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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
王女と継承
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 王族に産まれた者にとって、それは呪いにも等しい。

 姉2人の後に産まれた彼は、待望の男子だった。産まれたときから傅かれ、制

限はあるが滋養に富んだものを食し、評判のよい乳母と教育係がつけられ、後見

人には母の実家。何もかも恵まれた、王になるべくして産まれた子。


 だが、そんな彼は子を成せない体だった。


 父王が亡くなり早々に王位についた彼は、その頃から己の体が他の者と違うと

気づく。

 どの様な女を見ても、心が騒ぐ事はない。男も同様に。

 側近候補として付けられた貴族の嫡子達、彼らがこっそり話してくる下卑た話

題でも、興奮することはなく。


『流石は殿下』

 

 彼らはそう言って持ち上げたが、その頃から自身の体に疑問を持った。

 王族の男子であれば必ず用意される夜の指南役も拒否したが、既に王となって

いた彼を咎める者もなく。

 

 そして行き着いた答えは残酷なものだった。


 自分は子を残せない。

 残せない以前に、女を抱くことすらできないのだ。不能であることは、いたく

彼の心を傷つけた。

 だが、悩む間もなく政は進んで行く。王妃を立てる年齢になったころ、侯爵家

の娘が候補に上がったが、横入りで入って来た小さな国からの輿入れ話を受け

た。

 国外の女であればまた違うかもしれないという、小さな希望。

 そのすべてが打ち砕かれた時、王は決めた。


 この様な体に産まれた自分を呪い、己自身に復讐をすることを。

 どう考えても矛盾しているそれを、彼は止められなかった。


 侵略とも言える合併で国がなくなり、その血を残す事を強く望んだ王妃と。

 正妃の立場を得られず、ようやく側室として後宮に入った侯爵令嬢。


『その血を残したければ、体を差し出せ』

『正妃以外に興味はないが、子が産まれたなら王族として認めよう』


 王妃と側室は彼の言葉を受け入れた。

 後は、役者を選ぶだけ。最初にこの企みを話した宰相は反対したが、王族の血

を確実に残す事を主張した彼が勝った。


 彼にいた2人の姉は、それぞれシュタイン公爵家とディヴァイン公爵家に嫁い

で子を成している。

 であれば、その子を使い、己の血に近しい者を王妃達に産んで貰えばいい。


 己が利のために、従った王妃と側室。

 王の求め通り、子を差し出した2つの公爵家。

 そうして産まれた王子と王女。

 

 駒はくるくると回る。王子と王女は健やかに育った。王の企みを運命は評価し

たのだろうか。王子は自分に良く似た王族特有の濃い金髪、王女は先王に似た白

金の髪。何もかもが完璧だった。


 次にこの国を継ぐのは王か、女王か。その様なことはどうでもよかった。

 どちらが立つにしろ、王族の血は入っている。後は好きにすればいい。その為

に貴族達が争おうとも、何とも思わない。


 許されるのであれば、彼は高らかに嗤いたかった。

 まごうことなき王族でありながら、煌めく王冠をその頭に頂きながら、彼は静

かに狂っていく。

 その狂気は表に出ることもなく、ただ、彼を食い尽くした。


 ふと、顔に何かが触れた気がする。


(もういい)


 何もかも面倒だった。全てを呪い、己の運命へ復讐する、それが叶ったのだ。

 あとは狂気と共に果てるだけ。


 彼は、再び微睡みに引き込まれていく。



 王宮に伺候したノルマン公は、とるものもとりあえず王の居室へと向かった。

 杖をつきつつ、それでも急ぎ足で向かうその足取りは老いたとは思えぬほど。夜

が明け、下働きだけではなく侍従や侍女、女官達も動き出している。もう少しすれ

ば官吏達も出仕し、いつも通りの仕事が始まるのだ。


(殿下)


 王女が行方をくらませたとき、ノルマン公は彼女が秘密に気づいた事を悟った。

 その出所はどこか。自分は口を噤んでいるし、王妃や側室も己の立場から口を開

くことはない。この件に関わっていたのは先代ディヴァイン公だが、数年前に急逝

し、長男が後を継いでいる。その様子を見る限り、今のディヴァイン公は秘密を知

らない様だった。


 残るは、騎士団を統括するシュタイン公。


 そもそも王女の父に選ばれたのはシュタイン公の弟なのだ。秘密の暴露を理由に

王子と王女の本当の父親達は、子が産まれて直ぐに毒を呷っている。以来、シュタ

イン公は余程の事がないかぎり、王宮に伺候しなかった。

 いつ、秘密が王女に明かされたのかはどうでもいい。王女が知ったという事実だ

けが問題なのだ。


 王の居室に近づくと、なにやら騒がしい。既に騒動になっているのかと顔を引き

つらせたノルマン公が見たのは、倒れた近衛とそれを取り囲む侍従達だった。

「何をしてる!」

「さ、宰相閣下」

 ノルマン公に気づいた彼らは、慌てて敬礼する。近衛達は目覚めていない。

「何事だ」

「い、いえ、近衛騎士達が倒れていましたので……」

 彼は侍従達の間を抜け、倒れている近衛達を見る。傷はどこにもない。呼吸もし

ている。やや安堵しつつ、ノルマン公は頭を下げたままの侍従達を見回した。

「救護室に運ぶのだ」

「は、しかしここの警護は……」

「賊が入った可能性もございます」

「それならば、尚更だな」

 ノルマン公は顔色一つ変えずに続ける。

「倒れてる騎士を救護室に運び、代わりの騎士を寄越す様に」

「は、はい」

「賊であれば、とっくにこの世にはおらぬわ」

 それだけ告げると、ノルマン公は再び王の居室へと向かう。その途中でまたも近

衛が倒れているのに出くわした。そこにも侍従達がいたため、同じ様な指示を出す。

 彼は、必死で歩いた。杖をつきながら、可能な限り急ぐ。


 王の居室前にも、近衛が倒れていた。こちらはまだ誰にも見つかっていない様だ。

 呼吸があること、気を失っているだけであることを確認し、ノルマン公は居室の

扉を見上げる。

 間違いなく、王女はいる。

 予想や希望ではない、単なる事実だ。


 ノルマン公は、深呼吸を一つすると扉の取っ手に手をのばした。


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