空を飛ぶだけが世界樹ではない
世界樹を厩に預けた俺とサーラは、修道院の応接室で一息ついていた。
「七本の世界樹」
軽食としてスライムのチップスをすすめてくるサーラは、そう切り出した。
「一口に世界樹といっても色々ありまして。
【紅】、【蒼】、【黄】、【翠】、【紫】、【橙】、【黒】……
さすがに知っていますよね?」
「分かんない。俺学校通う前から迷宮で働いてたから」
さくり、とスライムチップスをかじる。げ、油だと思ったらスライムの体液じゃん。口直しに茶を一気飲みした。
「……大変だったのですね」
「そりゃ、モンスターに殺されかけたり、戦士にいじめられたり大変だったよ。
ドラゴンに乗るって夢があるから気にしてないけど」
サーラはなぜか気遣わしげに俺を見つめ、
それから俯いた。
「あなたの世界樹様がこのうちのどれなのかは存じ上げませんが……
今、国を震撼させているのは【紫】と【黒】の世界樹」
大理石の壁に魔法の絵がつづられ始める。
それは、戦士と世界樹が対峙している絵。
「彼らが、モンスターという人を襲う種族を作った張本人です」
壁の絵が動く。
紫色の世界樹と黒色の世界樹がモンスターを操っている場面が浮かび上がってくる。
湯呑を取り落としそうになった。
世界樹が?モンスターを作り出した元凶?
そんなバカげた話……
けれど、目の前の、世界樹に仕えるシスターは真剣な面持ちだった。
「え、じゃあ世界樹抜いたって結構大事じゃ……」
その時、応接室の扉が勢いよく開いた。
「おいサーラ!世界樹ライダーが現れたって本当かー?」
入ってきたのは、元気な子供の修道女だった。
「あらコレネ、ノックくらいしなさい……」
「知ってるぞ!サーラがお持ち帰りしたってな!」
「ぶふっ!?」
サーラが茶を吹いた。俺は首を傾げる。
「今のなんつう意味……」
「黙って!黙ってコレネ!どうしたらそんな解釈に!」
「司祭様が言ってたー」
「晴れ男あの野郎……」
「それで、この兄ちゃんが世界樹に選ばれたって奴か。腑抜けてる顔だなー」
地味に心をえぐられた……コレネという修道女は、無邪気に俺の頭をぺしぺし叩いてくる。やめて、馬鹿になっちゃう……
「礼拝に戻りなさいコレネ!他のシスターはどうしたの!」
「ご神体そのものが厩にあるんだから皆厩に行くだろー」
「それはそうですね!」
俺を太鼓代わりにしていたコレネは、サーラにあっさりとつまみ出された。
「……賑やかだな」
「まあ、私の大切な仲間たちですから。
彼女らだけが、死神ではない『私』と接してくれる……」
サーラは口を綻ばせて茶をすする。俺もそれに倣った。
—―しかし、その時だった
大きな鐘の音が鳴り響いたのは。
「侵入者だー!!!」
俺も、サーラも立ち上がる。
玄関ホールに踏み入った戦士は、言った。
「さァ、世界樹を渡してもらおう」
襲撃。
世界樹がある厩へとひた走る。
ステンドグラスから覗くのは、空を覆う暗雲。
「まずい!雨!」
サーラが目を見張る。
「ってことは……」
「司祭の力は借りれない!
あちらの陣営に晴れ男をしのぐ雨女がいる……!
先手を取られました!」
息をのむ。つまり、この場を—―俺たちだけで切り抜けなければ。
「厩への近道はこっちです!」
いくつもの道が絡み合う廊下を駆ける。まるで迷宮だ。
それなら簡単。俺は人生の半分を迷宮で過ごしてきた。
サーラの背中を追うことくらい、訳ない。
追っ手を振り切れる。—―そう思った瞬間。
「無駄。ぶつ切り」
銀閃がきらめいた。
回転する剣は、いつか迷宮で出会った少女。
「カタナ……ッ!!!」
咄嗟にサーラの服の裾を掴み、引き戻す。剣は空振った。
宙返りを繰り返して、少女は地面に突き刺さる。
「容赦はしない」
カタナの足が、覚悟を示すように鈍く光る。
「武人……!しかも剣ですか、これは厄介ですね」
四方八方を飛び回るカタナに、サーラは眉をひそめる。
「そもそも武人って何だっけっ?」
俺はぎりぎりのところで剣の切っ先を躱しながら尋ねる。
「武を極めし者達の種族……彼女は剣を極めすぎたことで剣と一体化してしまったんですよ」
「もう意味わかんね!」
唯一分かるのは、少女の足はドラゴンを両断する威力を持っているということ。
上段蹴り=死!
カタナが流れ星のように高速で刺突してくる。つま先が俺の頬をかすめる。
鮮血が飛び散った。
「ッ!」
馬鹿力による馬鹿バク転でなんとか二撃目は避けた。良く生きていられるものだと自分でも感心してしまう。
そんな中、サーラは顔を苦渋に歪めた。
「(使うか?死神の力を……
だがそれは私の誓いに反する……)」
修道服を着ている間は人を殺さない。
人間に迫害され、故郷から追放された時に自ら立てた誓いが、サーラを縛り付ける。
「(でもこのままだと……何百年ぶりかのドラゴンライダーが、死んでしまう!)」
死神の爪が黒く染まる。
生を刈り取る鎌が召喚されようとしたその時――
「あれ?そういえばカタナって体全体が武器じゃなかったじゃん」
俺はふと気付いた。
「忘れちまってた……そうだよ、刃なのは足だけで……他は柄だ!」
両手を差し出す。カタナが一直線に向かってくる。
「な、何をする気です!?よけて!!!」
一瞬呆気に取られたサーラが叫ぶ。
俺は、振り返らず答えた。
「剣は握るものだろ!!」
体の横をカタナの足が通り過ぎていく。俺は、イチかバチか反射的に——
カタナの上半身を捉えた。
掴もうとした。
そのはずだった。
けれど……
「きゃぁっ!?」
タイミングが悪かった。
俺が触れたのは、その……女の子なわけで……
カタナは不時着してその場にうずくまった。
「ご、ごめんなさい……」
どう謝ったらいいのか、右往左往して立ち尽くしてしまう。柔らかい感触が手に残っている。
カタナは潤んだ瞳で赤面し、俺を睨み付けてくる。
「許さない……っ、みじん切り、みじん切り、みじん切り!!!!」
断腸の思いで土下座をしようとする俺は—―首根っこをサーラに掴まれた。
「ラッキースケベ……早く世界樹様のところに行きましょう」
「え俺謝ってこなきゃ」
「いいじゃないですかあなたには世界樹がいるでしょこの変態」
「わざとじゃないんです!」
厩はすぐそこだった。
「包囲されていますね……」
案の定、厩の入り口はカタナの仲間に取り囲まれていた。
腕章を見るに、戦士団。真っ向から挑んだら肉団子になってしまう。
と、そこで厩から避難してきたシスターの一人が駆け寄ってきた。
「メアリー、皆は無事ですか!?」
「大丈夫よ、でもコレネが……」
修道女は、震える手で厩を指差した。
「コレネが……戦士団にケンカを売ってしまったみたいで!」
俺とサーラは顔を見合わせた。
読んでいただきありがとうございます。
コレネのプロフィールを紹介しておきましょう。
コレネ:狂戦士(13才) 茶色短髪 好きなものは命の危機に瀕している時の高揚感
です。




