01
羊皮紙は紙より滲まない。
初めてそれを知ったのは、6歳の頃だった。
その名前を聞いたことはあり、漠然と書きづらそうだな、と思っていたが、目にした実物は裏表ともに白く、毛がないものだ。
「おい、できたか?」
猫背の男に声を掛けられて、彼女は慌てて手元のそれを差し出す。
「よし、間違いないな」
満足そうに店頭に出ていった男の背を見送り、彼女は積まれた羊皮紙の束をぼんやりと見やる。
羊皮紙に書かれるのは重要な書類、この店の場合は借金だ。
王都で1、2を争う規模の金貸しである店主は、彼女にとっていい顧客である。できればもう少し色をつけた賃金にしてほしい、と思ってはいるが、前世で言うところの経費削減に熱心な店主は、最初に決めた金額から上げることはないだろう。
手元の石版に書いた計算式を消す。
この部屋には彼女しかいないから、仕事がなければ待つしかない。
彼女には前世の記憶がある。
とはいえ、今では名前も思い出せない。
いくつかの辛かったこと、楽しかったことなどの強烈な記憶以外、曖昧だ。
それでも計算や暗記という部分で前世の恩恵を受けているし、他の部分でも助
かっている。いずれ消えてしまう記憶かもしれないが、それならそれで構わない。
とにかく今を生きていく事が大事だ。
小さい手を見て溜息をつく。この前誕生日が来て、10歳になった。
あと半年もすれば、こんな生活ともお別れ。少しは楽になる筈だ。
働くのは苦ではないし、気も紛れる。同年代の子どもたちに比べれば、効率よく稼いでいると思う。
働いて得たお金で好きな物を買える。
お金があれば食いっぱぐれる事もない。
寂しい考えかもしれないが、今の彼女にはそれだけが全てだった。