表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タビーと騎士の犬  作者: 弾正
王女と継承
103/1043

103



 王女が同行しているせいか、フリッツはゆったりと歩いていた。

 と言っても、足の長さが違う。フリッツは普通でも王女とタビーは早足だ。そ

んな彼女をザシャが気遣っている。


(本当に凄い組み合わせ……)


 背後を振り返って誰もついてきていない事を確認しつつ、タビーはザシャと王

女を見た。どちらも人形の様な美しさ、並んで立てば誰も近寄れないほど。

 ザシャの群青の髪は、王女が着ている青い服によく映える。王女が女王になる

かは判らないが、王女の配偶者としてザシャが並ぶ事に違和感はない。


「こっち」

 フリッツは、騎士団内に慣れている風だった。いくつもの建物を通り抜け、放

牧場を横切り、森の様になっている場所へ足を踏み入れる。


「せ、先輩。ここでいいんですか?」

「うん、演習場だから、ここ」


 よく見れば、足下に穴が空いていたり、木の幹に傷がついたりしていた。魔獣

討伐の際には障害物がある中で戦う事も多く、その訓練にも使われている。


 その演習場を抜けると、洞窟が見えた。それ程大きな洞窟ではない。フリッツ

は屈んで、他の面々は体勢を少し低くして通れる程度だ。

「暗いから、足下に気をつけて」

「灯りは……」

「あ、ここ、魔術使えない様になってるから」

 どういう仕組みなのか、魔術は使えない。試しに防御魔術を展開してみるが、

発動前に消えてしまった。

「魔力の無駄遣いしないでよ、何があるかわかんないし」

「何があるんですか」

「さぁ?」

 フリッツはいつものペースだった。呆れた様に溜息をついたタビーは、その後

を追って行く。後ろを振り向くが、誰もついてきている気配はない。


「ここだ」

 立ち止まったフリッツの足下には、大人がようやく通れる位の穴が空いている。

「……随分、急ですね」

 ザシャが屈んで穴を見る。階段とは言えない出っ張りが僅かにあるだけの縦穴

だ。

「滑れば早いぞ」

「殿下にそんなことをさせられません」

 反発したザシャの言葉に、フリッツは肩を竦めてみせた。

「ま、少し先まで魔術は使えないからな。頑張って降りてきてくれ」

 言うだけ言うと、フリッツは穴の中に消える。滑り降りた音が少し遅れて聞こ

えた。

「ザシャ、先におりて」

「せ、先輩?」

「タビーでいいよ」

 タビーは手を伸ばし、手近な出っ張り部分に力を込める。幸い、丈夫に出来て

いる様だ。足場さえ踏み間違え無ければ、降りられるだろう。

「タビー、殿下は」

「私が一緒に。下で、念のため見ていてくれる?」

「……判った」

 ザシャは一歩ずつ慎重に踏み込んで行く。その姿が消えた所で、タビーはロー

ブを脱ぐと、王女に着せかけた。

「タビー?」

「すみません、少しだけ、耐えてください」

 エルトの袋が落ちない様、三重に巻いてある腰のベルトを外す。そのベルトで

王女の腰と自分の腰を結びつけた。丁度、お腹同士がつく様な体勢だ。華奢な王

女の体は、タビーの腕の中でも細く頼りない。

「私の首に手を回せますか?」

 王女は頷き、タビーの首の後ろで手を組む。

「このまま、ゆっくり降ります。万が一の時でも、手を放さないでください」

 タビーは杖を穴に投げ入れた。そしてゆっくりと体を反転させる。

 王女は進行方向を向き、タビーは後ろ向きに、摺り足で穴へ向かう。

 爪先が、空をかいた。

「殿下、よろしいでしょうか」

「……お願いします」

 王女は覚悟を決めたのだろう。目をぎゅっと瞑っている。ローブのフードを王

女に被せると、タビーは膝を曲げ、最初の足場を確認した。

 幸い、穴は小さめだ。タビーの手で支えながら、足場をゆっくりと移していく。


(2段目……)


 先程、見える範囲で確認した足場を確保する。タビーと王女の二人分の重さが

かかっても問題ない。足探りで3段目を捜す。同時に、手は周りの壁につき、支

えにする。

 小さな足場は、タビーの爪先がぎりぎり乗る程度だ。つま先立ちで王女を抱え

て動くのはかなり無理がある。だが、ローブを纏わせたとしても、王女にこの様

な場所を滑らせたくない。

 呼吸を整えながら、足場を動かしていく。

「タビー、右側の壁が無くなる」

 ザシャの声がした。左腕を突っ張ったまま右腕を動かすと、確かに壁がない。

 右腕を王女の肩越しにつき、バランスを取る。


 少しずつ暗くなっていく周囲を見ながら、タビーは慎重に足を動かした。

 何度か踏み外しそうになったが、その都度耐える。こんなところで体作りの訓

練が役に立つとは思わなかった。

 もうすぐ終わるところで、ザシャが声をかけ、タビーの背を支える。そうして

ようやく穴の底へ降りることができた。

「殿下、大丈夫でしょうか」

 タビーは素早くベルトを外し、フードをめくる。少々青ざめていたが、王女は

問題なさそうだ。ベルトを巻き直し、落としておいた杖を拾う。

「あ、タビー。ローブを……」

「大丈夫です。どうかそのまま着ていてください」

 せっかく似合っている服なのだ。それに汚れた服を王女に纏わせるのはタビー

が気分的に許せない。


「先輩?」

「こっち。足場が硬いから大丈夫」

 声を聞きながら、まずザシャが足を進める。王女がそれに続き、タビーは最後

尾だ。よろけそうになる王女を支えつつ、先へ進む。


 少しすると、道が開けた。地面ではなく、硬い石造りの床だ。壁も煉瓦の様な

もので出来ている。

「ここは……」

「抜け道」

 どこからか水の流れる音がした。水路が近いのだろうか。

 フリッツは杖を出すと軽く振る。淡い光が辺りを照らしだした。

「行くよ」

 歩きやすくなった道を、彼はゆっくりと進む。王女も戸惑っていた様だが、す

ぐに後をついていった。

 タビーは再度振り向く。誰もつけてこない事を確認し、彼女もまた皆の後を追っ

た。



「何だって?」

 騎乗したディヴァイン公の前に、一人の男がいる。官吏の制服をきた男は、恭

しく文書を差し出した。ノルマン公の封印が捺された、正式な文書だ。

 それを開いたディヴァイン公は苦虫を噛み潰したような顔をする。

「殿下」

 隣でやはり騎乗したままの王子ルーファンに、彼は文書を手渡す。

「何だ……停戦申立?」

「今すぐ戦いを止める様に、とのことです」

「はッ!」

 王子は嘲笑った。

「王女を監禁していた騎士団を攻めるなと?宰相も余程耄碌したな」

「そもそも、この文書は公の私的文書」

 戦いを仲裁するのであれば、勅使が立つ。王か王権の代行者でなければ、勅使

を立てることは出来ない。

「公は王女に害する者を庇うのか?」

 当惑し口を噤む使者に、ディヴァイン公は王子から受け取った文書を投げつけ

た。

「王女殿下を守る戦いだ。宰相殿には立場を弁えて頂きたい」

 いつものディヴァイン公であれば、文書を投げつける様な事はしない。だが、

戦いの雰囲気がそうさせるのだろうか、普段より冷静さを欠いている。

 だが、王子もそれを咎めはしない。

「去れ、士気に関わる」

 王子の言葉に使者は顔を青ざめさせ、その場を退いた。

「門はどうだ?」

「やはり開くのは難しい様です」

 見張り台には、再びシュタイン公が姿を見せている。先程王女が立ったが、今

はその姿もない。

「とにかく、ルティナの身を確保する。騎士団が監禁していた証拠だ」

「はっ!」

「門が駄目なら、梯子をかけるか、もしくは他の手段を講じろ」

「かしこまりました」

 ディヴァイン公は恭しく一礼する。

 王子は熱に浮かされた様な瞳で、騎士団の門を見上げた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ