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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
王立学院へ
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 どう見ても、何か出て来そうな寮の気配だった。

 色と古さもさることながら、他の寮に比べてとにかく暗い。

 肩に抱えられた――――どちらかというと担がれている、という方が正解か

――――そんな状況で無理に体を捻っているタビーは、嫌な汗が背中を伝う感

覚に身震いした。


「あ、その子か」

寮の入口にさしかかった所で、声がかかる。そちらに視線を向ければ、集団に

なった上級生達が、埃にまみれていた。

「終わったのか」

「片付けまで完璧だ」

 胸を張って答える上級生にアロイスは頷き、思い出した様にタビーを肩から

下ろす。といっても、地面ではなく、腰を両手で掴んだ様な状態だ。

「タビーだ」

 荷物を抱えたまま、集団の前に差し出される。足は、地面に付かない。

「……猫かよ」

 呆れた様に呟く声を、アロイスが聞きとがめる。

「違う、人間だ」

「あー、まぁそうだな」

 どうやらアロイスという男は、あまり冗談が通じないらしい。口数も少なめ

だ。

「タビー、俺はライナーね」

 集団を率いていた男は、笑いながら自分を指さす。

「その大男は、知ってるかもしれないけどアロイス。この寮の寮長」

「寮長……」

 横目で大きい体を見上げる。タビーの視線を気にすることもない。

「あとの連中は、おいおい判っていくと思うから省略」

 ライナーの後ろから抗議の声が上がるが、彼はそれを受け流す。

「説明会あるよな。引き留めて悪かった」

「あ、いえ」

 そう答えてから、よろしくお願いします、や自己紹介の一言も言えていない

現実に気づいたが、タビーが何か言う前に再び担ぎ上げられる。

「うわっ!」

「……どうみても、誘拐犯と少女だな」

 呆れた様なライナーの声を、アロイスは気にせず寮に入る。


「部屋は1階奥、食堂や他の施設があるから騒々しいかもしれんが」

 以前ギルドに来た在校生から、寮には食堂があると聞いた覚えがあった。

 他の施設とはなんだろう、と考えているタビーをよそにアロイスは淡々

と続ける。

「皆、夜は早いから問題はない。門限はないが、食事は極力皆と取る様に」

「は、はい」

「それ以外は説明会で聞けばいい……ああ、ここだ」

 その部屋の前で、タビーはようやく下に降ろされた。

 外観から想像した通り古い扉、そして取っ手には鎖のついた大きな錠前。

「こ、ここって……」

「女は少ない。今は2人だな。念のためということで、女の部屋には鍵がつけ

てある」

 ポケットから取り出した大きい鍵を錠前に差し込む。硬い音がして、扉がひ

らいた。

「入れ」

「え?」

 やや引き気味のタビーを気にせず、アロイスが扉を大きく開ける。

「あ、あの」

 何か言おうとしたが言葉にならない。仕方なくその後についていく。


「出かける前には外側に鍵、室内にいるときは内側に鍵」

 先程取り外した錠前を、今度は室内側の取っ手に取り付ける。

「必ず守る様に」

「は、はい……」

「昔の寮監室だから、必要なものは全て揃っている。が、ここの説明は後だ」

 タビーの腕から荷物をひょいと取り上げたアロイスは、その荷物を机の上に

置く。その後の動きを察した彼女は、慌てて手を前にだした。

「だ、大丈夫です、歩けます!」

 担ぎ上げられるのは勘弁して欲しい。歩幅は違うが、小走りなら追いつける

と思う。

 アロイスは少し考えて、頷いた。

「間に合わない」

「は?」

 納得してくれたものと思って油断していたタビーは、反応が遅れた。その瞬

間、再び担ぎ上げられる。

「ひぃぃ!」

「鍵はこうやってかける」

 タビーの体勢では見えないが、アロイスという男は細かいことを気にしない

様だった。

「持っていろ」

 ばたばたさせていた手に、鍵の冷えた感触が入り込んだ。

「あ、あの、降ろしてくださ……」

「説明会は、ホールだったな」

 タビーの言葉は無視された。独り言の様に呟いてから、アロイスは再び寮の

入口へと向かう。

「お、降ろしてぇぇ!」

 その声に応じる者は、誰もいなかったが。







 基本的に新入生は4名1室。

 食事は各寮の1階にあり、決められた時間内で摂る様に、時間を過ぎると食

事ができず、売店も夕方には閉まるので時間に気をつけること。


 風呂などは共同、温泉が引き込まれている大浴場と髪や体を洗う事だけが出

来る小浴場があり、小浴場は個室になっているので、好きな方を決められた時

間に使うこと。

 共用物は丁寧に扱い、清潔を保つこと。

 起床時間も就寝時間もある程度は自由だが、門限があるので守ること。

 夕食後、入浴時間と並行して勉強時間があるため、入浴以外に他の部屋との

行き来はしないこと、勉強時間にはドアを開放し、閉めないこと。

 

 部屋の配置は新入生、在校生問わず割り振っているので、お互い相手に不愉

快な思いをさせない様に行動に気をつけること。

 

 共同生活の基本とも言うべき説明を聞きながら、タビーは身を縮ませる。

 前世の記憶では、この手の集まりは何故か後ろの席から埋まっていた。それ

はこの世界でも同じ様だ。

 

 アロイスに担ぎあげられてここに来たたタビーは、開始時間直前に入ったこ

ともあって最前列中央の席である。


 もう少し後ろに空いた席もあったのにここに座らせたのは、きっと後ろに行

くのが面倒だったからに違いない――――そんなくだらない事を考えて、背後

から投げかけられる好奇の視線に、彼女は必死に耐えていた。

 

「特待生には個室が与えられます」

 上級生の説明に、新入生達はざわついた。4名1室だと窮屈な事もあるだろ

う。成績のいい者は特待生待遇を狙ってくる筈だ。タビーも選ばれたとはいえ

半年ごとの査定で結果を出さなければ、特待生待遇は取り消される。

「また、寮生活をする上で問題があったら、まず各階にいる副寮長に相談をし

てください。ここでそれぞれの寮の寮長を紹介します」

 2人の生徒が前に出て来た。が、アロイスはいない。

「人数が多いので、各階に副寮長が複数名います。後程、自己紹介を兼ねて

部屋に行くので、名前を顔をよく覚えて置いてください」

 タビーの部屋は1階だった。

 副寮長というライナーも1階にいるのだろうか、だが他には食堂等があるだ

けという説明だった様な気もしたが――――。


「それから、学院の周りには動物が多くいます。犬、猫、馬、鳥、虫も多いの

で、女子は特に気をつける様に」

 虫、という言葉にホールがざわついた。タビーもあまり得意ではない。

「最後ですが」

 上級生は軽く咳払いをしてホールの中を見回した。

「皆さんも、私たち上級生も王立学院で学ぶ者同士です。理不尽な要求や

無理難題の押しつけの様な事をされたら、直ぐに報告してください」

 いわゆる先輩・後輩のやり取りについての注意なのだろう。

「また、寮内は男子と女子の部屋が分かれています。友人を作るのは大い

に結構ですが、男子と女子の部屋を行き来することは禁止されています」

 再びざわつきが起こる。当たり前と言えば当たり前のことか。

「皆さんの良識に任せますが、判らない事は副寮長に相談をして下さい」


 手元で広げていた厚い板を閉じた上級生は、新入生達を見回した。

「質問はありますか?」

 特に手は上がらない。満足そうにそれを見回して、上級生は頷く。

「この後は、寮で教材の配布と、それぞれの寮の説明があります。では皆

さん、よい学院生活を送ってください」


 前後にある出入口から新入生達は次々と出て行き始めた。

 タビーも遅れない様に立ち上がる。配布された資料を手元にまとめ、小脇に

抱えた。気が重いが、寮に帰らなければならない。

「タビー」

 溜息をつきかけた所で声をかけられる。顔をあげれば、ライナーと名乗っ

た男がそこにいた。

「ああ、行き違いにならなくて良かった」

 新入生の波にぶつかる事も無く、軽やかな身のこなしでタビーの前に来た

彼は人懐っこい笑みを浮かべている。


「迎えにきたよ」

「え……」

 わざわざ上級生が迎えに来たタビーを見て、他の新入生達はひそひそと

会話を交わし始めた。あからさまな好奇の視線。

「アロイスよりはマシかと思って」

 確かにその通りなのだが、だからと言って彼が迎えに来るのも同じ様な

気がする。

「さ、行こう」


 手招きした彼に頷き、周囲を気にしつつタビーは歩き出した。


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