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ツリオで補給と昼食を済ませた一行は、騎士団の駐屯所があるソナを目指していた。
ミーシカの懸念が当たり、ツリオに入るだけでも相当の時間を消費したため最低限の補給だけで済ませている。彼らが北からの訪問者というだけで監視がつけられるほどの警戒ぶり。北の騎士団領と西はあまり交流もないが、それだけのせいとも思えない。
そんなことを考えながら馬を走らせれば、ソナは想像したより近かった。
砦と街が一体化していたラウフェンブルクとは異なり、駐屯地から少し離れたところに街がある。
「止まれ」
駐屯地の入口に馬を寄せれば、騎士達が声を上げた。
「身分証を」
コンスタンタンは懐から小さい塊を取り出し、騎乗したまま騎士に手渡す。それを確認した騎士は、何も言わずに開門した。塊は丁寧に返却される。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
礼を言ってコンスタンタンが馬を進めた。その後をミーシカ、メラニーと続く。背後で門の閉まる音がした。
数人の騎士が出てきて厩舎へ誘導しようと馬へ手を伸ばすが、あからさまに避けられる。コンスタンタンはため息をひとつついて下馬した。メラニー、ミーシカと続く。騎士が先導して馬を厩舎へつなぎ、三人は石造りの建物へ入った。
「ドリー・アンク」
入口で彼らを迎えたのは壮年の騎士。刈り込んだ短い髪と鋭い眼差し、雪焼けした肌だけ見れば、騎士というよりは傭兵の様にも見える。鍛えられているであろうことは、騎士服の上からでも判った。
「コンスタンタン・ヘス、メラニー・ヘス、ミーシカ」
コンスタンタンも返す。あえてミーシカの家名を継げないのは、面倒を起こさないためだ。
「こちらへ」
招かれた部屋には『隊長室』と書かれた小さい札がかかっている。中に入り、さらに奥にある扉を開けたところに椅子と机があった。
視線で促され、コンスタンタンとミーシカは座る。メラニーは少し離れた壁に寄りかかった。
「ノルドとの戦争が終わったことは?」
「聞いている」
ドリーと名乗った、おそらくこの駐屯地の指揮官であろう彼は前置きもなく口にする。
「王都で反乱が起こったことは?」
「反乱とは穏やかではないな…ここに来るまでは何も聞いていない」
「そうか」
彼は頷き、小さい紙を懐から取り出してコンスタンタンに渡す。その紙片に目を通した彼は、少し目を細めてからミーシカに手渡した。回ってきた紙片を見たものの、ミーシカには理解できない文字で書かれている。
「これを書いた者は?」
「誰かは判らないが、騎士団か騎士団領の領主のいずれかだろう」
署名を書かない紙片など、信憑性が低いと思われるだけだ。通常であれば即火にくべられてもおかしくはない。そう思わないということは、ドリーもコンスタンタンも差出人に当たりはついているのだろう。
「他には」
「こちらへはこれだけだ」
「そうか」
コンスタンタンは立ち上がると、机の上に地図を広げた。騎士団領を中心としたもので、地形の詳細がある程度記入されている。
「ブランク砦より最果ての谷までは、現在非常に不安定な状態だ」
次から次へと成長する木々や植物、魔獣の様な大きさまで育った獣が大地を行き来し、雪が積もることすらない。
「…あの馬は、そういうことか」
「支障がなければ、飼い葉を多めに与えたい。果物も」
「承知した。獣は北からこちらへ来る可能性もあるのか」
「ある」
ドリーは眉を寄せた。
「いい馬が手に入るかもしれないが、厄介な獣も入ってくる…通達は早めに出すとしよう」
「陛下はどうされている?」
ミーシカの問いかけに、ドリーはしばし彼の顔を見つめ、息をついた。
「陛下は東に向かった」
「東?」
壁に寄りかかったままのメラニーが目を細めて呟く。
「この国の最初の王都は東にあった。魔獣に攻められぬ様、崖を背にして作られた石造りの城だ」
「崖を背に…」
ミーシカはコンスタンタンに視線を向けた。彼らが最果ての谷で見た城もまた崖を背にして作られている。それを考えれば相当昔の城なのだろう。
「騎士団も一緒か」
「おそらく」
ドリーとコンスタンタンは視線を合わせると頷いた。
「東への道は」
「ここまで来たのであれば、西を横断していく方が早い」
立ち上がったドリーは本棚の上にある羊皮紙を広げ、コンスタンタンの地図の上に置く。
彼はソナと書かれた部分を指さした。
「ここを出たら、街道沿いに東へ抜ける。今の時期は雪もあるが、街道は除雪されている筈だ」
「旧街道は」
「一部は除雪されていない。今の時期なら熊はまだ出ないが…以前の水害でいくつかの橋が落ちたままだ」
いずれも春がくれば騎士団の工兵を中心として復旧作業が予定されているという。
「川の深さは」
「水は少ないが、流れの速い場所もある」
地図を指さし、二人はお互いの情報を共有していく。地形、駐屯地、補給のできる場所――――。
「理解した」
コンスタンタンは頷き、立ち上がった。
「礼を言う。もしよければ、本日は泊まらせてもらいたい」
「問題ない」
ドリーは己の地図を丁寧に巻いて棚にしまう。
「この先、西側での補給は難しい。必要なものがあれば、言ってくれ」




