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王宮は慌ただしさを増していた。
『王権の代行者に王女ルティナ殿下が任じられた』
『近衛と騎士団の戦いに、勅使が遣わされる』
その噂は瞬く間に王宮へ、貴族達へと広がる。
王子の王位継承を誰もが予想し、王子を支持していた。
それが、全てひっくり返る。
王女は玉座のある中央大広間にその身を移し、宰相はその傍らで様々な指示を
出していた。
タビー達は、王女の護衛ということで側に置かれる。
中でも同性であるタビーは、王女の盾として傍らに置かれた。宰相は言葉を隠
すことなく、その命を下したのだ。
『何かあれば、王女の盾になれ。その命を差し出せ』
学院生で魔術師見習いのタビーに下されたそれは、非情だった。だが、彼女は
それを受け入れる。けして死にたい訳ではない。王女を守りたいだけだ。
もっとも、いざという時に動けるかどうかは判らないが。
「閣下」
官吏の一人が、慌てて大広間に駆け込んできた。
「どうした」
「近衛騎士達が、反旗を」
「なんだと?」
官吏は近衛騎士隊・司令部に近衛騎士達が立て籠もっている事を奏上する。
「馬鹿なことを……」
ディヴァイン公率いる近衛騎士隊は、王子を支持していた。王女が代行者にな
ることを認められないのだ。
「……ディヴァイン公を、いや……」
宰相は少し考えてから、頷いた。
「王都のディヴァイン公邸に、遣いを」
「かしこまりました」
「公爵の弟がいる筈だ。王権の代行者の名のもとに、召喚する」
王権の代行者が決まっただけで、今まで停滞していた様々な事が動き出す。
官吏はすぐに出て行く。王女は玉座の傍らに置かれた、小さな椅子に座ってい
た。代行者の位置だ。
「さて、参りましたな」
「宰相」
「勅使には、騎士が随行します。近衛が立て籠もっているとなると……」
官吏の中のいずれかを勅使に選ぶのは容易い。だが、近衛騎士の協力が得られ
ないのであれば、勅使を遣わすことは不可能である。
「騎士であれば、いいのですか」
宰相の後ろに控えていたフリッツが問いかけた。
「そうだ。だが、お主達を騎士に任ずることはできん。儂に騎士の任命権限はな
いからな」
宰相の任命権限は思ったより狭い。騎士関係は関与しないし、官吏についても
重要職は決められるが、その下は各部門の裁量に委ねられている。
「……騎士団の騎士でよろしければ」
フリッツの言葉に、宰相は振り向いた。
「いるのか、ここに」
「はい、おそらく王宮の何処かに」
「何処なのだ?」
「わかりません。ですが、騎士団の副将軍や参謀格が4名ほど、近衛の元にいる
筈です」
「……近衛は立て籠もっている」
「軟禁した連中の事等、忘れていると思われます」
それほど、王権の代行者が決まった事は重大である。軟禁している騎士のこと
など、放置している筈だ。近衛騎士隊がもっと過激であれば、命を奪われている
可能性もあったが。
「官吏に捜させよう」
宰相は山積みになった書類を持ってきた官吏達に、騎士の捜索を依頼する。
「まずは、勅使に持たせる文面から、か」
宰相は正式な布告に使う羊皮紙を取り上げた。
■
「いいか、良く聞けよ」
軟禁生活も長くなると、やることがなくなる。
「俺は、あの婆さんの手助けなんか絶対!しないからな」
「見苦しい」
カードを混ぜながら、一人が呟いた。
「そもそも、なんで負けたら皿洗いなんだよ!」
「金銭をかけるのはまずいだろ」
腹ばいになり、腕に顎を乗せた男が笑う。
「絶対!イカサマだ。ヘス、お前しか勝たないのはおかしい」
「頭の出来が違う。仕方ない」
「かーっ!!」
怒鳴っていた騎士が立ち上がった。騎士団で嗜むカードゲームは様々だが、そ
の全てをし尽くした彼らは退屈していたのだ。金銭はかけられないが、それ以外
のものならば、ということで、騎士団の厨房で皿洗いを賭けた所がこの有様であ
る。
「これだから!参謀の連中は嫌いなんだよ!頭でっかちで!」
「騎士は素直に負けを認めるべきだよな」
もう一人は胡座をかき、にやにやと笑っている。
軟禁されてから随分経っているが、三食支給されるのと、風呂と手洗いがあり、
それなりの生活が出来ることだけは助かっていた。流石に着替えまでは支給され
なかったが、それは諦められる。野営に比べれば天国だ。
「その婆さんのメシが懐かしいぜ」
「あー、婆さんうるさいけど、メシだけは旨いからなぁ」
彼らが婆さんと呼んでいるのは、騎士団本部の厨房に勤める古株である。残す
事を許さず、礼儀に厳しいその人物は、彼らが若かりし頃から厨房を仕切ってい
た。
「婆さんの唐揚げ食いたいなぁ」
「近衛の飯って、なんであんな上品なんだろうな。食った気しない」
「あれでウチより予算貰ってんだろ?おい、ヘス。お前待遇改善要求しろよ」
「肥えた騎士ほど使えんものはない」
何かを言い返そうとしたところで、全員が動きを止める。この部屋に通じる扉
の前で、言い争う様な声がした。
「なんだァ?」
外から鍵が掛けられているため、見る事はできない。一人が静かに扉まで進み
そこに耳をあてる。ヘスは鉄柵のはまった窓辺へ駆け寄った。
声は直ぐに消え、人の気配がなくなる。
「なんだって?」
「わからん。ただ、近衛の司令部に集合とか何とか」
「は?」
今まで沈黙を保っていた騎士が立ち上がった。扉の取っ手を握るが、鍵は外れ
ていない。
「破れそうか?」
「無理だな」
「はやっ!」
「だが、見張りはいなくなった」
4人は視線を合わせる。
「どう見る、クノール」
「近衛の連中が慌てる事、と言ったら一つだろうな」
取っ手を握り、何度か揺らしたが開かなかった。諦めて手を離す。
「王子かディヴァイン公に何かあったか」
「……動いたな」
顔を見合わせ頷いたヘスとクノールに、残りの二人は首を傾げる。
「やられたのか?」
「それはそれでマズイぞ、閣下の責任問題だ」
「誰が仕留めた」
「アプトじゃないことだけは判る」
低く笑う2人を、ヘス達は呆れた様な眼差しで見やった。
「騎士団と近衛では、戦力的に比較にならない」
「間違いなくウチが勝つからなぁ」
根本的な戦力が違う。無論、近衛が王宮魔術師を引き連れて攻撃をしてくれば
その限りではないだろうが、研究が生きがいと直結している様な彼らが戦いに加
わる事は無い。魔獣討伐や国同士の戦争であればその限りではないが、今は騎士
団と近衛の戦いだ。趨勢を見守ってはいても、荷担する様な事は無い。
「王権の代行者か、継承者が決まったな」
近衛が騒ぐのであれば、選ばれたのは王女だ。
「……やれやれ」
クノールは天井を仰ぐ。自分の娘よりも幼い王女が女王になるのだ。どこか哀
れにも思えた。不遜なことだが。
「で、俺たちはどうなるんだ?」
再び胡座をかいた男は、ヘスに問いかける。
「程なく解放される」
「いや、それは判るだけど」
確認はしていないが、近衛と騎士団は戦っていると考えていい。彼らが軟禁さ
れたのも、戦力を削ぐための策だ。だが、そんな彼らを放置していくという事は
重大な動きがあったと推測できる。
「待つしかないな」
溜息をついたクノールが再び床に座った。放り出されたカードを集め、器用に
混ぜる。
「で、どうするんだ?」
やはり座り直した男が問いかけた。
「何が」
「婆さんの手伝い、俺で確定させないぜ」
他の面々は呆れた様に顔を見合わせ、苦笑する。ヘスともう一人も床に座る。
「あと少しだから、まぁお前で確定だけどな」
「言ってろ」
彼らの前にカードが配られた。手札を見ながら、再びゲームが始まる。
『待つ』ことが苦手な騎士達だが、今はそれしか方法がない。
解放の時が迫っていた。




