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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
王女と継承
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 開いた扉の向こうは、控えの間だった。隅にいくつかの椅子があるだけの、簡

素な造りだ。

 次の間へ続く扉が2つある。

「こちらは、執務室で……寝室は」

 王女が片方の扉を指さした。

「側付きの誰かがいると思われます」

 ザシャの言葉に、フリッツとタビーは頷く。

「殿下を先頭にするしかないな」

「側付きは?」

「拘束程度で済めばいいんだが」

 ひそひそと話す中、王女は寝室への扉を見上げている。

「殿下」

「大丈夫です」

 頷いて見せた王女は、寝室への扉に手をかけようとした。取っ手に触れた瞬間

びくりと体を動かす。何らかの魔術が施されていたのか、と聞く前に、王女は首

を横に振った。

「大丈夫、です」

 決意をこめ、王女は取っ手に手をかける。

 ゆっくりと開き始めた扉に、誰もが緊張していた。

「誰か」

 誰何の声が聞こえる。王女は意を決した様に寝室へと踏み込んだ。

「殿下!」

 部屋の中にはあかりが灯されているものの薄暗い。だが、顔の判別が出来ない

程ではなかった。

 立ち上がったのは、白髪交じりの男性だ。王女の後ろからタビー、フリッツ、

ザシャが続いてきたのを見て、顔を強ばらせる。

 部屋を見回すが、近衛はいない。病床の国王に、たった一人の付添人しかいな

いとは思わなかった。

「お静かに」

 立ちすくんでいる男性と王女をそのままに、フリッツが告げる。

「き、君たちは……」

「タビー」

 その言葉に、彼女は溜息をつく。なるべくなら避けたかった。

「危害を加える気はありません。どうぞ、お座りください」

 拘束が基本だが、タビーにそのつもりはなかった。見る限り、男性は細身でそ

れなりの年齢だ。判って貰えるのであれば、手を出す気はない。

「どなたですか?」

「侍医です」

 ザシャの問いかけに、王女は応える。

「侍医?」

 タビーは当惑した。神官や司祭であれば癒やしの術を使える。国王ともなれば

神官長や司祭長でも呼べる筈だ。

「……王族は、癒やしの術を受けられないのです」

 王女がぽつりと呟く。

「そのかわり、専属の侍医が健康管理をする、ということか」

 フリッツが続け、王女は頷いた。

「殿下、一体いままで……」

 侍医は立ちすくんだまま、王女をじっと見つめている。その視線から逃れる様

に王女は顔を逸らした。

 王女に歩み寄ろうとした侍医の前に、タビーが杖を構えて立ちふさがる。顔を

引きつらせた侍医は数歩後じさると、力が抜けた様に椅子に座り込んだ。

「陛下の、ご容態は」

 顔を逸らしたまま、王女が問いかける。

「おかわりございません」

 そう応えてから、侍医は首を横に振った。

「お倒れになってから、おやすみになったままでございます。時折、目が醒める

こともございますが」

 ベッドの上に横たわっている男性が国王。この広大なダーフィトを治める王。

 だが横たわっている男は、王とは思えぬほど窶れていた。目が落ち窪み、白髪

も目立つ。顔中に刻まれた皺が、国王を更に老いた様に見せている。

「そうですか……」

 王女はゆっくりとベッドの側へ歩みを進めた。その傍らにゆっくりと膝をつく

と、長いため息を吐く。

「お父様……」

 ぽつりと落ちた呟きは、王女の心を現している。父と思っていた人が父ではな

いという現実。だが、それでも王女は王を父と呼ぶ事を止められない。

 はらはらと、涙が零れた。

 薄暗い光を反射するそれに、タビーは胸を軋ませる。国王も窶れてはいたが、

王女も同様だ。初めて学院で見た時とは全く違う。

「殿下……」

 侍医は少しだけ頷き、沈黙した。


 タビーは、王女と病床の国王をただ見守る。


 血のつながりは無い二人に、だが、通い合うものがある様に見えた。実の父で

はなくとも、泣けるものなのか、情なのか。


(実の父……)


 タビーは父の顔を知らない。母の顔もうろ覚えだ。ただ、投げつけられた言葉

をきっかけに前世を思い出した、その時の母の顔だけは微かに覚えている。

 前世でも、タビーは家族に恵まれなかった。前世の両親の顔はもう思い出せな

い。それでも拒絶された記憶だけは残っている。


 血が繋がらずとも、親子でいられるという事が羨ましいのか、それとも偽善だ

と思うのか、自分の気持ちがわからない。わからないが、タビーはそれを封じた。

 それはタビーの事情で、王女には関係ない。


 暫くすると、王女は顔を上げた。

「ノルマン宰相は、いつも来るのですか?」

「え、ええ。執務が始まる前と終わった後に」

「……わかりました」

 王女はタビー達を振り向く。

「ノルマン宰相が来るまで、ここで待ちます」

 王女の言葉に、タビー達は頷いた。

「殿下の、お心のままに」

 ザシャの言葉は、その場にいた全員の心情を端的に表している。

 

 薄い光が、カーテン越しに入り始めた。



 夜が明けた。

 シュタイン公は再び正門前に構える。夜明けと同時に攻めてくるかと思ったが

近衛騎士隊はそこまで勤勉ではない様だ。

 昨日の騎士服を今日は着ない、が徹底している彼らは、着替えでもしているの

か。いずれにしても、徹夜明けの騎士団にしてみれば暢気以外の何物でもない。

「閣下、どうしますか?」

 見張り台から降りてきたアプトが問いかける。

「外壁の破壊だろう。補強は間に合ったか?」

「それなりには。ただ、門ほど長くは持たないでしょうね」

 騎士団の門は特注だ。魔術にも物理的攻撃にも強い。対して煉瓦造りの外壁は

それなりの造りをしているとはいえ、門ほどの耐久力はなかった。

「……」

 順調に行っているのであれば、王女は今頃王の居室に辿りついている。同行者

が3人というのは予定外だったが、一人でも多ければ万が一の盾くらいにはなれ

る筈だ。

 その3人目がザシャ、という事が気にかかるが。

「この調子だと、まぁ朝食を摂って、それから攻めてくるでしょうね」

「騎士達に適宜休息を取らせる様に。交代が可能な所は交代を」

「了解です」

 騎士団は犯罪者の摘発や魔獣討伐も行う。野宿も苦にしない。徹夜も数日なら

大丈夫だ。それでも休憩の有無は士気や体調に関わる。可能な限り無理はさせな

い。


 なにしろ、因縁の対決だ。


 近衛は全員が貴族、王族を守る彼らは騎士団を見下している。人手が足りない

時には騎士団も王宮へ騎士を派遣するが、見栄えのいいところは全て近衛、それ

以外の場所が騎士団、という様にあからさまな差別があった。騎士団の面々は多

かれ少なかれそういう目に合ってきている。騎士団にも貴族はいるが、彼らとて

近衛から侮られる事が多い。むしろ貴族なのに近衛にならなかった事を、揶揄さ

れるくらいだ。


 そんな近衛との対決に、力が入らない訳がない。


「そろそろ、着きましたかねぇ」

 アプトは空を見上げる。今日は曇り空、もしかしたら雨が降るかもしれない。

「さてな」

 シュタイン公は感情のこもらない声で返した。


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