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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
王女と継承
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 近衛と騎士団の戦いは膠着状態に入っていた。

 というよりは、騎士団の門を破壊できない時点で近衛の戦術は役に立たない。

 奇襲をするにも中に入れず、梯子をかけて突入しようとすれば弓騎士の餌食に

なる。弓騎士は馬に乗ったままでも弓を使える者達だ。地面に降りたなら、足場

が安定している分、更に命中率は上がる。大金をまいて雇った傭兵が死ぬのは構

わないが、そのお陰で面倒な手間がかかるのをルーファンは疎んだ。


「夜になるな」

「は」

 当初の計画では半日ほどで騎士団は落ちる筈だった。近衛騎士隊の戦術担当達

が何度も試算し、問題ないと判断した戦いだ。ここまで膠着するのは予想もして

いない。


「夜襲をかけられるか」

「可能ですが、騎士団には弓騎士もおります。難しいでしょう」

「……」

 王子は舌打ちをこらえる。

「門ではなく、壁を攻めるか」

 煉瓦が積まれた壁は固いが、門を破壊するよりは容易い筈だ。

「かしこまりました。殿下は王宮へお戻りに……」

「まさか」

 ルーファンは大仰な仕草をしてみせる。

「私に協力してくれる近衛の皆をおいて、一人王宮でぬくぬくとしていろと?」

 近衛騎士達が感嘆の溜息を漏らす。賞賛の眼差しを受け、王子は背を伸ばした。

「私はここに残る。皆と共にありたい」

「は……」

 ディヴァイン公も畏れ入った様に敬礼する。彼らは真剣だったが、別の者が見

れば道化だ。


 その別の者であるアプトは、夜を待って一旦攻撃が止むのを見越し、騎士達に

交互に休憩をさせている。

 敵も馬鹿ではない。相手が壁を狙ってくるなら、今日の様に受け身では負ける。

 最も、騎士団の近くで野宿の近衛騎士に比べれば、騎士団は短い時間でも寝具

の上で休むことが可能だ。体力的、精神的には有利である。


 アプトは干し肉を囓っていた。戦いの最中だから、普段騎士団にいる騎士以外

の者は全員逃がしている。後方にもどれば、後方支援の騎士達が準備した温かい

食べ物があるが、そこまで行く程ではない。シュタイン将軍も一旦下がった今、

指揮権はアプトに委ねられている。

「まったく、閣下は人を信用しすぎだなぁ」

 暢気に呟くアプトは、近衛騎士達が野営をする様子を眺めていた。行儀悪く見

張り台に寝そべりつつ、下にある隙間から覗いている。

「ここで自分が近衛に寝返ったらどうなるっての」

 作戦だといえば、騎士団の騎士達は訝しがりつつも閂をあけてしまう可能性が

高い。門さえ開けば、傭兵達の出番だ。そこらの傭兵に負ける様な騎士はいない

と思うが、内部に侵入されると全員を仕留めるのが大変になる。

 干し肉は胡椒が利いている。南の海を越えたラグーンから伝わった香辛料は、

今では両国の大事な輸出入物資だ。塩気しかなかった干し肉が、胡椒のおかげで

幾分かはまともな味になっている。

「あれ、でも自分が寝返ったら結構いい位置につけたり?」

 誰かが聞いたら真っ青になる様な独り言を、アプトはぶつぶつと呟く。

「そもそも、ヘスのヤツが残らないのが悪いんだよな。籤引きって、あれ絶対な

んかしてるわ」

 どんどん愚痴っぽくなる内容を、だがアプトは気にしない。

「アイツの息子もちょっとイってる系だし、あれだな、天才は怖い。つか、あい

つら今頃のんびりしてんだろうなぁ」

 王宮に軟禁されている同僚は四人。予想通りなら今頃カードでもしてるだろう。

「え?じゃ自分ここで寝返ってみる?どう?どうよ?」

 一人でぶつぶつ続けつつ、彼は傭兵達の数を数える。

「まぁ、貴族じゃないから無理だわ」

 自分一人で完結したアプトは3回ほど傭兵の数を数え直し、上半身を起こした。

「夜襲はなさそうだけど、警戒しとくか……」

 あとは他の門にどれだけの手勢が差し向けられているかだ。

 騎士団内に籠もっている限り、数ヶ月は軽く持つ。近衛騎士は強い者もいるが、

所詮お貴族様の集団だ。そこまで粘れないだろう。

 あとは、どの段階で仲裁が入るかだ。

「こればっかはわかんないなぁ」

 ぼやいて、アプトは干し肉を噛み千切った。



 地下道の一角にある隠し部屋に、タビー達はいた。

 良く出来ているもので、壁にある仕掛けを上手く作動させないと扉が開かない。

 地下道は暗いので見づらく、ここに部屋があることを知らない限り判らないだ

ろう。

「殿下、お茶を」

 簡単な茶器もある。準備されていた茶葉が問題ないことを確認して、タビーはお

茶を準備した。勿論、フリッツとザシャが毒味済みである。

「ええ、タビー」

 温かい飲み物を受け取った王女は、少しほっとした様だった。王女という身分で

あれば、長時間歩くのも辛いだろう。いくら地下道を一人で彷徨った経験があるか

らといって、彼女の足が一朝一夕に強くなるものでもない。

「寝台までありましたよ」

 奥の部屋から戻ってきたザシャは、毛布を持っていた。聞けば、奥に手洗い場や

いくつかの着替えまであるという。

「こんな部屋が、あちこちにあるなんて」

「それだけ昔は物騒だったんだろうな」

 フリッツもお茶を啜りながら口を開いた。

「というより、先輩はなんでこの道を知ってるんですか?」

「たしなみだから」

「た、たしなみって……」

 この男に常識を求めることが間違っている。タビーは久々にそれを実感していた。

「王宮までは、まだ距離があるな」

「どのくらいですか?」

「ここらで……半分、か。壊れてなければ」

「壊して、の間違いでは?」

「そうともいう」

 フリッツは飄々としている。王女が地下道に入った事を察し、その出口を片っ端

から潰したのは間違いなく彼なのだろう。あの爆発音で脅されたタビーとしては、

不本意でしかない。

「そういえば」

「ん?」

「騎士団に避難している人達は大丈夫でしょうか」

「ああ、クノール卿の」

 フリッツはこれもまた常備されていた炒り豆を食べながら頷く。

「騎士の家族なんだから、覚悟してるよ」

「覚悟って……」

「騎士団本部が落ちれば、終わりだ。落ちないけど。まぁ、そういうときの心構え

はできている。騎士の家族なんだし」

「……」

 万が一騎士団本部が落ちれば、避難している家族達もただでは済まないのだ。

「貴族、でもですか」

「近衛じゃあるまいし。騎士団の騎士という立場と貴族の身分、どっちが優先かっ

て言えば騎士の務め、とか言い出す連中なんだよ」

「……」

「生きてなきゃ、なんにもならないのにね」

 呟いたフリッツの言葉に、ザシャの体が少し反応した気がする。


四人の間に、沈黙が満ちた。


「とにかく、王宮へ辿りつくのが最優先、ですね」

 沈黙に耐えかねて、タビーは口を開く。

「せめて宰相の所までたどり着ければいいんだけど」

「手がある?」

「力技だね」

 フリッツはしまい込んでいる杖をひょい、と振った。瞬間、杖はぽろぽろと崩れ

始める。

「あ」

「あ」

 タビーとフリッツは知っているが、杖が壊れる事を知らない王女とザシャは目を

丸くした。

「あ、大丈夫です。直ぐに作れるので」

 杖が全て崩れ落ちてから、フリッツは集中を始める。暫くして、新しい杖が彼の

手にあった。タビーが見るのは2回目だ。

「た、タビーの杖も……壊れてしまうの?」

「壊れる可能性はあります」

 恐る恐る問いかける王女に、タビーは笑ってみせた。

「でも、魔術を学ぶと、直ぐに杖が生み出せるので……」

「よく壊れるからねぇ」

「先輩、何回目ですか?」

「100はいっていないはず」

 桁が違う。タビーの杖は丈夫過ぎるほどだが、フリッツの杖は脆い様だ。見せて

もらった杖の下部分は、やはり金属状の模様が入っている。

「うん、大丈夫だな」

 灯りの魔術を何度か使って感触を確かめているフリッツを、王女は珍しいものを

見る様に眺めていた。魔術師は見た事があっても、杖を作る課程は無かっただろう。

 そもそも、フリッツの様にしょっちゅう壊す方が稀だ。

「ええと、王宮に着いてからですが」

 ザシャが話を元に戻した。

「宰相閣下にお会いするとして……その後は?」

「仲裁の勅使を立てる」

「勅使?」

 タビーの問いにフリッツは頷いた。

「貴族同士の私闘とはちょっと違うし。まぁ、陛下の権力で戦いを止めるのが一番

手っ取り早い」

「でも、陛下は……」

「そこらは宰相閣下が考えるでしょ。僕たちは戦いを止めて貰うお願いをするだけ

だから」

「……過去、戦争や反乱で勅使が立った事はない、と聞いています」

 王女がぽつりと呟く。彼女にとって腹違いとはいえ、王子は義兄だ。勅使が立て

ばただでは済まない。

「だけど、他に戦いを終わらせる方法はないよね」

 フリッツの言葉に、王女は口を噤んだ。ザシャが痛ましげに彼女を見つめている。

「あとは殿下とディヴァイン公が、さっさと諦めてくれる事かな」

「それは……」

 近衛騎士どころか傭兵まで雇った彼らが簡単に退くとは思えない。戦うことは金

がかかること、ディヴァイン公は傭兵の雇用に相当の金を使った筈だ。これで負け

る、引き下がるとなれば、その痛手は計り知れない。

「まぁ、まずはたどり着けるかどうかなんだけど」

「他に何かあるんですか?」

「無いと思いたいけど、まぁ、基本的に隠してる道だからねぇ。なんの仕掛けがあ

るかは判らないよ」

 それでもフリッツやタビーという魔術が使える存在がいるだけいい、と彼は言う。

「いざとなったら、力押しでいけるし」

「……壊すんですか」

「一歩間違えると、地下道全部崩れると思うけどね」

 それは最後の手段、と彼は告げた。

「さて、殿下は少しおやすみください。僕たちがここで警護してますので」

「……いえ、大丈夫です」

 王女の目の力強さは消えていない。気が高ぶっているのか、琥珀色の瞳が美しく

煌めく。

「私たちも休みますから」

 タビーも口添えした。この先はまだ長い。王女を欠く訳にはいかないのだ。

「どこでですか?寝台は、1台しかないのに」

「私たちは平気ですよ。野営の経験もあるので」

 といっても、学院敷地内の原っぱでだ。だが、寝具無しに見張りと休息を取る位

なら問題はない。

「でも」

「大丈夫です、殿下」

 ザシャが静かな声で告げる。王女は何度か躊躇し、そして諦めた様に立ち上がっ

た。

「わかりました。少し……休みます」

 肩を落としながら、王女は寝台のある部屋に入っていく。気持ちが急いているの

は判るが、ここで無理はできない。それはタビー達も同じだ。

「僕たちも交互で休もう。最初にザシャ、次に僕、最後がタビーで」

 フリッツの言葉に頷き、タビーはザシャから毛布を貰う。長い間ここにあった筈

なのに、かび臭さも汚れもない。これもまた魔術なのだろうか。エルトの袋の様に

時間を留める魔術というのがあるのか。

 毛布を羽織ると、石床からくる冷えが軽くなる。


 タビーはほっと息をついた。



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