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あれから3週間、啓人さんの顔を見ていないし、After The Lightsの扉を開くこともしていない。
あの日、あんな風に勢いで飛び出してしまったから、こちらから連絡することは憚られて、何もせずにいたら本当にかかわることがなくなってしまった。
考えてみれば、これまでに一度だって啓人さんの方から、会いたいだとか、話したいだとか、そんなふうに求められたことなんてなかったことに気付く。
彼にとって俺は、引き止める努力も惜しいほど、取るに足らない存在だったのだろうか。
せめて、理由くらい聞かせてくれたっていいのに。
訳もなく拒んだんじゃないよって、納得できる理由があればいくらでも待てたのに。
考えていると気分が沈んできて、ため息ばかりがこぼれる。
もう3週間も前の事で、未だに涙が滲んでくることがあるのだから、自分の女々しさにもほとほとあきれ返るってものだ。
こんな時は、誰かに話すに限る。
宗次郎と別れた時は啓人さんと話すことで気持ちが軽くなったし、この間は真修くんが話を聞いてくれたおかげで少し前向きになれた。
だけど彼とは連絡先を交換していないから、一番手近なカウンセラー、姉を召喚することに決めて、携帯にメッセージを送った。
姉の好物は肉と梅とチーズで、その3つを同時に取ることの出来るとんかつは、撒き餌として最適だ。
普段のランチでは入らない様な、ちょっと高めの専門店に姉をおびき寄せ、話を聞いてもらうことにした。
「よう。」
「よう。」
「どしたの、燈士から呼び出してくるなんてめずらしいじゃん。」
「ん~…、休みの日にひとりで居ると気分が沈んでどうしようもない。」
「えぇ?」
「…気が付くと1時間くらい、剪定した茎の繊維を細かく裂いてたりする。」
「はぁ?なにそれ、意味わかんない、どうしたの?…ふっ、想像したらちょっと笑えるけど。」
「笑えねぇわ、こっちは毎日泣いてんだよ…。」
「え、なに?本当に何かあったの?仕事関係?」
「ううん。」
「え、失恋でもした?」
「…うん。」
「えぇ⁉マジで?宗ちゃんと別れた時だってそんなふうになってなかったじゃん!1、2週間もしたら、意外と大丈夫~とか言ってへらへらしてた癖に。」
「へらへらはしてなかっただろ…。」
姉が両手で作ったピースをチョキチョキと動かしながらおどけたポーズをして見せるので、そんなことはしていないと否定はしたが、確かに宗次郎と別れた時もこんなに落ち込んではいなかった。
――だって、あの時は啓人さんが隣にいてくれたから――
あの日、一晩中、彼は俺にとっての最高の親友でいてくれた。
甘くてあたたかなコーヒーと、心地よい笑い声。
欲しいタイミングで打たれる相槌に、黙って話を聞いてくれる優しい瞳。
あの日無条件で差し出されたものすべてが、ぽっかりと空いた心の穴を塞いでくれていた。
今は、何もない。
何も残っていないから、突然心に空いた大きな風穴を、埋め立てることも出来ずに苦しんでいる。
思い出して、またじんわりと視界が滲む。
姉が、今度こそ心配そうに、大丈夫?とタオルを差し出して言った。
本当は、食事代は自分が持つはずだったのに、姉は落ち込んでいる弟に追い打ちをかけるのは気が咎めると、自ら支払を買って出てくれた。
ありがたく好意を受け取って、持つべきものは頼り甲斐のある姉だと確信する。
伝票を持って会計に向かう姉とトイレの前で別れて、再びレジ前で合流すると、誰かと盛り上がって話し込んでいる姿が目に入った。
近づいてみて驚愕する。
レジカウンターの中で姉と話ている男性に、見覚えがあったからだ。
輝くブロンドの髪に、澄んだ海みたいなラグーンブルーの瞳。
見間違えようもない、見知った顔の色男に、こんなところで奇跡的に再会を果たしてしまった。
「ま、真修くん!」
「え!燈士さんじゃん!なに?ふたり知り合い?」
「知り合いっていうか、姉ちゃん…。」
「あ、え?そうなの?マジで?」
「え、逆に姉ちゃんたちなんでお互いの事知ってんの?」
「…あはぁ~、真修は、元カレの弟。」
「え!」
「一晏って覚えてる?」
「うん、覚えてる!前一緒に…なんだっけ?あれ、あ、シュラスコ?食べに行った!」
「アンタよくそんなこと覚えてんね。」
「うん、だってシュラスコ食べに行ったの初めてだったし…、姉ちゃんが3次元の彼氏連れて来るのも初めてだったから。」
「ははっ!言い方!」
「…まぁ、そう、その、一晏の弟…。」
「マジで!なんだよ、めちゃくちゃすごい偶然じゃん!」
「イアンとあかりちゃんが上手く行ってたら、俺達義理の兄弟だったかもね。」
「たしかに。」
「まぁ、無いけどね。あいつ天然すぎて無理。」
「あはっ、あかりちゃん辛辣。まぁ確かに、誰も貰ってくれないからイアン、未だにひとりで寂しくやってるけどね。」
「誰も近寄らせないのが悪いんじゃない?天然のくせに誰にも頼れない性格が良くないよ。」
「まさにそれなんだよな。…そうだ、天然と言えば燈士さん、あの後啓人さんとはどうなった?」
「……会ってない。」
「えっ!なんで⁉今頃仲良くやってるかなって思ってたのに…。」
「なんか…、向こうから来たくせに、こっちが近づいたら拒否られた。」
「はぁ?…どういうこと?」
あの日の顛末を真修くんに話すと、最後まで黙って話を聞いてくれていた彼の顔が驚愕に歪んだ。
隣で聞いていた姉も、ムズムズした顔で眉間にシワを寄せている。
「うわぁ…、やりすぎたかぁ、それはマジでごめん。」
「いや、真修くんのせいじゃないでしょ、俺あの時真修くんが話聞いてくれてすごい嬉しかったし。」
「んー…、でも、今は燈士さんすごい傷ついてんじゃんよ。だからごめんね、責任はとるよ。」
「責任って?」
「うん、何とかするから一旦俺に任せて。」
「ん?」
「とりあえず、連絡先交換しない?」
「あぁ…、うん。」




