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こちらの小説は、短編小説『ハーデンベルギアの花言葉』(https://ncode.syosetu.com/n7644ko/)の続編となっております。

こちらを読み始める前に、ぜひ『ハーデンベルギアの花言葉』をお先にどうぞ。


アリかナシかって訊かれたら、当然アリだって答える。

第一印象がよかったし、なにより見た目が抜群にタイプだ。

だけど三件目でウチ来ない?と誘われた時、印象が少し変わってしまった。


偏見は無いと言ったくせに、まるで当たり前に俺がホイホイついて来てくるとでも思っているような口ぶりだ。

簡単に慰め合いに応じそうなヤツだと思われている様で良い気分はしない。


誰でもいいからと傾れ込むタイプの人間は苦手だ。

付き合うなら、自分がいいと選んでくれる人がいい。


そのうえ、今の自分にはストレートの男性を選ぶ事は以前よりハードルが高い。

まだ出来たてほやほやのトラウマから、そういった男性はいつか、結婚していなくなってしまうかもしれない、と心のどこかでブレーキがかかるからだ。


「今日はもう遅いから、そろそろ帰って休んだ方がいいですよ。」


やんわりと断りを入れる俺に、吉野さんの縋る様な目線が絡みついた。

披露宴会場のステージ上でみた、あいつの顔が思い出されて苦い気持ちになる。


「今日だけは、どうしてもひとりになりたくない。…お願いです、僕と一緒にいてくれませんか。」


その必死の懇願を拒絶する事が出来なくて、意思とは反対に首が勝手にこくんと縦に動く。

吉野さんが安心した様に、あの柔らかい表情でにこりと笑った。

俺はその笑顔から目が逸らせない。



“After The Lights”のオレンジのネオン看板、海外のバーを思わせるチャコールグレーの外壁に囲まれた、大人の為の図書館みたいなそのカフェの前まで来て、吉野さんが足を止めた。 アンティーク調のシックな扉を開けて、どうぞ、と中へ招かれる。


想像していた"ウチ"とは全くの別物のその場所をみて、偏見を持っていたのは自分の方だったのかもしれないと思った。

誰でも選び放題の男前が誘って来たからといって、必ずしも自分が”そういう目“で見られているわけでは無いという事。

それを心のノートの新たな1ページに書き加え、扉の内側へと足を踏み入れた。


「何か飲みますか?大抵のカフェにある様なメニューなら出せますよ。…酒はないけど。」


吉野さんのその言葉を聞いて、なおさら自分が恥ずかしくなった。


「コーヒー、好きですか?苦手なら、紅茶やココアもあるし、ジュース類も用意がありますけど。」

「好きですよ、コーヒー。今は甘くてあったかいのが飲みたいかな。」

「よかった、好きで。実はコーヒーが一番自信があるんです。ホットのカフェモカ、淹れますね。」


ホットのカフェモカとアイスのカフェオレ、四角いチョコチップのスコーンをトレーに乗せて、吉野さんが俺の座るソファ席までやってくる。

どうぞ、とテーブルにカップを置く手が全くぶれていない。

いつもそうしているみたいに、慣れた手つきでコーヒーを差し出して来た。


「“ウチ”って言いませんでした?」

「あぁ、ここの2階が僕の家なんですよ。…あ、ゆっくり寝転がりたい、とかであればそっちに移動しますか?」

「いえ、そう言うつもりで言った訳では…。」


あ、と何か思い当たる節があったと言う様に、吉野さんが額を抑えて申し訳なさそうにこちらを見た。


「そうですよね、あの状況で家に誘われたら、普通はそういう意味に捉えますよね…、すみません、考えなしにこんな。」

「いや、全然、…全然謝る事じゃ無いですよ、むしろ俺が勝手に勘違いしたのが悪いんですから。」

「…よく来てくれるお客さんが、僕の無自覚に人を誘うくせ、直した方がいいと言っていました。…まさに、こういうことですね。」

「その人の意見には、全面的に同意しますよ。」

「ええ、彼の言う事は、大抵正しいことばかりです。年齢の割に、よく本質を見抜いてる。」

「…その彼とは、何か特別な関係なんですか?…その、親しそうに聞こえたので。」

「特別といえば特別ですね、彼との出会いは、このカフェを始めて良かったと思える出来事のひとつですから。…あくまで、お客さんと店員の関係ですけど。」

「そうですか。もし、別の場所で出会っていたら、関係が発展していた可能性も?」

「いえ、いえいえいえ、…彼は当時まだ高校生でしたから、手を出すわけにはいきません。…犯罪者にはなりたく無いです。」

「ははっ、その否定の仕方、高校生じゃなかったら手を出していたって言ってるみたいですよ。」

「うっ、…確かに。」


吉野さんのその態度に、確かに偏見がないと言う彼の言葉が嘘ではなかったことを確信する。

そうなると、彼の鼻につく嫌な部分は全てなくなって、単なる寂しがりやで天然タラシの笑顔が素敵な男前などという、誰しもが魅入られる事間違いなしの優男が、今俺の目の前に座って居ることになる。

おまけにまっすぐで愛情深い心の持ち主だなんて、もはや反則級の色男だ。


「…でも、それでも佐野さんは今日、ここに来てくれたんですね。…逃げられなくて良かった。あそこで君を逃していたら、今頃僕は、ここでひとり、夜通し泣き続けているところでしたよ。」

「俺も、吉野さんがこんなに悲しんでる姿を見せてくれるから、自分の痛みから目が逸らせてるだけかも。」


口元だけで笑みを作った吉野さんの見下ろす先で、結露したグラスから水滴が一つ、滑り落ちた。


「…佐野さん、結婚初夜って………、政略結婚でも、初夜は初夜なんでしょうか。」

「…まぁ、そうでしょうね。」

「っ…、今頃、誰のことを考えているのかな。」

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