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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
王女と継承
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 かちゃり、と金属音がした。

 王の顔を拭っていた王女は、一瞬体を強ばらせるものの、静かに振り向き立ち

上がる。タビーとフリッツは万が一の為に杖を構えた。


「殿下」

 低く、どこか疲れた様な声。

「ノルマン宰相」

 扉から入って来た老人は、杖をついていた。魔術用ではなく、体の支えとなる

杖。長く伸ばした髭と、後ろにまとめられた髪は白い。だが瞳だけは鋭く、彼が

たたの老人でないことを示している。


 入って来たのが宰相本人とわかり、タビー達は杖を下ろし、礼を取った。そち

らを一瞥し、彼は王女へと歩み寄る。


「……ご無事で」

 安堵の言葉に、王女は頷き、少し考えて口を開いた。

「心配させましたね。私の軽率な行動で……」

「いいえ……いいえ」

 宰相は首を横に振り、王女の前に膝をつく。

「殿下の無事が判れば、これ程のことはございませぬ」

 王女が差し出した手に、宰相は額を当てた。ふっくらしていた手は、少し細く

なった気がする。日々手入れされていたであろう爪にもひびが入っていた。一国

の王女とは思えない。

「宰相」

 王女はノルマン公が手を離そうとした所を押さえる。反対側の手で、皺の寄っ

た彼の手を包み込んだ。

「戦いを止めなければなりません。義兄様と近衛騎士達が、騎士団を攻めている

のです」

「存じております」

 宰相はその手の上に、自らの手を重ねた。

「戦いを止める為に……勅使を、送ることはできませんか?」

 王女の言葉に、彼はまじまじと彼女の瞳を見つめる。その瞳に宿る強い意志は

間違いなく彼女自身のものだ。

「……勅使は、陛下、もしくは王権の代行者にしか立てられませぬ」

 王が意識を取り戻さず、王権の代行者も決めていない今、勅使を立てることは

できない。

「では、どうすれば」

「戦いを止める様に書状を送っては見たのですが」

「……」

 確実に王位をものにしたい王子と、騎士団の勢力を削ぎたいディヴァイン公、

彼らが宰相の書状を受け入れる訳がなかった。

「ルーファン殿下に、ルティナ殿下が見つかった事を伝えてみましょうか」

「いいえ、宰相。義兄様は、私が騎士団に匿われていた事を既にご存知です」

 それを逆手に、騎士団への攻撃を強めている。騎士団が王女を拐かしたという

いわれのない事を騒ぎ立てて。

「さようでございますか……」

 王女に促され、宰相は立ち上がった。手を離し、二人は顔を見合わせる。

「……戦いを止めるには、間違いなく勅使を立てるのが早いのですが」

「……」

「そこの者達、顔を上げよ」

 宰相は部屋の隅に控えていたタビー達に声をかけた。一人一人の顔を見た宰相

が驚いた様に目を丸くしたのは、ザシャがいたからだろうか。

「……現在の騎士団の様子は?」

「騎士団が優勢でございます」

 フリッツが恭しく応える。

「近衛騎士隊は?」

「傭兵部隊を先陣としています。昨日は門を攻めましたが、開門には至らず」

 タビーが続けると、宰相は顎に手を当てた。

「ディヴァイン公は拙速だな……これでは、逃れられん」

 呟きにザシャとタビーはちらりと視線を交わし、フリッツは目を伏せる。


 王女は、再び王の側に歩み寄った。呼吸の回数が少ない。だが苦しそうではな

く、ただ寝ているだけにも見える。

「陛下……」

 父であり、父でない国王。だが、こうして病床に伏せている王を見ればみるほ

ど、父ではないと思えない。

 宰相も側に歩み寄る。

「陛下」

 王と宰相は、長い間秘密を共有してきた。王子のこと、王女のこと、王自身の

体のこと――――。無論、シュタイン公や先代のディヴァイン公も同様だったが、

宰相という立場から、一番深く国王を知っていると、彼は自負している。

 

 だが、王権の代行者や継承者についてのある程度のことすら決めていなかった

ことは、宰相の落ち度でもあろう。こんなに早く、国王が倒れるとは誰も思って

いなかったのだ。


(陛下は、その御身を喰われたのだ……)


 己に対しての復讐と狂気。自らの体の事を知ったとき、間違いなく王は狂った

のだ。それを抑えられなかったのは、宰相自身。


 ここで、新たな秘密を作る事は出来る。


 国王が意志を示したことを捏造し、王女を王権の代行者にすること。その位、

容易いことだ。

 侍医と、三人の若者を死なせる必要があるだけで。

 

 だが、秘密は秘密を呼び、狂気を招く。何より王女が受け入れない。

 それを強制すれば、第二の国王を作り出す事になる。


「陛下」


 王女は、その手を握る。倒れた父王は年よりも老いて見えた。それが悲しい。

 はらり、と涙が落ちた。


 手が、動く。


「陛下……お父様?」

 王女が声をかける。気のせいだったのか、握りしめた手が、少し動いた気がし

たのは。

「陛下?」

 宰相と侍医もその顔を覗き込んだ。僅かに震えた王の瞼は、少しだけ開いた。

「……ナ……」

「陛下!」

「お父様!」

 タビーは思わず手を握りしめる。

「……」

 王の手がゆっくりと動いた。宰相に促され、王女が手を離す。

 手が、上がった。

 震えながら、その手は彷徨い、そして王女の目の前でぴたりと止まる。

「陛下……」

 我に返った宰相が、タビー達を手招いた。その間に、王の指はゆるりと動く。

 タビー達が駆け寄ったその時。


 ――――王の指が、王女を、指した。


「お、父様……」

「陛下、代行者はルティナ殿下でございますか」

 宰相の問いかけに、王はただ一度、瞼を閉じて開く。だが、それも半分だけ。


 次の瞬間、腕は落ち、瞼が完全に伏せられた。侍医が慌てて脈を取る。

「……また、おやすみになられました」


 侍医の言葉に宰相は溜息をつく。だが、それは安堵の溜息でもあった。

「お前達も、見たな?」

 宰相は侍医、そしてタビー達を見回す。

「国王は、確かにルティナ殿下を代行者に指名した。誓いをたてよ」


 三人は体を強ばらせる。誓いを立てる事は、己の命をかけることでもあった。

 しかも事は王位継承権に関わる。

 代行者指名を受けた王女が、女王になるのだ。


「……わかりました」


 最初に進み出たのはザシャだった。


「ノルド国、ザシャ・バーデン。陛下による……」

 喘ぐ様に、言葉を紡ぐ。

「陛下による、代行者指名を見届けました」

「フリッツ・ヘス、右に同じく」

 杖を片手に、フリッツが続く。


 タビーは体を強ばらせた。室内にいる全ての者の視線が、自分に集中してい

る事に気づき、体中から汗が吹き出る。

「わ、私は……」

 視線を彷徨わせる。緊張で喉が痛い。魔術師が誓いを立てるということは、

己の杖に誓うということだ。それを破るのであれば、杖を折り、魔術師でなく

なることを意味する。

 タビーは、魔術師ではない。その卵だ。

 しかし杖を持っている限り、同じ扱いをされる。


 これは、ただの誓いではない。


 王位継承に関わる、重要な誓いだ。一生ついてまわる。ザシャやフリッツの

様に貴族という後ろ盾があるわけでもない。ただのタビーには、重すぎる。

「タビー」

 フリッツが囁く様に名を呼ぶ。誓いを促しているのか。恐る恐る彼をみれば

いつものへらへらとした彼はそこにいなかった。

「わ、私は……」

 腰が抜けそうだ。忙しなく室内を見回すが、助けはない。

 タビーの目が、王女を捉える。

 王女の目は、強い意志を秘めていた。

「殿下……」


 薄暗いあの青い部屋を思い出す。あの部屋にいた王女は、ただ泣くだけの儚

い存在だった。

 今は、どうだろう。タビーより年下とは思えないその意志。

 立ち向かう事を知った少女は、彼女の腕の中で泣いていた少女ではない。


 王女とタビーの視線が交錯する。二人の間に過ぎった何かを、他の誰も理解

できない。だが、それでいいのだ。


「私、タビーは」

 杖を掲げる。震えが、おさまった。


「ルティナ殿下に」

 王でも宰相にでもなく、目の前にいる王女に。


「この命、果てるまでの忠誠を」

 指名を見届けただけではなく、この先続く王女の御代に。

 ただのタビーが差し出せるのは、それだけだから。


 部屋の空気は、静謐に満たされる。

 王女はゆっくりとタビーに歩み寄った。

 そして無言のまま、手を差し出す。王女らしくなく乾いた、だが己と戦って

きた手だ。タビーは膝をつくとその手を取り、額におし頂く。

 王女は人形の様に無表情で、それでいて儚げに見える。それは王女の一面で

あることを、タビーはもう知っている。


 そして見上げたタビーの手に、王女の涙が落ちた。

「殿下」

「この忠誠を……」

 掠れた声で、王女は告げる。

「私は、一生忘れないでしょう」


 道は、別たれた。


 王女は女王へ、タビーはただの学院生に戻る。いつもの日常が戻ってくるの

だ。

 タビーは王女への忠誠を胸に。

 王女はタビーの忠誠を支えに。


 それぞれの道が交わり、そして離れた瞬間だった。


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