沙羅双樹
サーラメインの回となります
翌朝。
俺は薪を割りに小屋の外に出ていた。
世界樹自身の希望もあって、世界樹の体を台にして斧を振り下ろす。
故郷の村でも迷宮でもこき使われてきたから慣れたものだ。
と、そんな様子を目撃していた者がいた。
サーラだ。
「な……っ!世界樹様を薪割り台にしている……!?
どこまで罰当たりなんですかあなた!?」
一応世界樹に仕える身であるサーラは、戦々恐々として俺を見つめる。
「世界樹硬いから便利なんだよ。って、その服何?」
サーラは、東の国の浴衣なるものを着ていた。修道服以外のサーラなんて初めて見た。
「よく似合っているでしょう?ヴェルティアさんが貸してくれたんですよ。
サーラちゃんはなんでも着こなせるんです」
「うん。確かに……」
すごく死神っぽく見える。
忘れていた。そういえばこのシスターって最上位の種族だったっけ。
「って、私は世界樹様に祈りを捧げるために来たんでした」
サーラは世界樹の前に跪く。そして、合掌した。
「世界樹様、今日も私たちをお守りください……」
慈愛に満ちた、仏のような横顔だった。
修道女。死神。仏。
彼女の本当の姿はどれなのだろう。
そして絞り出した言葉は—―轟音によって遮られた。
「現れましたね」
森の奥から姿を現したのは
—―木々の背丈を優に超す、巨大な紫の悪魔。
ひゅっと、喉が変な音を立てる。
本能がヤバいと連呼している。死のビジョンが見える。ドラゴンなんて可愛いもんだ。目の前のこいつに比べたら。現に、世界樹までもが後退っている。
悪魔はいびつな笑みを浮かべた。
喰われる—―
「あら、これはまた大物。気配は感じていましたが、これほどまでとは。
シデ、あの悪魔はなんだと思います?」
「わっかんね!紫なんて聞いたことねーよ!
てかどうせこのモンスターもだっさい名前でしょ!?」
テンションがおかしくなって叫ぶ。
サーラは真剣な面持ちで、
「姿は違えど、アレは……イフリートです」
唾が変なところに入って窒息しそうになった。
イフリートってあれじゃん。最近一つの国を滅ぼしたってヤツじゃん。
シデ齢14才世界樹ライダー、道半ばで殉職す……
「早いですよ諦めが」
そんな状況の中、サーラは不気味なほど落ち着いていた。
頭についた輪っか状の角が輝きを放つ。
「ねぇ、シデ」
サーラは牙を見せて微笑んだ。
「死神と悪魔、どっちが強いと思います?」
爪が黒く染まる。
宙から鎌が舞い降りる。
サーラの白髪が、漆黒のぼろへと変わっていく。
「あまりにも醜いので、見ない方がいいですよ」
真っ黒に塗りつぶされた外見から、真紅の眼光だけをうかがうことができた。
イフリートが雄叫びを上げる。
最大威力の、呪いの炎と共に。
「死二ハ死ヲ」
だが、サーラは炎の海を、鎌を回すだけで切り抜けていく。
彼女には火傷ひとつない。
「殺意二ハ殺意ヲ」
俺は、世界樹にしがみついたまま、その光景に釘付けになった。
黒と赤と紫が弾ける、鮮烈な光景に。
サーラが、イフリートの懐に潜り込む。
イフリートが腕を振り払う。
—―が、その前には、腕は斬断されていた。
「今、楽にしてあげます」
死神は、穏やかな声音で呟いた。
それから、ストン、と。
優しくて柔らかい音がした。
見ると、イフリートの首と胴が、切り離されていた。
断末魔もなく、あっさりと。
「私は無闇な殺生は好みません」
最後に、サーラは悪魔の頭を撫でた。
「悪魔も死神も、誰かの死の上に生きている。
そうではないと、生きていけない。
だから、最大限の敬意をもって接するべきだと、思うのです」
どこか泣きそうな呟きだと思ったのは、俺の勘違いだろうか。
次に振り返ったサーラは、いつもの愛想笑いをまとっていた。
「サーラって……」
言葉が自然と出ていた。
「どうして、修道女になったの?」
サーラは、少し考えこむ素振りを見せてから、
「誰かの命を奪うことしかできない私が、祈ることで誰かを救済したかったから」
と、空を見上げながら、独り言のように答えた。
修道女。死神。仏。
俺は、その背中に語り掛けたくなった。
「サーラは何着ても似合うよ」
サーラは、盛大に赤面した。
それから、何故かあたふたと取り乱していたと思うと――
いきなり俺の頬を張った。
「本ッ当に、あなたバカなんですね!」
強烈なビンタだった。
顔を真っ赤に染めたサーラはそのままつかつかと歩いていく。
……あれ?俺なんで殴られたの?
世界樹が、鈍感バカに「有罪」と書かれた札を挙げた。
【紫】の世界樹は唇を嚙みしめた。
「妾のとっておきの玩具が……死神ごときに壊されるとは。
あと何青春してんだあのババア死神!羨まし……間違えた、平和ボケしおって!」
美女は子供のように地団駄を踏んだ。
それから、紫色の蔓でできた球を取り出して、
「ふん、妾の誤算じゃ。次はもっとモンスターを増やして……」
そこで、【紫】の世界樹は細い手を掴まれた。何もない場所から転移してきた
—―【蒼】の世界樹によって。
「モンスターを生み出すとは……我の秩序が乱れるではないか」
袴姿の青年は、絶対零度の視線を向ける。その傍らに控えているカタナに、【紫】の世界樹は敵意をむき出しにした。
「お前……戦士団に寝返ったのか。根暗オタクめ」
「貴様も、哀しいひがみド陰キャだな、【紫】」
七本しかいない、世界樹同士の衝突が、今日も陰ながらに勃発する。
読んでいただきありがとうございます。
今回は、属性ごった煮の我らがシスター、サーラにスポットライトを当てました。
サーラという名前は、お釈迦様が亡くなった際に生えていたとされる、沙羅双樹から来ています。
人ではないから人よりも人生に悩む。
そんな死神ヒロインを温かく見守っていただけますと幸いです。




