯を食いしばった。ここで取り乱す訳にはいかない。騎士団の外壁は、

小さな穴が開き始めている。今更戦いを止めることはできない。

「殿下」

「……攻め手を緩めるな!」

 吐き出す様に、王子は叫んだ。

「急げ!」

 王女が王権の代行者に指名される、それが何を意味するのか判らないほど王子

は愚鈍ではない。

「急ぐのだ!」

 宰相からは戦いを止める様にと書状が来た。

 腹違いの妹である王女もまた、戦いを止めようとしている。

 その二人が繋がれば、あとの手は一つだけだ。


「他の門を攻めている者達へ、伝令を」

 ディヴァイン公は膝をついた近衛に支持を出す。

「全員、騎士団の正面に集まる様に」

 そして、彼も三公の一人、これから何が起こるか直ぐに予想ができた。

 今、戦いを止める訳にはいかない。

 であれば、一極集中し、早急に騎士団を抑え込むしかないのだ。


 ――――勅使が来る前に。


「全軍、構え!」

 伝令を放ったディヴァイン公は馬を操り、剣を抜く。

「外壁が破壊され次第、騎士団へ総攻撃をかける!」

 それに応じる声を背に、彼は見張り台に立っている男を睨め付けた。


 騎士団を統括するシュタイン公が、彼らを見下ろしている。


「目標は、シュタイン公のみ!」

 王子が声を上げた。騎士団の全てを攻めずとも、その頂点を取れば彼らの勝ち

だ。


 剣が打ち鳴らされる。傭兵達が突入の準備を整え始めた。

 外壁の穴は大きくなっていたが、人が通れる程ではない。木槌を持った傭兵達

が周囲を叩き、穴を大きくしようと奮闘している。


 手綱を握りしめる手に力を込めた。

 退くわけにはいかないのだ。


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