私、スペクトロフィリアじゃないよね?
彼は死んだ。
私が家でだらしなく寝転んでいたとき彼は駅のホームから転落し轢死した。
自殺なのか誤って転落してしまったのかは不明だが唐突にこの世から姿を消した。しかし彼が生きていたときより彼とはよく話をする。
「質問していい?」
「なんだよゆっちゃん、いきなり質問なんて」
幼かったときと呼ばれ方が変わらない。もうゆっちゃんじゃなくて優希にしてほしい。
「なんでいるの」
「神様みたいな人が『この切符であっちの世界へ行ってみろし、前世に未練があるみたいじゃんけ』って言ってくれたから旅行気分で来たんだ」
にこにことした表情で説明してくれる。笑顔は生きていたときと変わらない。穏やかで優しい。
声を低くして言ったところはおそらく神様(?)の真似だろう......なんで甲州弁?
「そうじゃなくて、なんで私の部屋にいるの?」
「気分で」
考えてみれば潤とは小、中、高すべて一緒だけど特別仲が良かったわけじゃない。小学校のときは時々一緒に遊んだが高学年になるにつれ遊ばなくなり中学生になってから遊んでいない。なので私の部屋に来る理由がわからない。
「気分って、気分で3日も居候しないでよ」
「まあ、許して、幼馴染じゃないか」
それはそうだけど、だからといって3日も居候していいわけない、幼馴染という関係はそこまでオールマイティーではないのだ。
「もう、寝たいんだけど」
現在11時、さすがに眠い。かと言って男が目の前にいる状況、私も女だ、自分で言うのもなんだが花の女子高校生。異性の前で迂闊に眠ってしまうわけにはいかない。
「出て行って」
窓を指差し出て行くように指示するが潤は捨てられた子猫のような目で見てくる。ダメだ潤は幽霊、すでに死んでいる。子猫の可愛さとは程遠い。
「今日で最後にして」
「ちっちゃい頃から相変わらず優しいな」
「皮肉を言ったから出て行って」
「皮肉じゃないって、本当にそう思ってる、だからベットに入れて」
いくら死んでるとはいえ高校生が異性を自分のベットに入れるわけがないことぐらい理解しろ! もう幼くないんだ。
「電気消すから」
消灯した瞬間、滑り込むように私のベットへ入っていった......また昨日と同じでクッションの上に寝るのか......
ため息をつきながら私はクッションの上で横になり目を閉じた。
背中が痛い、3日連続クッションの上で寝るのは辛い。
潤は私のベットをあたかも自分のテリトリーのように占領し悠々と寝ている。
もう学校に行く時間なので私は潤が寝ている間に制服に着替えた。もし着替えている途中に潤が起きてしまっていたら......考えたくもない。
良心的で成績優秀、やや中性的な顔、つまりモテるタイプの潤のまわりには、砂糖に群がる蟻のように女がよっていく。
私は非の打ち所がない人がどうも苦手でそういう人を好まない。人は少し弱点があったほうが面白い。だから私の中で潤は幼馴染なじみのモテるやつという認識しかない。恋愛対象として潤のことは眼中にない......おそらくは......どちらにせよもう潤は死んでいるんだけど。
そのとき朝食の香りが漂ってきた。私は朝は嫌いだけど朝食は好きだ。朝食を食べたときのあの満足感は私にとって無くてはならない。だから朝食を抜かすとなんとなく一日が億劫になる。
私は軽快に階段を下りお腹と気分を満たしに行った。
食べ終わったときには学校へ行くのにちょうどいい時間帯。その時、思い出した、思い出してしまった。四肢が脱力し全身でため息をついてしまう。
仕方ない、起こすか。
嫌々ながら椅子から立ちあがり振り向いたとき、潤はもう私の後ろに立っていた。
大声を出して叫びそうになったが親がいるので叫んだらまずい、かろうじで声を出さずなんとか微妙なリアクションだけですんだ。
私は潤の横を小走りで通り「いってきます」と家族に告げ潤から半ば逃げるように外へ出た。
自転車にまたがり全速力でこぐが運動神経抜群の潤にはさすがに追いつかれてしまうことはわかっている。私は体力が人一倍あるわけじゃないし、この自転車にエンジンが付いてるわけでもない。私が走り出した瞬間もう勝負はついている。でも、だからといって諦めたくない。
出来るだけ逃げてやる。
「学校へ行くの?」
逃走虚しく既に追いつかれていた。しかも荷台に座られている。なんで気づかなかったんだ私は......
「いつからいた」
「ずっといたけど」
重さも気配もまったくと言っていいほど感じなかった。今でこそ後ろにいることを認識したが声を出されなかったら気づかなかったと思う。
「後ろ向きながら運転してると轢かれて死んじゃうぞ」
既に轢かれて死んでいる潤に言われたくない。
「学校に行くのか、あんまりいい思い出ないんだよな」
「すべてにおいて万能だったくせに何言ってんの、高校のアイドル的存在だったくせに」
「もし、俺が万能だったら、幽霊になってここに来ないよ」
「べつに謙遜しなくていいから、ほんとは俺最強とか思ってるんでしょ」
「完璧な人間なんてこの世にいないって、完璧な人なんて怖いだろ」
「それ、自分のことを怖いって言ってるのと同じことじゃん」
「だから、自分は完璧じゃないって」
私はその言葉から会話をしなくなった。潤と話すのが嫌なわけではなく同じ高校に通う人が通行していたからである。潤が見えない人には私が一人で荷台に話しかけているようにしか見えないのでまわりから見たらどんなに不気味なことだろう。
潤は話しかけてくるがそれを無視し続け校門をくぐった。
「相談があるんだけどさ」
「相談? 珍しいね、私も相談されるほど人に信用されるようになったってことかな」
私は、べつに信用してないけどという感じに首を少しかしげた。相談というかちょっとした話の種に聞いただけなのだけれども潤の対処法があれば聞きたい。
「で、優希、どんな相談なの?」
腰を浮かせ興味津々で聞いてくる。いつも好奇心旺盛なのはいいけど、そこまで目を輝かせて聞かれるとちょっとひいてしまう。
「もし、死んだ人に会えたらどうするかな、と思って」
「それ、まさか前、電車に轢かれた彼のこと、もしかして好きだったの?」
「なわけないじゃん」
「そうだよね~やっぱり轢かれた彼、この学校で人気あったからな~惹かれるのも無理はないか」
「だから違うって!」
「冗談だって、そんなにむきにならな~い、ていうかさっきの轢かれたと惹かれたがかけてあったのわかった?」
「いいから、答えて」
美咲の瞳が上に移動し考え始める。なんか意外と真剣に考えてくれている様子だ。黒板の上に掛かっている時計の針がぎこちなく動いた。
「もし、会えたら......言えなかったことをいうかな、ほんとは好きだったとか友達だと思ってたとか、つまり、できなかった告白をするってこと」
べつに告白とかありえないし、なんていうか撃退方法を知りたかったんだけど。
「まあ、教えてくれてありがとう」
「死んだ彼には早めに告白しときなよ、ほら、後ろに彼の霊が!」
首と体をひねり後ろを一瞥する......なんか立ってる! 幽霊だから気配がないのか、影薄すぎ......
「ほんとに後ろ見たよ、可愛い、頭なでなでしてあげようか」
「なでなでしなくていいから、そういえばこの休み時間、放送委員の人、集まるんじゃなかったけ? さっき誰かが話してたよ」
「え.....」
「いや、だから、放送委」
「もっと早く言ってよ!」
「忘れてたの?」
「当たり前でしょ!」
乱暴に立ち上がると驚異的なスピードで教室を出て行った。未だに私はここまで忘れっぽい人を見たことがない。今まで何回忘れてるんだろう。
さっきから後ろの亡霊に話しかけられているが無視をし続けている。正直うるさい。黙れ。
考えていても伝わらないので亡霊に片手でさりげなくついてくるように促し人けの無い古びた体育倉庫前に向かった。
「なんか言いたいことでも?」
「頼むから、静かにして、私は話しかけられても答えられないから」
「やっぱり人目を気にするか......まあ、もう俺は生きてないから仕方がないんだけど」
一瞬だけ表情が翳った。いつもにこやかなので心配になってしまう。潤がこんな表情をしたところを今まで見たことがない。暗くて重い。
「あ、あの......だから」
「わかったよ、今から俺、ちょっとやりたいことあるし話しかけないよ」
「え......うん......お願い」
「じゃあ、こっから別行動ってことで」
そう言って歩いて行ってしまう。
嫌われた。
頭の中を言葉がよぎった。あの表情は私が嫌になってしまったのか。考えてみればもう会えないのかもしれない、勝手に成仏してしまうかもしれない......後悔しても遅いか......
腕時計の針は授業が始まる時間を指そうとしている。
私はため息をつき教室に歩いて行った。
先生の話がどこか遠くに聞こえる。風が吹けばかき消されてしまいそう。机の上の教科書は微動だにせず閉じられたまま。
なにかの違う日常、いや、なにかが違っていた日常か。
3日前から私の隣にいた幽霊は今どこにもいない。寂しいわけじゃない。でもなにかが違う。まるであの幽霊といたのが日常だったように思えてくる。
べつに潤が生きていたときにだって毎日話していたわけじゃない、違うクラスだし。
それなのになぜだろう。嫌われたと思ってしまった瞬間から続くこの孤独感というか変な喪失感は。
うまく言葉がみつからない。私は語彙の多い知識人じゃない。だからといってどんなに語彙が豊富な人でもこの感情を言葉に表すことが出来る人はいないだろう。
窓の外の青すぎる空、気ままに流れていく雲。
まったく、私は一体なにを考えているんだ。なんでもない、なんでもない。
黒板に目を移す。いつも通り細い白線の文字が黒板を這っている。毎日のことだが勉強に対しての意欲は湧いてこない。でも今はなんとなくこの変な感情をごまかすために。
適当に教科書を開いてみると授業終了のチャイムが鳴った。
「まさか、また寝てた?」
「今日は寝てない」
「じゃあ、なんで寝起きみたいにボーっとしてるの?」
「そんなことないけど」
「あ、わかった、授業前に話してた彼のこと考えてたでしょ」
「いや、べつにそんなことない......」
「いや、完全に考えてたでしょ、そろそろ諦めないよ、彼が死んだのはもう一ヶ月前なんだから」
「だから、考えてないって」
「まあ、まあ、肩の力を抜いて気楽に、気楽に」
肩をぽんぽんと軽くたたかれた。
「あのさ、潤の話をするのって、まさか私をからかってる」
「そんなことないよ、大丈夫? 今日なんか変だよ」
「ごめん、寝不足かも」
本当に寝不足かもしれない。もしかしたらベットで寝てないから眠りが浅かったのかも、そう寝不足。だからさっきから変なことを考えているんだって。
「そうだ放課後、暇? 久しぶりにどっかよっていかない?」
正直、そんな話どうだっていい、べつに聞いたところで今の私には面白くない。まったく話に興味を持てない。
学校で約束した通り私は帰り道にあるファーストフード店に美咲とよった。
情報オタクと言っていいほどいろいろなこと知っている美咲は私の知らないことを話してくる。面白い話からどうでもいいような話までさまざまだ。
でも今はどうだっていい、どんな話も面白く感じない。そんなことより潤はどこに行ったのか。そのことだけが私の頭の中を巡っていた。
もう六時半、店内には照明がついているので明るいがガラス製の窓から覗く外は対照的に暗闇が広がっていた。家に少し遅れて帰ると連絡はしたけれど家に帰るのが遅くなれば家族を心配させてしまう。それに家に帰ればまだいるかもしれない、潤が。
美咲とはその店で別れ私はすっかり夜の張が下りた帰り道を歩いていた。
家に帰りたい気持ちも帰りたくない気持ちもある。もし彼が家にいなかったらどうしよう。この感情はどこにぶつければいいんだろう。ダメだ、考えても考えがまとまらない。結局私は家には帰るしかない。
街灯の光がついたり消えたりを繰り返す。
よし、ポジティブに考えよう。
私は無理やりスキップをして家に向かった。
「ただいま」
「おかえり」
家族との何気ない言葉をかわし私は自分の部屋に急いだ。潤が私の部屋にいるという期待を込めて。
ドアをゆっくりと開ける。
電気はついていないが窓から差し込む月明かりで部屋は明るかった。しかし暗いことには暗い。
「いるの」
私が声を発した瞬間、ベットの上で闇が動いた。
「ああ、いるよ」
陽気ないつもの声が返ってきた。
ほっとした。いてよかった。跳ね上がりたい気分。
「電気、つけるよ」
「俺もう、行くんだ」
その言葉に電気のスイッチまで伸ばした手が止まってしまう。
「そろそろ帰らないといけないんだ......だから今夜でさようならってこと」
「なにそれ、つまらない冗談?」
わかっていた、行ってしまうなんてこと。だから本当は冗談だなんて思っていない。冗談であってほしいという希望でしかない。でも今じゃなくても、せめて心の準備ぐらいさせてくれても。
泣きたいなんて思っていない。でもなぜか無意識に涙がこぼれ落ちる。頬を温かいものがつたう。
「泣くなって、ゆっちゃん」
「本当に行かなきゃいけないの......」
涙の味が喉に詰まってうまく言葉が出ない
「しょうがないさ、俺はもう死んでるんだから」
今日、別行動になってからずっと変な不安に襲われてやっと会えたと思ったら行っちゃうなんて、こんな酷いことって......
潤が一歩こちらに近づき潤の姿が月光に晒される。
「俺は、ゆっちゃんのことが好きなんだ」
微笑みながらその言葉を口にした。さらりと普通の会話をするように。
「好きって......」
好き。
頭の中で渦巻いていた不快な感情が雲散霧消した。
なにかに気付いたようなそんな感覚。
私も......好きだったんだ......
「死んでからしか告白ができないなんて俺って卑怯だよな......あ、そうそう、俺は万能じゃないから、俺は......人に自分の感情を伝えるのが下手なんだ」
万能であろうが万能でなかろうが今はどうでもいい。とにかく行かないで。
「私も潤のことが......」
言いかけたとき潤が人差し指を私の目の前で立てた。
「それ以上は言わないでくれ、俺の片思いでいさせてくれ、両思いになっちゃったら未練が残って成仏できなくなる。告白できただけでもう十分だ」
そんなこと言われたって諦めれない。自分だけ告白するなんて許せない。
私は潤に手を伸ばす......
触れない。
触れられない。
触れられる距離にいるはずなのにどんなに手を伸ばしても手が届かない。空気を掴もうとしているような感覚、存在がないように思ってしまう......
「目を閉じて、消えるところは見られたくない」
「嫌だ! 目なんて閉じない!」
抑制していた感情が一気に溢れ出し大声を出してしまう。自分でも潤が幽霊であるということはわかっている。もう死んでいるということも。でも離れたくない。
「ゆっちゃんが泣くところを見るのは小学生の二年生のとき以来だな。あのときは面白かったよね、だってゆっちゃん、すごい転び方してさ、大爆笑したよ」
「そんな話どうでもいい! 行ってほしくない!」
泣きながら叫ぶように言うと潤が私の頭に手をのせた。しかし髪を触られている感覚はない。
「触られている感じ、しないでしょ、もう俺はゆっちゃんに触れることすらできないんだ。死んでいるんだよ完全に、もう人間じゃない......またいつか会えるって、暇なときまた会いに来る、だから一旦さようならだ」
しゃくりあげる自分を無理やりこらえ唇を噛み締めた。もうどうしようもない、彼は死んでいる。彼はもう生きていない。
私は涙でぼやける目を閉じた。下瞼に溜まっていた涙が一斉に溢れ出す。
諦めるしかない。
「またどこかで」
潤の言葉に私は目を閉じたままゆっくり頷いた。
そして数秒後、目を開けたときにはもう潤の姿はなかった。
あれからもう一ヶ月がたち私は潤の幽霊のことを忘れようとしている。
私はあの一ヶ月前なにもなく、ただの日常を過ごしていた。潤は死んでしまっただけで潤が告白したのは私じゃない。
そして私が愛したのは潤じゃない。
でも未だにどうしても思い出してしまうのは、あの夜私が目を閉じたとき潤が去り際に―――
私にキスをしたこと......
もちろん唇に触れた感覚はなかった、だから私の思い込みかもしれない。まあ、これもすぐに忘れることができるだろう。
学校から帰り玄関のドアを開ける。
いつもと変わらないはずの玄関で私は間抜けに口を開け呆然としてしまう。
「久しぶり、今日ベット貸してくれない?」
私はやっぱり潤のことを忘れられないみたいだ。
読んでくださってありがとうございました。
今回の小説で私ははじめて登場人物に名前を付けました。なんかしっくりこないんですよね~ まあ、私なりに頑張りました。
そしてはじめて主人公を女性にしてみました。私の書いた女性は女性らしかったか不安です。
なにか感想を書いていただけたら嬉しいです。(*^ω^*)気が向いたらでいいのでよろしくお願いします。