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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
王女と継承
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104


 タビーは足を止めた。

 石造りの床は、硬く足音を響かせる。フリッツ、ザシャ、そして王女の足音は

判るが、なんとなく他の音が混じった気がしたのだ。

「タビー?」

 先頭を歩いているフリッツが振り向く。

「……いえ」

 何度も振り返りながら、タビーは後をついていった。突き当たりを曲がると、

今までは小さくしか聞こえなかった水の音が大きくなる。


 水路があった。1本だけだった床が平行に2本になり、その間を水路が通って

いる。水は綺麗だった。下水ではない様だ。

 光を掲げたフリッツは、少し上を見上げてから頷く。何か印でもあるのか、そ

のまままっすぐ歩き出した。

「殿下、お疲れでは……」

「大丈夫です、タビー」

 王女はローブの首元を握ったまま、告げる。少し震えていたが、あえて見ない

ふりをした。

「どこかで一度休憩をしませんか」

 ザシャの提案に、先頭を歩いていたフリッツが同意する。

「もう少しすると、休憩できる場所がある筈だから」

 タビーはほっとした。これ以上、王女に負担をかけたくない。それ程汚い場所

ではないが、地下通路を王女に彷徨わせたくなかった。

 そこまで考えて、タビーは思い出す。失踪した王女は、当初王族のみに教えら

れた地下道にいたことを。そこはここよりも清潔なのか、危険ではないのか。考

えるだけで痛ましいという感情が胸を満たす。


 タビーは、王女に依存している自分を感じていた。


 自分より幼く壊れやすい人形の如き王女を守ろうとして、その守るという行為

に自分が酔っているのではないかと思い始めてる。

 

 ――――童話に出てくる、騎士の様に。


 その陶酔が故に自分が王女を守りたい、と感じていないか。

 頼る者がいない王女を支える自分に酔っているのであれば、それは危険だ。王

女を繭でくるむ様に守り続けることはタビーにはできない。今でこそ側にはいら

れるが、王女が元に戻れば自分は彼女の前で顔を上げることすらできない学院生

に戻るのだ。


 魔術師になるには、自分を律する事が求められる。


 誰に依存することもなく、何かに頼ることもなく、自分で立ち、考え、解決し

ていく。これが魔術師としての基本だ。

 もし、タビーの感情が依存なら、これは危惧しなければならない。少なくとも

王女は自分を信頼していてくれると思う。その信頼に応えるのと依存は違う。


 タビーは初めて『守る』ということを考え始めていた。



 ノルマン公は皺のよった文書を見て、長い溜息をつく。

 予想はしていたが、彼の文書は王子ルーファンもディヴァイン公も説得できな

かったのだ。

「申し訳ございません」

「よい、そちの咎ではない……他に何か?」

「王女を監禁している騎士団を攻めている、との事でしたが……」

 ノルマン公はもう一度溜息をつく。そして使者を務めた官吏を下がらせた。


 王子の事もそうだが、王女の件も頭が痛い。失踪後、どれだけ捜しても見つか

らなかった王女が何故か騎士団にいる。シュタイン公がそれを知らない筈がない。

 だが、彼は王女の事を誰にも知らせていなかった。監禁と取られても仕方がな

い行為だ。


 今までの経緯から考えれば、シュタイン公は間違いなく王女派である。

 それは王女を匿う以外にも、その血筋が理由だ。

 20年近く前に交わされた密約。

 王と三公によって成り立ったそれは、20年の時を経て今、破られようとして

いる。


 密約は、王からの申し出が始まりだった。

 宰相であるノルマン公はそれを諫めるべき立場、それを受け入れたのは王への

哀れみなのか、三公としての使命感なのか、今でも判らない。

 その密約の主である王は倒れ、証である王子は騎士団を攻め、王女は騎士団の

庇護を受けている。


 ノルマン公は額に手を当てた。シュタイン公が呼び出されない限り王宮に伺候

しなくなったのは、12年前。三公としての努めは果たしているが、結婚もせず

跡継ぎも指名していないのは、彼の無言の抗議だ。

 密約はいずれ歴史の中に消えて行く。だが、関わった者達からは消えない。

 ノルマン公は、今、それを痛いほど感じていた。



 タビーは振り向いた。

 やはり、何かの気配がする。止まった彼女に気づいたのは、ザシャだった。

「タビー」

 言いかけた彼を制し、口元に指を当てる。王女とフリッツも緊張した面持ちだ。

 王女をザシャに任せ、下がらせる。フリッツがタビーの横に並び、目を眇めた。


 フリッツは、浮いていた灯りを握りつぶす。地下道が一気に暗くなった。

 続いて、静かだが急いた足音がする。タビーは杖を構えた。


「退け!」


 小さな声と共に、フリッツの魔術が発動する。複数の火の玉は、暗闇に消え、

それと共に怒号が響いた。

「魔術師だ!」

 後方から響く声に当たりをつける。タビーも杖を翳した。

「裂け!」

 水が持ち上がり、後方へ流れる。大した量ではない。脅しだ。

「くそっ!」

 足音の一つがこちらに駆けてくる。タビーが杖を構え、フリッツは二発目の魔

術を放った。

「邪魔をするな!」

 怒声混じりの言葉と共に、タビーは剣を受け止めた。水を被ったせいか、剣か

ら水滴が飛ぶ。力を受け流し、膝を腹に叩き込んだ。

「ごふっ」

 呻いて倒れた男を、更に蹴り飛ばす。転がった男は水路に落ちた。

「来るぞ!」

 フリッツの二発目は、緑魔術だ。空間を切り裂く刃が消えると、どこからか血

の匂いがする。タビーは水路から上がってきた男と対峙しつつ、もう一人の敵を

見定めた。


(全てを受け止めようと思うな)


 アロイスから受けた訓練を思い出す。

 水路に落ちた男は剣を無くした様で、短剣を取り出した。間合いが短くなる分

杖の方が有利だ。だが懐に入り込まれれば逆転する。近づけない様に牽制し、倒

すしかない。

 短剣を手に打ちかかってくる相手を、杖で突く。よろけたところを、更にもう

一度。膝を曲げ、足を踏み出し上から振りかぶる。腕への一撃は、短剣を手放さ

せる事に成功した。落ちた短剣を蹴り、水路に落とす。武器が無くなった男は、

それでも諦めない。タビーに襲いかかってきた。

「くっ……」

 構えた杖に手を伸ばした男は、ぱしん、という音と共に弾かれる。タビーの杖

は他人を受け付けない。よろけた男は体勢を整え、今度はタビーの腹を狙ってき

た。直撃する寸前に防御魔術を発動させる。

「貴様!」

 フリッツは暗闇の中、再度緑魔術を発動させていた。血の匂いから相手の位置

を確かめているのだろう。匂いが濃くなってきた。どういう状況か想像したくな

い。

 タビーは再度、杖を振りかぶる。避けようとした男の肩を直撃した。間を置か

ず、杖で男の側頭部を叩く。男は数歩よろけた後、そのまま昏倒した。

「先輩」

「多分、大丈夫」

 再度灯りを翳したフリッツは、自分の魔術を発動した先を見据えた。見えない

が、血の匂いから考えれば無事ではない筈だ。動けるのかどうか、そもそも生き

てるのかもわからない。タビーはその時点で、もう一人の刺客について考えるの

をやめた。

「タビー、何か縛るものある?」

「……布切れくらいです」

「準備悪いな、ロープは入れておくといい。使える」

「はぁ」

 それ以前に、こんな危険な目にあいたくない、と思う。

 タビーの出した布切れを裂き、昏倒した男を後ろ手に縛り上げた。ついでに両

方の親指同士を別の布切れで結ぶ。はいている靴をわざわざ脱がして水路に捨て

てから、両足もきつく縛り上げた。縛られている痛みのせいか、無意識に動く男

の顔に、フリッツは灯りを近づける。

「知ってる?」

「まさか」

 色白の男は細く、青みを帯びた髪の色をしていた。

「……どっちかというと、ヤツ絡みだね。タビー、ザシャと交代」

 促されて、タビーは王女の元へ歩み寄った。顔が青白いが、気丈に耐えている。

「ザシャ」

 聞こえていたのだろう、ザシャはタビーと交代するとフリッツの元へ向かう。

「た、タビー」

「はい」

「大丈夫?怪我はありませんか?」

「はい。ありがとうございます」

 ほっとしたところで、フリッツとザシャが戻ってきた。

「ノルドらしい」

 自然と全員の目がザシャに向かう。

「……一度、会った事があります。その、私の爵位のことで」

 躊躇いがちに告げる彼に、タビーは頷いた。タビーが見た男は既に死んでいる

から、それ以外の者だ。

「二人がかりなら、いけると思ったんだろうな」

 だが、ザシャには同行者がいた。それを甘くみたのが相手の敗因だ。

「これだから、貴族は面倒なんだよ」

 ぼやいたフリッツは、男爵家の出身である。何か言おうとして、タビーは止め

た。無駄なことだ。

「時間を取られた、先にすすもう」

 フリッツは自分が対峙したもう一人の刺客に触れず、再び歩き出す。そのすぐ

後ろをザシャ、王女、タビーと続く。


 背後からの音は、もう聞こえなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱり主人公が賢くてとても良いですね。困ってる人を手当たり次第に助ける主人公というのはありがちだけど、さしたる理由がなければそれは依存に近いよね
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