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魔術と魔力の関係は、単純明快である。
魔術を発動するために魔力が必要、魔術によっては魔力を多く使う、これだけ
だ。
魔術は魔力の内的循環と呪・発声の外的循環が組み合わさって発動する。その
ため、魔術師を名乗る者は無意識下で常に魔力を体内に巡らせ、発動までの時間
をより短くしていく。
多い少ないはあるが、人であれば大抵の者が魔力を持っている。稀に魔力を持
たない者もいるが、生活に支障は無い。基本的に魔力は内的循環や魔術発動で増
えていくもので、呪と組み合わせなければ術とはならないので、魔力のみで暴走
することもない。
要は、魔力持ちが魔術師になって、研鑽を積めばより多くの魔力を持てる、と
いうことだ。
魔力が多いから難しい魔術が使える、という事ではないので、魔力は強大でも
使える魔術は初心者レベルという魔術師もいる。
「だから、王宮魔術師を怖がる必要はないですよ」
フリッツは手で球体状の塊をこねながら王女に告げる。
「そういうものなのですか」
壁際に座った王女は首を傾げた。
ミルドラッセは沈み、上がってこない。水路の中に入れば出てくるかもしれな
いが、タビーはごめんだったし、フリッツは道案内係でもある。当然却下だ。
敵をおびき出すための細工を施しながら、フリッツは王女からの質問に答えて
いた。
「勿体ぶっても、所詮魔術です。殿下を害するものでもなし……タビー、こっち
にもう少し入れて」
「はい」
タビーはフリッツが作り出した球体に赤魔法を詰め込んでいく。
そう『詰め込んで』いるのだ。
魔術は基本的に呪を唱えなければ発動しない。だが、呪さえあれば魔術は発動
する。
例え他人の魔力であっても、相手の内的循環と自分の呪を上手く合成できれば。
タビーは呪を唱えずに内的循環を続け、フリッツはその循環を見極めつつ呪を
口にし、発動寸前でタビーが魔力を球体に込める。
球体の内部では、高温を発する赤魔術や青魔術が蠢いてるのだ。表面はフリッ
ツが緑魔術で覆っているので今は問題ない。水路に放り込むと、凄まじい熱を発
する球体になる。
タビーの魔力残量はフリッツより多いが、フリッツの使える威力の大きい魔術
は使いこなせない。
フリッツの魔力残量は少なく、今後の攻撃を考えたら温存したいところだ。結
局、タビーの魔力を使ってフリッツが魔術を発動する方法になった。
これは、タビーが知らなかった魔術の使い方だ。
フリッツの研究課題の一つらしいが、難を言えば相手の魔力を感じるために、
体の一部を接触させねばならない。球体を抱え込んでいる彼の手の上には、タビー
の手が重ねられていた。
「お二人は相性がいいんでしょうね。魔術もこうやって使えますし」
「ザシャ、勘弁して……」
呻く様に否定したタビーに、ザシャと王女は顔を見合わせる。
「僕はラーラ以外に興味ないし」
球体を撫でつつ、フリッツは言い切った。
「ラーラ?」
「え、あーっと、先輩。他に詰める所はありませんか?」
話を打ち切ったタビーに罪はない。なにしろラーラの話を始めたらフリッツは
止まらない。王女の前だろうと作戦の途中だろうと、間違いなく好きなだけ語り
始める。単なるラーラ賛美ならまだしも、『汗で濡れた項から肩甲骨にはり付い
た服がどれだけ魅力的か』など語られたら、色々終わってしまう。
何より、王女には聞かせたくない話だ。
「ここと、ここに詰めたら終わりにしよう」
言われるがまま発動寸前の魔術を詰め込んでいく。この方法を会得すれば、前
世で言う爆弾の様な使い方が出来る。危険だが、戦いには有効だ。魔術応用専攻
の生徒として、好奇心が疼く。
「こんなもんかな」
フリッツは球体を持ち上げた。緑魔術で覆われた球体の中は、傍目には色々な
色が混ざった様な塊に見える。
「これで出て来てくれればいいんだけど」
彼は球体をひょい、と水路に投げ込んだ。
少し時間が経過してから、緑魔術が消える。黒っぽく見える水路に、僅かな灯
りが見えた。
「……タビー、どうなっているのですか?」
「先程作ったのは、熱を発する様々な魔術です」
王女が恐る恐る水路を見つめつつ問い、タビーは答える。
「周りを保護していた魔術が消えたので、中に詰めていた魔術が一斉にその威力
を放ち始めた、ということで……」
そこまで説明し、タビーは首を傾げた。これでは王女に判りづらいかもしれな
い。
「単純にいえば、水路にある水を、魔術で急激に温めているのです」
「そうなのですね」
今度はすんなりと理解して貰えた様だ。
「つまり、複数の魔術を同時に使って、急激に温度をあげてる、と」
ザシャの確認にタビーが頷いた。
「ミルドラッセは、深海に棲む。温かさには弱い筈」
フリッツは水路を覗き込む。魔術は順調に発動している様だが、ミルドラッセ
は上がってこない。
「これで駄目ならどうするんです?」
「その時は、もうタビーに飛び込んで貰うしかないからさ」
タビーはフリッツを睨みつけるが、相手はまったく堪えてない様だ。本気だか
ら尚更タチが悪い。
「一気に熱くはなるけど、持続性はないからなぁ。ミルドラッセの忍耐力が上回
らないといいな」
「……」
擬似的な深海ならば、実際の水の量はそこまで多くはない可能性がある。フリッ
ツの作戦は、そこを狙っていた。
「あ」
水面が泡だってくる。タビーは王女とザシャを再度壁際まで下がらせた。
「タビー、方法はさっきと同じで」
「了解」
杖を構える。泡が大きく盛り上がり始めたところで、タビーは魔術発動の準備
を終えた。
泡が割れ、一瞬下がった所で水底からミルドラッセが飛びだして来る。
「げっ!」
魔術を放ったタビーは背筋を震わせた。ミルドラッセの尻尾部分が骨だけになっ
ている。
「あ、溶けてる」
淡々と告げたフリッツが魔術を当て、ミルドラッセを水面に叩きつけた。
直ぐに飛び出してくるミルドラッセの骨の部分が、少しずつ広がっている。
「ちょ……ザシャ、溶けるの?海竜だよね、コレ!?」
「き、聞いた事がありません」
ザシャは返しつつ、王女の目を手で遮った。あまりにもグロテスクだ。
「というより、骨でも泳げるのか。全部骨になっても泳ぐと思う?」
「ひぃぃ」
想像したタビーは体を震わせつつ魔術を放つ。ここからは完全に規則的なもの
だ。彼女がミルドラッセを怯ませ、フリッツが水面に叩きつける。
何度か繰り返すうちに、ミルドラッセは弱ってきた。体の半分まで骨が露出し
ている。それでもタビー達に攻撃を仕掛けようとしてきた。
「結構丈夫だな」
フリッツは額に浮かんだ汗を軽く拭う。炎や熱を発する赤魔術を使っているせ
いか、空気が蒸してきた。早く決着をつけないと、タビー達まで危険になる。
「タビー、骨の部分に緑!」
「え?緑?」
「あー、あれ、あれあれあれ」
「あれって何ですかッ!?」
魔術を発動させつつタビーは問う。フリッツも焦っているのだろうか、あり得
ないと思うが。
「骨の部分を凍らせて!」
「はい!」
呪を切り替える。先程より多く魔力を使い、緑魔術の中にある凍結の魔術を発
動させた。
「お、うまい」
ミルドラッセの尾から腹まで、骨の露出した大半を凍らせる。その部分にフリッ
ツが別の攻撃魔術を当て、骨を砕いた。
きらきらと、氷の欠片が舞う中、ミルドラッセの半身が勢いよく落ちた。
――――タビーの間近に。
「えええええ!!」
半身を失いつつも大きく体をくねらせるミルドラッセを、反射的に蹴り落とす。
タビーの足下に落ちたのは頭部だけだったから良かったものの、半身がまるま
る落ちてきたら危険だ。あの牙が掠ったら、怪我では済まない。
「沈ませるな!」
「え?え?」
フリッツが杖で大きく円を描いた。タビーの上に。そして、自分の上にも。
「行くぞ!」
「はぁ?」
聞き返す間もなく、水路に蹴り落とされる。
「!」
杖を放さなかったのは褒められるだろう。周囲に泡がたったが、濡れた感触は
しない。よく見れば、膜の様なものがタビーの周りを囲んでいる。
側に、フリッツが来た。彼もまた、膜の様なものに囲まれている。
親指を下にしたフリッツに、慌てて首を横に振って見せたが聞き入れてもらえ
ない。膜越しに腕を掴まれ、潜水していく。
『いた!』
くぐもった声に、タビーは視線を移動させる。
水底で藻掻いているミルドラッセが見えた。昏い水の中、鱗が時折反射する。
擬似的な深海を作り出している筈だったが、その魔術も壊れたのか深さはそれ
ほどでもない。
『タビー、借りるぞ』
くぐもって聞こえる声。
一瞬、膜の一部が消え、フリッツの手が直接タビーに触れた。
『あつッ』
ほんの一瞬触れただけなのに、水は熱い。先程放り込んだ魔術詰め合わせ球体
のせいだろうか。触れた所が少しだけ赤くなっている。
フリッツが、杖を掲げた。タビーは心を落ち着かせ、内的循環を巡らし、導か
れるまま魔力を放出する。
白い光が、水中を過ぎった。
『上がるぞ!』
急な勢いで上に引っ張られる。どうやって膜ごと動くのか判らないタビーは、
とりあえず足をばたつかせてみた。全く、意味がない気がしたが。
フリッツがまず地下道に上がり、タビーを引き上げる。
ほぼ同時に魔術が発動し、水面が真っ白に光った。
「うわっ!」
足をちりっとした痛みが走り、慌てて自ら遠ざける。
四人が見守る中、光は直ぐに収まり、その後ゆっくりとミルドラッセが浮いて
きた。
「……」
腰が抜けた気がする。半身しか無く、目を白くして浮いているミルドラッセを
見て、タビーは体を震わせた。水に濡れた部分は温く、徐々に冷えてくる。
杖を手にしたまま、タビーは長いため息をはいた。




