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「殿下!」
タビーは慌てて王女を追う。皮の靴をはいていても、余裕で追いつける距離だ。
王女の腕をなんとかつかみ、タビーは王女の体を押さえこむ。
「危険です、殿下」
「でも!」
「ここは、シュタイン公にお任せした方が……」
「義兄様とて、戦いたい訳では無い筈です」
振り向いた王女の眼差しは必死だった。
「私……私の話であれば、義兄様も聞いてくれる筈」
「いけません!戦いが始まっています」
門には丸太を打ち付ける音、たまに飛んでくる火矢や普通の矢。騎士達はそれ
ぞれの対処をするために、駆け回っている。
「タビー!」
縋る様な眼差しに、一瞬躊躇う。だが、この状況の中で相手を説得するのは難
しい。戦いの経験がない王女を矢面に立たせたくは無かった。
「殿下」
背後から声を掛けられる。シュタイン公だ。
「自身で、この戦いが止められると本気で思っているのか」
「少なくとも、話し合うことはできましょう」
シュタイン公と王女は見つめ合う。
「それが、あなたを王位に近づけるとしても?」
王女の体がびくつく。
「……そんなこと、ありえません」
「これは、予言ではない。警告だ」
シュタイン公は王女を睨みつける。
「殿下があの見張り台に立ち、戦いを止める様に懇願すれば、貴女は間違いなく
王位につく。私の思い通りになる」
「な、なりません」
彼の視線が和らいだ。哀れみを含んだ眼差し。
「それを理解できない、幼い貴女が王になる」
王女は怯み、唇をきゅっと噛んだ。
「それでいいのか」
「そんなこと……あり得ません」
言い切った王女はタビーの手を振り払った。
「殿下!」
タビーは慌てて彼女の後を追う。引き留めようと手をのばすが、するりとすり
抜けてしまった。
見張り台へは石の階段がある。その前に立ち止まった王女は、見張り台を見上
げた。
「殿下!」
追いついたタビーの声に急かされる様に、王女は階段を昇り出す。騎士達は当
惑して見守っているだけだ。
石段の段差は大きい。転ばぬ様に必死で昇る王女を、タビーもまた追いかける。
見張り台は門よりも高く、やや狭い。王女が辿り着いた時、再び門を打ち壊そ
うと丸太がぶつけられた。その振動でよろけそうになった王女を、タビーは支え
る。
「殿下、危険です」
「いいえ、タビー。戦いを止めなければ。陛下も、こんなことは望んでいないは
ずです」
「しかし!」
王女は見張り台にいた騎士を避けて、一番前に立つ。
「おやめなさい!!」
か細い声を精一杯張り上げて、王女は呼びかける。だが、傭兵や近衛達の怒号
にかき消されそうだった。
「私は、ルティナです!戦いを、やめてください!!」
近衛の一人が、王女を見つける。作戦中止の声が響き、不服そうな傭兵達も門
の上を見上げた。
「近衛と騎士団が争うことは、許されません。どちらも、引いてください」
懇願する言葉に、双方が当惑する。戦いの場に降りた沈黙を、蹄の音が破った。
「……ルティナ」
白馬に乗って最前線に出て来たのは王子ルーファンだ。ディヴァイン公も王女
の姿を見て目を見張っている。
「義兄様、この様な戦いはおやめください」
懇願する義妹の声に、ルーファンは応えなかった。
「お願いです、義兄様……」
「おお!可哀想なルティナ!」
王女の言葉を、王子は遮る。
「誰に拐かされたかと心配していたが……騎士団に監禁されていたんだね」
「!」
「そして戦いを止める様に言えと言わされている。なんと哀れな」
どこか芝居がかってさえ見えるルーファンの言葉に、王女は首を横に振った。
「違います。私は誰にも拐かされて……」
「近衛騎士諸君、そしてこの気高き戦いに参じた者達よ!」
ルーファンは長剣を抜いた。
「騎士団は、我が妹であり王女であるルティナを拐かした!王に対する反乱だ!」
近衛騎士や傭兵が声を上げる。
「違います!私は……」
「皆の者、王女を助けるのだ!我らこそ正義!」
長剣をかざした王子に、近衛騎士達は歓声を上げた。
「攻撃を続けよ!」
「おやめください、違うのです。違う……」
言いかけた王女に、狙いを誤った矢が迫る。
「征け!」
タビーの魔術が発動する方が早い。王女の周囲に、薄い青の防御壁が出来る。
矢は弾かれた。
「殿下、お下がりください。危険です」
「で、でも!」
「魔術師がいるぞ!射て、射て!」
矢はタビーに向かう。おまけに槍まで飛んできた。再度防御壁を展開すると、
タビーは王女の前に入る。
「危険です、お下がりください!」
王女を庇いながら、タビーは少しずつ後ずさりした。王女はどこか悔やむ様
に俯き、言われるままに石階段を降りる。
「君」
見張り台で、何故か座ったままの騎士に声を掛けられた。
「殿下をお願い、の前にさ。なんか一発、撃ってくれない?静かになるから」
親指で門の外を指す騎士に、タビーは呆れた様な眼差しを向ける。
「こちらからの積極的な攻撃は、逆効果な気がします」
「そう言えばそうだ」
けらけらと笑った騎士は、王女が完全に石階段を降りたのを確認し、立ち上
がる。
「全員、防御態勢を取れ!」
シュタイン公よりは高めの声が響く。騎士団は王子の言動にも動じていない
様だ。それだけ、公を信頼しているのだろう。
「殿下、お怪我は?」
石階段を素早く降りたタビーは、王女に声をかける。
「私は、大丈夫です。ですが……誤解を解かねば」
石階段の上を見上げる彼女に、タビーは首を横に振った。
「今は、無理でしょう。ここにいては、危険です。下がりましょう」
彼女の差し出した手に、王女は手を乗せた。その手は、小刻みに震えている。
「……本気か」
かけられた声に、二人は顔を上げた。
シュタイン公が、そこにいる。どこか呆れた様な、そして面白がる様な眼差
し。
「本気で、この戦いを止めさせたいのか」
見つめられ、王女は俯き、そして顔をあげて頷いた。
「勿論です」
「……殿下」
シュタイン公は、王女を王位につけたい。その思惑がどこから来ているのか
は判らないが、彼の話を聞けば、王位はますます近くなる。
「仲裁が、必要だろうな」
「仲裁、ですか」
「宰相か、王族のいずれか……もしくは、王か」
「宰相……ノルマン公」
王女は呟く。タビーははらはらした。どう見ても、シュタイン公の思惑に王
女がのせられそうだ、としか思えない。
「……タビー」
王女は、後ろで控えていた彼女を振り向いた。
「お願いです、私を……私を、助けてください」
「殿下」
必死な眼差しには、今まで無かった強さが宿っている。
「殿下の、お望みでしたら」
それが、シュタイン公の思惑通りでも。
「ありがとう」
王女はようやく少しだけ微笑んだ。
「では、道案内をさせよう」
シュタイン公は後ろを向き、顎をしゃくる。
「行け」
「……承知しました」
その後ろから姿を現したのは、思いもしない人物だ。
「王宮まで、ご案内します。殿下」
あまりのことに、タビーは言葉がでない。
恭しく最敬礼をした男。
フリッツ・ヘスがそこにいた。




