11
「俺はさ、最初から、なんにもなかったよ」
優輝は何も言わない。別に不幸自慢をする気はなかった。ただ、なんとなく話していた。
「親に言われて、私立の中学に行った。エスカレーターで高校に行った。いい大学に行った。少しも行きたいところじゃなかったけど」
適当な椅子を引いて座る。当時の自分の席は覚えていない。
「親に従って生きるのは楽だった。結果どうなっても、全部親のせいにできるから。他にやりたいことがあっても、行きたいところがあっても、黙って親の言う通りにした。だってその方が楽だから。楽な方をひたすら選んだ。従うという選択肢にも責任があるのに。多分本当に嫌だって言えば許してもらえたのに」
心臓がバクバクと鳴っていた。口にするのが、認めるのが痛い。
話せば楽になるなんて言うけれど、本当に秘めておきたいことは口にするだけで痛い。
痛い思いをしてまで、俺は何がしたいんだろう。楽に生きることが第一だったのに。
「なにより、他人を跳ねのけてまで選びたいものがなかったんだ。楽に生きることしか考えてなくて、やりたいことも、なりたいものもない」
鼻の奥も目の奥も痛いけれど、溢れそうなものを飲み込む。俺も優輝の前では泣けない。
「不謹慎かもしれないけど、失ったら空っぽになれるくらい何かに打ち込んでたお前が羨ましい」
優輝が振り返る。俺はその顔が見られなかった。せっかくこの席からは優輝がよく見えるのに。多分、あの頃見たかった景色なのに。
「ごめん、こんなこと言って。お前の方がよっぽど辛いはずなのに」
ああ、そうだ。痛い思いをしてでも、これが伝えたかったんだ。
「お前は、なんにもなくなんかないよ。たとえもうできなくても、何かにそんなに一途に打ち込んだだから」
「稔」
「ごめん、偉そうに。本当にお前の方が大変なのはわかってるんだけど」
「......稔」
大きく息を吸い込んだ。窓の外の空は馬鹿みたいに澄んだ青色をしていて、なんだかムカついた。羨ましかった。
「俺さ、公園行かなかったんじゃなくて、行けなかったんだ。勉強があったから」
一度流れ出した言葉はもう止まらない。これはもうただ口から出ただけだった。どうして俺は俺より辛そうな人に愚痴っているんだろう。最悪だ。
「結局は自分で選んだことなのに、公園を見るたびに悔しいんだ。俺も遊びたかった。戻れるなら、公園で遊びたい」
気が付いたら優輝が俺の目の前に来ていた。優輝が微笑む。
泣きそうだった名残の浮かぶ顔だったけれど、再会してから見た中で一番自然な笑顔に見えた。
「あるんじゃん。やりたいこと」




