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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
幕間33
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 ディヴァイン公爵家は、ダーフィトの西側に領地をもつ貴族を束ねている、古き英雄の家系のひとつだ。

 ダーフィトの歴史をひもとけば、魔獣が跋扈する地を制した建国王が国をつくり、その後、国を崩壊寸前まで追い込んだ魔人と魔獣との攻防と勝利を経て今につながっている。ディヴァイン公爵家はノルマン公爵家、シュタイン公爵家と並んでいずれにも関わっており、代々近衛騎士団を統括し王族の警護や王宮の守備を担っている。


 先代のディヴァイン公爵は現女王の兄である王子に仕え、最後はその手にかかって命を落とした。もし生きていたとしても、結果的に内乱に加担した立場に変わりは無いため、良くて幽閉、最悪の場合は処刑と公爵家取り潰しになっただろう。

 それでも、現在のディヴァイン公爵にとっては心の底から尊敬していた兄である。今は口にすることすらできないが、兄が生きていればと何度も考えた。その気持ちは今でも変わらない。


 王子と兄がいなくなった後、西側貴族はいくつかの派閥に分離した。派閥そのものは元からあったが、公爵家の統制力が衰えたと見た一派が、他派閥をも取り込み肥大化している。特にセロウ侯爵の一派は勢いがあり、ディヴァイン公爵の悩みの種だ。

「閣下、書類が届きました」

 部下の声に顔を上げ、公爵はとりとめの無い考えを打ち切った。

「ありがとう」

 兄と王子がいなくなった後、同じ様に王子に仕えていた者達は職を辞して領地へと退いた。後継者から外された者もいれば、後継者ではあるものの公の場へ出なくなった者もいる。将来的には国王の近臣になる筈だった彼らがいないことも、ディヴァイン公爵が力を弱める理由になった。何も判らぬまま公爵家を継ぎ、近衛騎士団を率いることになったのだ。彼が信頼できる部下も少ない。それでも少しずつ前に進んできた。妻を迎え、公爵家に残された記録や近衛騎士達の協力もあり、ようやくここまで――――。

 遠くで、何かが割れる音がする。

 公爵は再び思考に沈もうとした己の意識を引き上げ、周囲を見回した。窓は閉められており、室内には割れる様なものはない。だが、何かが割れる様な音、叫ぶ声が遠くから聞こえてくる。そして、足音。

「敵襲です!」

 ノックもなく執務室の扉が大きく開く。駆け込んできた近衛騎士の一人が叫び、公爵と執務室に居合わせた部下達が立ち上がる。

「ノルドか?」

 少し前、西の海上にいたノルドの軍船はが全て沈み、戦争に勝利したとの一報があった。続いて女王と他の貴族達からも知らせがあり、勝利は確定した筈だ。

「残党が上陸したのか?」

 駆け込んできた騎士は首を横に振り、そして耐えきれぬ様にその場に膝をついた。

「大丈夫か!」

 よく見れば、背中に傷を負っている。深くはなさそうだが、出血が多い。他の騎士達が駆け寄って応急手当を施す。

「傭兵達が…」

「傭兵?」

 公爵と近衛騎士達は顔を見合わせる。近衛騎士団は王宮の西側に執務室や訓練場等があり、そもそも傭兵等が入れる場所ではない。それ以前に許可無く王宮に入ることができない筈だ。

「近衛も、いました」

「何だと!?」

 壮年の近衛騎士が顔を強ばらせる。彼は立ち上がり、執務室を出て行く。程なく戻った彼の顔は青ざめていた。

「戦いが始まっています」

「馬鹿な…!誰が手引きを?」

 近衛騎士の誰かが手引きしたのであれば、造反だ。裏切りより酷い。

「それよりも、一端この場を退きましょう。危険だ」

「しかし!」

「『危険』と申し上げた、ご理解いただきたい」

 そう言い切る壮年の騎士は伯爵でもある。長く近衛として務めており、何も判らないディヴァイン公爵を支えてきたひとりだ。

「…わかった」

 公爵が同意すれば、周囲の者の動きは速い。重要な書類は机の中にしまい込み、何があっても手放してはいけないものを袋に入れ、抱える。準備が整ったことを確認した公爵は己の指輪を軽く回した。

 光が一瞬、過る。

 何の音もしなかったが、騎士達は頷いた。試しに執務室の入口、各々の机や棚の引き出し等を引っ張ってみるが、すべて固まった様に動かない。

「こちらへ」

 隣接する仮眠室の扉は開いたままだ。その奥、ベッド下の絨毯を剥がすと四角く切り抜かれた入口がある。取っ手をひくと、人ひとりが通れるくらいの穴と梯子が見えた。その間に数人の騎士が寝台を執務室へ持っていき、入口の前に置く。仮眠室にある動かせそうな重いものはすべて寝台の上にのせた。光で固められた扉はちょっとやそっとでは開かないであろうが、念には念を、である。

 額に浮かんだ汗を軽く拭ったディヴァイン公爵の目に、窓が映った。その先は、小さいテラスの様なものが設えられている。

「狼煙はあるか?」

「こちらに」

 公爵は頷くと窓に歩みよった。光の影響はこちらまで届いていない。窓をあけると彼は頷く。

「狼煙を。赤だ」

「はっ!」

 騎士がひとつの袋を開き、まとめられた道具の中から赤の狼煙を取り出す。緊急時、魔術が使えない者でも打ち上げられる様に作られたものだ。紐をひき、テラスに転がせば直ぐに赤い煙が上がり出す。

「全部だ!」

「はいっ!」

 騎士達が次々に狼煙を放り投げた。仮眠室にまで煙が入ってくるため、少しだけ魔術が使える騎士が風を送る。これだけの狼煙をあげれば、少なくとも騎士団は気づくだろう。

 全ての赤い狼煙を使った公爵は窓を閉め、ゆっくりと腕を伸ばした。窓枠の側、装飾のひとつに見える金具に指先を滑らせる。少しして、窓の側にある壁が音をたてずにへこんだ。横歩きでなければ入れない位の隙間である。

「いくぞ」

 ディヴァイン公爵は静かにその隙間へ入っていく。近衛達が続き、最後の者が通って少しした後、隙間は静かに閉じられた。

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