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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
王女と継承
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 ミルドラッセが、跳ねる。

 その都度、派手な水しぶきがあがり、遅れて天井から水が滴ってきた。

 飛び上がるミルドラッセに、タビーが赤魔術で作る複数の矢を撃ち込む。怯ん

だところで、フリッツが大きな火の玉をぶつけ、その反動でミルドラッセとの距

離を稼ぐ。

 始めてしまえば規則的な戦いだが、それで終わるほど単純ではない。

「う、うわっ」

 時折、ミルドラッセは水面あたりで口から水状態のものを吐き出す。粘ついた

それは対象物を動きづらくする。足下がかなり不安定だ。

「タビー!喰われるよ!」

「そ、そんなこと言っても」

 半分涙目になりながら、タビーはどうにか粘液を払い落とした。魔力を温存す

るため、体を綺麗にする魔術を今は使えない。べたべた、ぬるぬるする感触に耐

えながら足場を確保し、どうにか連続で魔術を放つ。

 魚独特の臭い、潮の匂いが合わさって何ともいえない。タビーは魚も好きだが

これは頂けなかった。


 何発目かの魔術を当てると、ミルドラッセは水中に潜ったまま出てこなくなる。

「……今のうちに、渡れる?」

「一人か二人、欠けてもいいなら」

 フリッツは粘液の攻撃を受ける事も無く、ひょいと水の中を覗いている。

「あー、潜ったかな」

「潜ると、どうなるんですか」

「回復します」

 後ろから絶望的な応えが返ってきた。タビーが振り向くと、ザシャが顔を青く

している。

「ミルドラッセは、潜ることによって傷を治します」

「ど、どのくらい治るの?」

「浅い傷なら全て。深い傷なら数日潜ると聞いたことが……」

「も、潜ってるそうですよ、先輩」

 絶望しつつ、タビーは最後の希望を口にした。

「だったら、渡れると思いませんか?」

「襲われたら逃げ場がない」

 確かに水路の表面ぎりぎりに作られている道は狭い。走り抜けるには足場が不

安だ。

「どうします」

「潜ってられない様にするしかないね」

 やれやれと言い、フリッツはタビーを見た。

「水路に入るのと、落とされるの、どっちがいい?」

「それって選択肢じゃないですよね!?」

「いやだって、中に入った方が早いし」

「ご自分でどうぞ」

 流石のタビーも切れそうだった。どんな魔術を使っているか判らないが、深海

と同じ環境の水中へ、誰が好きこのんで入るというのか。

「仕方ないな」

「先輩入ったらどうですか。その間に私たちはあの道抜けますよ」

「言うね、タビー」

 にやりと笑ったフリッツに、タビーは思わず杖を構えた。

「あ、あの、フリッツ」

「はい、殿下」

「その、あまり危険な事は……」

「ご安心ください。くだらない戯れ言でございます」

 大仰に敬礼した彼に、ザシャと王女はほっとした様だ。だが、彼が本気だとタ

ビーだけは信じている。

「仕方ない、ちょっと温度を上げるか」

「温度?」

「まぁ、ミルドラッセでなくても、魚類は熱湯の中で生きてられないと思うんだよ

ね」

「ここを熱湯化……となると、魔力が」

「攻撃用の分も残して置くとなると、ちょっと厳しいかな」

 タビーの魔力は平均よりもかなり多めだが、限界まで使った事は無い。限界まで

使うと意識を失うため、魔術師は自分の魔力の8割を限界値にしている。

「こう、雷みたいなもので痺れさせるとか」

「面白い考えだけど、多分そっちの方が魔力を使うな」

 大きな魔法を一撃ずつ何度も撃ち込む必要がある、とフリッツは続けた。

「温める方は時間はかかるけど、まぁできなくもなさそうだし」

フリッツは壁際に戻り、そこに座り込んだ。

「まぁ、タビーも座りなよ」



「どうだ?」

 声をかけられて、アプトは顔をあげた。

「おやすみ中ですよ、お静かに」

 真面目くさった顔でしれっと告げる彼に、シュタイン公は少しだけ口の端を緩め

る。

「敵陣の前で、良く眠れるな」

 近衛騎士隊は見張りを立てている様だが、人数はすくない。王子やディヴァイン

公は離れた所にいるのだろう。もしくは、どこかに宿を求めているのかもしれない。

 

 いずれにしても、王子様や将軍閣下は野営等はしない、ということだ。


「夜襲をかけますか?」

「そうすると、こちらが勝ってしまうな」

「門外に出なければ、ウチに被害はでませんよ」

「出ないが、終わってしまうのも困る」

 アプトは静かに笑った。

 シュタイン公は巨大な騎士団を動かすため、幾人かの副将軍と参謀格を補佐とし

て使っている。アプトもその一人だ。だが4人は王宮に監禁中、特に将軍の信頼が

厚い補佐官のヘスが捕まっているのが厄介である。

「こういうのは、アイツが得意なんですが」

「籤引きで決めるからだ」

「骰子よりはマシかと」

「ヘスは自分で好きな出目を出せるぞ」

 それを聞いてアプトは肩を竦めた。それも含めて籤引きにしたのだ。結果、残っ

たのがアプトということは、ヘスの悪運が勝ったと言うべきか。

「できるだけ戦いを引き延ばしたい」

「壁を攻撃されると、厄介ですね」

 煉瓦積みの壁は、繋がっている様に見えて実は区画ごとに分かれている。これは

一部が壊れた時、全体に響かない様にするためだ。破壊は最小限で済むと予想でき

るが、そこから傭兵がなだれ込んでくると厄介である。彼らは騎士の作法も何もか

も無視してかかってくるのだ。勿論、こちらも現実の戦場で作法を優先したりはし

ないが。

「馬を先に潰すか」

「馬が可哀想です。弓騎士に近衛を狙わせた方がいいでしょう」

 アプトの中では因縁の相手である近衛より馬の方が大事だ。近衛の馬はほぼ白毛

もしくは芦毛だが、性格のいい、よく訓練されている馬である。毛色は様々だが多

くの馬を抱える騎士団としては、可能なかぎり馬を傷つけたくない。

「まずは、どこに穴を開けに来るか、だな」

「恐らく、第三区あたりでしょう」

 門から良く見える位置だが、若干距離がある。門から指揮官を引き離すのであれ

ば狙い目だ。

「取りあえず、溝を掘らせましたけど」

 少しの段差でも、突撃するときには案外気づかないものである。傭兵ならば足を

取られるだろうし、馬であれば回避しようとして体勢を崩す可能性が高い。

「柵は?」

「大丈夫です」

 直進で突撃されるのを避けるため、柵の位置は少しずつずらして設置されている。

 その柵の高さや立てかけられてる杭の大きさまで違う。傭兵の勢いを殺すには充

分だ。

「……閣下」

「なんだ」

「引き延ばすと、損害が出ます」

「……」

 アプトはシュタイン公が何故戦いを引き延ばすのかが判らない。アプトだけでは

なく、他の者達も判っていない筈だ。理解している、といえば、ヘスくらいか。

 騎士団と近衛騎士隊ならば、間違いなく騎士団が強い。夜襲や奇襲もお手の物だ。

 なのにその作戦をとらず、ただただ戦いを引き延ばしている。何らかの理由があ

る筈だ。

 アプトは、そこで考えるのを止めた。

 腹心といえる自分たちにですら言わない事を、聞き出せるとは思えない。

「どのくらいですか」

「さてな」

「やれやれ」

 アプトは溜息をついて見張り台を見上げた。



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