【蒼】の世界樹
【蒼】の世界樹。
それは、傍若無人にして冷酷な世界樹の一本だ。
感情を排し、効率を求める治世を行うことから人々に恐れられている。
だが、彼のおかげで、ケルン地方がモンスターの被害を全く受けてこなかったのも、また事実である。
……という、地理書の内容を見て、【紫】の世界樹は吹き出した。
「ぶはっ……お前、こんなことを言われておるのか!
ただの根暗オタクのくせにのう!」
蒼い三つ編みの中性的な青年は、突然の訪問客に眉を寄せて、
「【紫】……貴様何しに来た。我は忙しいのだが」
「国作りごっこが、かのう?あーおかしい」
【蒼】の世界樹は机をたたいて立ち上がった。
「去れ」
「お前の圧政が悪いんじゃ。
人はどうせすぐに死ぬんじゃから、もっと慈しみを……」
全く話を聞かない妖艶な美女に、冷徹な青年は手当たり次第に本やらポスターやらを投げつけて、
「去れ去れ去れ」
「いたっ……ってお前、これ『あいどる』とやらのファンブックと等身大ポスターじゃな。やはり根暗オタクじゃ」
【紫】の世界樹はお茶で呼吸を整えてから、本題に入った。
「【翠】のやつは今人間の少年に乗り物として使われておる」
愛用のペンライトを片付けていた【蒼】の世界樹は、深刻な表情へと変わる。
「【翠】が?奴はそんな器ではないだろう。使役されるなど」
「だがのぅ、【翠】自身がそう望んでおるのじゃ。全くあの少年のどこが良いのやら……
まぁ愛嬌はあったがのう……」
不服そうにソファのクッションに顔を埋める美女。
青年は心底興味なさそうに、
「心変わりするものではないか」
「【黒】を止められなかったこと、悔いておるのやもしれん……
妾にとっては些末な事じゃが。話はここまでじゃ。
お邪魔虫が現れたら—―殲滅しておくれな」
「承った……ん、ちょっと待て」
最後に【蒼】の世界樹は呼び止めて、
「推し活は最高の娯楽だ」
と公式ファンブックを【紫】にすすめた。
「いらん」
世界樹はハイヒールで吹っ飛ばされていった。
それから数日後。
【蒼】の世界樹は自身の治める地方を歩き回っていた。
「【翠】は今日も空の上か。どこに向かっているのだろうか。
あちらにはずっと森が続いているだけなのに」
凛とした青年の美貌に、町行く人々は老若男女問わず足を止める。
中には世界樹に花束を差し出す少女もいた。しかし、人々の顔には喜びがない。悲しみもない。皆そろって仮面のように無表情だった。
「今日も変わらず秩序が保たれているようで何よりだ。
……と、ん?」
商店街の入り口で青年はふと立ち止まった。
何やら騒がしい声が聞こえてきたからだ。
「だから、おじさん。この水晶直してくれないとささがき」
「おっかないこと言うな、嬢ちゃん。諦めてくれ」
「これがないと困る。副団長の形見」
「うちの地方じゃ見ない複雑な構造だ。特注品のようだし、誰も直せないだろうな」
魔道具修理店の店主ともめていたカタナは、しょんぼりと肩を落とした。
水晶を返してもらい、沈んだ足取りで歩きだす。
「副団長なんで水晶割ったりなんかしたんだ……
欠片になっても世界樹の居場所を示してくれてるみたいだけど……」
その時、【蒼】の世界樹がカタナの行く手を塞いだ。
「世界樹?貴様世界樹を探しているのか?」
まずい。
その青年の気配を感じ取って、生来の武人であるカタナは後退る。
冷や汗が滝のように流れる。命の危機というのをひしひしと感じる。
世界樹はそんなカタナの様子に頷き、
「そうみたいだ。なら—―殲滅対象だな」
青年の袴の袖から、冷気が立ち昇る。
カタナはとっさに距離を取るが—―
「『氷枝』」
巨大な網のように、氷でできた枝が張り巡らされた。
そのうちの一本が、カタナの腕を掠める。
「—―ッ!?」
そして、触れた箇所が一瞬で凍てつき、氷塊に覆われた。
「我は抵抗など好まない。が」
カタナは、竜を切断するほどの蹴りを与えようと跳躍する。
「それでも抗う者には敬意で接することにしている」
しかし—―カタナの刃は爪一本で弾かれた。
脚も同じように凍結し、氷塊と化す。カタナは荒い息遣いで、世界樹を睨み付けた。
「終いだ。永遠に眠れ、武人」
カタナは歯を食いしばりながら地面に倒れ伏す。
と、そこでカタナの懐から水晶の欠片が転がり出た。
「……水晶?エルフが占いで使うものか?」
興味を抱いた世界樹は欠片を拾い上げる。そして、一瞬で元の水晶の状態に復元した。
「これで何をしようと……ハッ!?」
世界樹は叫んだ。
「この魔道具……!!『あにめ』を観られるだと!?神器か!?」
余りの衝撃に止めを刺すことを忘れて踊り狂う世界樹。
カタナは半ば冷めた目で、
「……それ、戦士団では普通」
と呟いた。世界樹は目を輝かせる。
「ななななんだと!?戦士団というのはそんな…」
「世界樹を探すの手伝うならもっとあげる」
世界樹は震えた。
「くっ……くぅ!!背に腹は代えられん!約束だぞ!」
そうして、根暗オタクこと【蒼】の世界樹はあっさり寝返った。




