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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
幕間33
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「完璧には、満たなかったか」

 飾られた椅子に腰掛けた壮年の男はため息をつく。

「とはいえ、王宮のほぼすべては押さえられました。残すは離宮のみ」

 傍らに立つ男は少しだけ目を細めつつ続けた。

「まもなく離宮も陥ちましょう」

「そうであって欲しいものだ」

 椅子同様に飾られた卓の上、広げられているのは王宮内の地図である。非公開の筈のそれは、宰相府から持ち出されたものだ。

「随分活躍したと聞くぞ、トビアス」

「はっ」

 壮年の男に名を呼ばれた彼は、父であるディターレ伯爵の隣で頭を下げる。

「しかし、近衛があの様な行動に出るとは」

 椅子に座った男――――セロウ侯爵は地図を眺めて眉を寄せた。

「ディヴァイン公爵も先見の明はなさそうですな。兄である先代は人格者でしたが」

 近衛の司令部はこちらの手の者達が制圧したが、肝心のディヴァイン公爵と腹心達はいずこかへ雲隠れしている。置き土産に、ありったけの狼煙を燃やすという愚行もつけて。

「王宮魔術師達はどうだ?」

「我関せず、というところでしょうか」

 王宮魔術師と肩書きはあるが、彼らが政に関わることは少ない。求められて魔術的な観点から助言を行ったり、実作業に携わる魔術師達を派遣することはあるが、その程度の関わりだ。彼らにとっては政治的な立場よりも王宮魔術師としての立場が優先される。今のところ『研究の邪魔をしないのであればそれでいい』という立場を崩していない。

「では、残るは離宮と騎士団か。離宮は…火でもつけるか?」

「彼奴らは逃げるときに貴族籍や領地の情報等を全て持ち出しております。それに離宮を火で攻め立てるなど、セロウ侯爵の御名に傷がつく様なことはできかねます」

「そうか」

 セロウ侯爵は満足そうに頷く。彼に従順で何でも従う者は使いやすいが、視野が狭くなる。侯爵がディターレ伯爵達を傍らに置くのは、それを回避するためだ。

「王都は?」

「宰相派の家族やこちらに従わない貴族達を複数、拘束いたしました」

「ふむ」

「騎士団の詰め所はいくつかに火を放っています」

 トビアスの応えに侯爵は身を乗り出す。

「貴族達はどこへ?」

「当主やその妻は牢へ、子どもは王宮の一室に集めてあります」

「親はともかく、子どもの面倒はきちんと見るように」

 こちらに味方しない連中を洗脳するには時間も人手もかかる。それよりは、まだ政治がどんなものか判っていない子の方がいい。娘しかいない貴族家であれば、こちらの派閥から婿を送り込めばいいだけだ。

「逃げた貴族たちは?」

「若干おりますが、王都外のことは判りかねます。魔獣や盗賊に襲われることもあるでしょう…残念ながら」

 宰相府では臨時の宰相代理が立ち、戒厳令を発令している。今はもうどこから逃げることもできない。

「ある程度落ち着いたら、少しの時間だけは外に出られる様にしよう。物の仕入れなどもある、商人達は門を通す様に」

「身分をあらためた上で対応いたします」

「うむ」

 王宮の地図の上に、もう一枚地図が広げられる。ダーフィト全土と主要な街道や街、治めている領主名等の詳細なものが記された地図で、こちらも宰相府から持ち出し禁止とされているものだ。

「女王達は今、どこに?」

「街道を北上して王都へ帰還、の予定でしたが、どうやら東に向かっている様です」

「東?宰相の領地か」

「いえ、そちらとも少しずれがございます」

「ふぅむ…」

 東は宰相派の貴族達が治めている。ひとつひとつの領地はそれほど広くはないが、主要な街道や港等がありどこの領地も栄えている場所だ。セロウ侯爵達からしてみれば、喉から手が出るほど欲しい領地も複数ある。だが、逃げる先はそこではない――――。

「宰相派は一枚板ではございません。利に聡い者はこちらへついております」

「そうか、だが東に逃げられるのは面白くない。しかも騎士団の半分以上が同行している」

「後続が東に行けぬ様、この砦とこちらの街を封鎖してはいかがでしょうか」

 トビアスが指で示したところは、ナード砦から三日程離れたくらいの場所だ。騎士団の後詰めがどれだけ残っているのかは不明だが、砦や街の封鎖指示程度は宰相府の命令として出せば従うだろう。そこから北上される前に、後方から西の貴族達に追い込ませれば動きが取れなくなればこちらが有利になる。

「女王には、なるべく早めに『平和的に』譲位を願うしかないな」

「それ以前に、領民や貴族達が譲位を願うでしょう」

 事を起こす前から手はずは整えている。まずはセロウ侯爵が起こした今回の騒動は、私心からのものではなく王統の正当性故であることを伝えなければならない。その中で女王は王統の者ではないことを匂わせる。領民の方は傭兵達が噂話として勝手にばらまくだろう、何かする必要もない。王都の治安を守る騎士達もそれを耳にするだろうし、そうなれば強固な騎士団の体制にヒビを入れることも可能だ。

「どうぞ、おまかせください」

 トビアスは胸に手をあて、深々と頭をさげた。

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