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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
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 タビーはおやつ代わりの串焼きを囓りながら、ノーヴの外壁を眺めていた。

 東はもめ事も少ないのか、北や西に比べて外壁も低めだ。今、その中には女王とシュタイン公爵、護衛のラーラたち、ジルヴェスター、どんな理由をつけたか判らないがフリッツとヴィクトル、騎士団の薬術師を取りまとめているジーモン他数名がいる。無論、護衛の騎士達もいるが、殆どは街の外に残って休息中だ。上から見れば外壁に沿ってノーヴを取り囲んでいる騎士団、物騒なことこの上ない絵面である。

 今もノーヴには紫の靄がかかって見えるが、タビーは気にしないことにした。中に入るつもりはない。呪いか敵意か判らないが、あると判っているのだから近づかない方が無難である。同じくこちらに残ったクノール卿は一時的な指揮権を委ねられたため、シュタイン公爵の天幕近くで待機中だ。

 つまり、タビーの周りに知り合いはいない。

 この状況を作り出したのがシュタイン公爵なのか、それとも別の誰なのかは判らないが、のんびり休息を取ることは難しいだろう。例え相手が仕掛けてこなかったとしても。

 彼女が今いるのは街を取り囲んだ騎士団の端、山に近い場所だ。馬たちが順番に放牧されており、砂浴びができる様になっている。砂浴びが終われば騎士がブラシをかけ、汚れを落としてから鞍が取り付けられていく。

「お茶はいかがですかぁ」

「飴~、飴~甘いですよ~」

 その合間をぬって、商人の子や店で働いているらしき子ども達が物を売りに来る。商人達も肌着類や普段着、石鹸や乾燥防止の軟膏などを騎士達に売っていた。

 タビーが食べていた串焼きも、そんな子どもが売っていたものだ。王都の屋台よりも少々高いが、わざわざここまで売りにくるのだから仕方ない。あとは少しだけ飴と蜂蜜を補充した。売れ行きは順調の様で、わざわざ街に戻って在庫を持ってくる商人もいる。

 食べ終わった串を指先で弾き、小さく『疾く』と呟けば、さっと燃えて風に散っていく。直ぐ側を通りかかった子どもたちが目を丸くしていた。ぽかんとしている子ども達に少し笑ってみせてから、タビーは歩き出す。

 馬の合間をぬって小高い丘へ向かった。斜面には野草が生えるが季節は冬。土が剥き出しになっている場所も多い。寄ってくる馬たちの鼻面を順番に撫でながら、斜面に腰を下ろした。ここならばノーヴがよく見えるし近くもない。少しだけため息をついてから、タビーは目を閉じた。


 ■


 以前、ノーヴに来たのは、王立学院に入る少し前だったとジルヴェスターは記憶している。

 ブッシュバウム侯爵が与えられている領地は、丁度王都とクレモアの真ん中くらい。幼い頃は領地で過ごすことも少なくなかったジルヴェスターは、母と共にノーヴや東のいろいろな街に赴いた。今になって思えば父の跡を継ぐための教育の一環だったのだろう。

「ええ、冬ですと女達は織物や糸紡ぎ、それから――――」

 代官のひとりが女王に説明をしている。女王の隣にはシュタイン公爵、反対側には護衛のラーラ、女王の後ろにも護衛が、王宮魔術師でもあるフリッツとヴィクトルは女王の斜め後ろあたりに、そして彼らを護衛する騎士達。ジルヴェスター本人はノーヴの案内も兼ねているため、ラーラの少し前側に立っていた。

 代官と女王の距離は、大股であれば三歩ほどと非常に近い。

(一、二…)

 表情を崩さず、ジルヴェスターは周囲を警戒する。この町を治める領主達は宰相派の貴族ではあるが、現宰相とは距離を置いている者もいた。幸い三人の領主達は全員王都にいるらしく、案内するのは代官だ。それでも警戒は怠らない。

「市場は北側にございます。川にある船着き場から一番近いため、商人達は重宝している様で…」

 女王は代官の説明に、時折頷く。言葉にはしないが、そうすることで聞いている姿勢を見せているのだろう。

「如何ですが、北の市場をごらんに…」

「陛下に市場を見せてどうする」

 柔和な笑みを浮かべていた代官は、その声に振り向く。腕組みをした男が嘲る様に鼻を鳴らした。

「そちらに行く必要はありません。昼には開いていないのですから」

 嘲る様な物言いを受けて、後ろに控えていた男が顔を赤くする。女王が不思議そうに彼らを見、そして傍らのシュタイン公爵へ何事かをささやいた。公爵が頷き、口を開く。

「陛下は戻られるとのことだ」

「え?あ、あの、ですが晩餐会を催す予定でして…」

 代官は当惑し、後ろにいるもうひとりの代官に視線を向ける。先程とは違う痩せぎすの男が一歩前に進むと深々と頭を下げた。

「このまま戻られましたら、我らが領主様に叱られます。今暫く街を見ていただき、晩餐会へ是非お越しいただきたく――――」

 ジルヴェスターは頭を下げたままの男を見る。以前の代官とは違う男だ。

「是非、ぜひとも」

 残るふたりの代官も頭を下げた。女王は当惑した様にシュタイン公爵を見上げるが、彼は口を開かない。

「皆様の席もご用意しております」

「長旅でお疲れのことと存じます。よろしければ領主の館でゆっくりとお休みいただくのはいかがでしょう」

 返事がないことを迷っていると解釈したのだろう、代官達が次々と口を開く。

「陛下、戻りましょう」

 彼らの言葉を遮った声は、後ろから。護衛以外の者達が向けた視線の先には、王宮魔術師でもあるフリッツ・ヘス。

「薬草等の仕入れがあるジーモン殿は市場へ行かれればいい。帰りは北門から出れば早いだろう。如何か」

「私はそれで構いません。市場は混雑しているもの、我らが行けば領民に迷惑になることもございます」

「その様なことは!」

 ジーモンの言葉に代官達が焦りだした。

「であれば、市場にいる者達を帰宅させましょう!」

 次々にあがる彼らの言葉をフリッツは気にもとめない。

「陛下が戻られる。道をあけよ」

 彼の声がその場に響く。騎士達が二手に分かれ、女王の背後に道が出来た。シュタイン公爵は軽く頷くと、女王を促し歩き出す。その背後を護衛が守り、騎士が取り囲んだ。小柄な女王の姿は直ぐに見えなくなる。

「ジルヴェスター、君は如何する?」

 フリッツに問われ、彼は少し考えると頷いた。

「ジーモン殿を案内してから戻ります」

「その方がいいな」

 フリッツはあっけに取られている代官達の顔を見回し、自身も軽く手を上げると女王の後を追う。

 残ったジーモン達の方へ向かいながら、ジルヴェスターは小さく息を吐いた。

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