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深夜から朝方に掛けての時間帯、特に早朝の2時から5時頃に掛けての数時間は、カフェに来店するお客さんも少なく、啓人さんの仕事中とプライベートの両方を良いとこ取り出来るゴールデンタイムだ。

それに気付いてからは、次の日が休みだと、終電前の電車に乗って、明け方始発の電車が走り出す時間になるまでカフェで過ごすことが多くなった。


車で来ない理由としては、寝不足の身体で運転することに危機感を覚えるし、何よりいつでも帰れるという安心感から、ずるずると帰宅する時間を先延ばしにしてしまう図がありありと思い浮かぶからだ。


いくら寂しがり屋の啓人さんと言えど、一日中俺に居座られていたら、さすがにうんざりするだろう。

だからあらかじめ来る時間と帰る時間を設定しておいて、ルーティンワークみたいに、頭で考える隙もなく体がきちんと家路に就く判断が出来るよう、仕組みづくりをしておいた。


「雛木くんって、やっぱり俺の推しに似てるわ。」

「ルミナスのオウですか?」

「うん、言われない?」

「たまに言われますね、本当たまにですけど。」

「やっぱり?雛木くんモテそうだよね。」

「いや、体感ではそんな感じないですけど。」

「ホントに?見る目ないなぁ、君の周りの子達は。」

「…佐野さん、俺の事口説いてるんですか?」

「君が男もいける口ならね。」

「あぁ~…。」

「ふふっ、冗談だよ、そんな困った様な顔しないで。…まぁ、俺があと十歳若かったら、本気で狙いに行ってたかもしれないけど。」

「よかった、本気の佐野さんから逃げられる気がしないんで。」

「あぁ…、なんだよ可愛いな。」


めずらしくカウンターの手前側で作業をしていた雛木くんを捕まえて、声を掛ける。

彼は見た目がいいが、言う事もかわいらしい。

若いって本当に素敵だ、話しているだけで自分も若返ったような気がしてくる。


切れ長の目を手元に向けて真剣な顔で仕事をする横顔を、頬杖を突きながらしばらく眺めた。

そこに啓人さんが後ろからやって来て、雛木くんに声を掛ける。


「ひな、それキリがいいところまで終わったら、今日はもう上がっていいよ。」

「え?…あ、はい。」

「代わりにお願いしたいことがあるんだけど、帰りにこれポストに入れてきてもらってもいい?」

「わかりました。」

「ん、ありがとね、よろしく。」

「はい。」


バックヤードに姿を消して、すぐに荷物を背負って出てくる雛木くん。


「なんだ、雛木くんもう帰っちゃうの?」

「はい、店長のお達しなんで。…じゃあまた。」

「うん、またね。」

「お疲れさまでした、お先に失礼します。」

「気をつけて帰ってね~。」


彼が店の外に消えていくのを見送って、すぐさま啓人さんがカウンター席に座る俺の隣のイスに腰かけた。


「お客さん、次は僕の相手してよ。」

「あ、No.1直々に卓についてくれるの?」

「やっぱり、燈士くんはここをホストクラブか何かだと勘違いしてるんだ。」

「ふはっ、ここはロクに金も落とさず何時間も居座るような質の悪い客にも、丁寧におもてなししてくれる優良店だからね。」

「燈士くんには個人的にそれ以上にお世話になってるからさ。」

「そうかなぁ?こんなVIP待遇受けられるほどの事してないと思うけど。」

「ん~ん、それは僕にとって君がここに来てくれることの価値がどれほどのものか理解してない発言だな。」

「出たな、天然タラシめ。」


俺の言葉に、啓人さんが頬杖を崩して笑う。

そのまま腕を組んで顎をその上に乗せ、目線を下の方に向けながらため息をついた。


「はぁ~…。」

「どうしたの、啓人さん。」

「…ひなのこと、予定より1時間も早く帰しちゃったよ、…変に思われてないかな?」

「あ、やっぱり?今日やたら早く帰ったなぁと思った、一時間も早かったんだ。」

「うん。」

「どうしたの?」

「ん?」

「俺に話したい事あるんでしょ?」

「あぁ…うん、え~と……、いや、やっぱ、いいや。」

「え~?なんでよ、添い寝したいんじゃないの?」

「…なんでわかるの?」

「だって、なんか顔色よくないし。」

「ははっ、こんなんじゃNo.1の名が廃るな…。」

「ふっ、俺達ホストとボーイ?そう考えると途端に爛れた感じ出るけど。」

「ははっ、じゃあ燈士くん、今日はアフター頼みます。」

「了解です、ロングコースですね。」

「ぶふっ、生々しいなぁ、もう。」

「はははっ。」

「あ、眠かったら先に上あがって寝てていいからね?」

「うん、わかった。でも啓人さんと話したいからまだ下にいるよ。」

「そっか、じゃあ上がるタイミングで声かけてね。」

「了解でーす。」


欲求不満がたまっている所為だ。

だからこんなにも些細な要求に、自分が求められていると錯覚してしまいそうになる。

眠れないベッドの中でそのことにハッと気付き、今の自分達の立ち位置がホストとボーイに似た関係だと言うのも、心情的に言えば、存外的を射ていると感じた。


自分は考え過ぎているのだと思う。

啓人さんは俺にその気がないからこそこんなことをしながらもぐっすりと眠れるし、意識もされていないから何食わぬ顔で当たり前に体をくっつけて来る。


もう、いいや。

考えるのはやめよう。


最初から、何かが起こるはずもないという前提の下でそこにいれば、好きな人の腕の中だろうとなんだろうと、意識をせずにいられる。

意図的に意識を他に逸らすようにしたら、幾分か気持ちが楽になった。


その日、ただ温かい胸に身を預けて目を瞑り、体が求めるままに睡魔に食らいついたら、驚くくらいにぐっすりとよく眠れ、目覚めた時にはここ最近で一番と言うほど頭がすっきりとクリアになっていた。


そんなことがあったから、俺たちが琴律ちゃんの言うところの“ソフレ”の関係になだれ込むには、そう時間はかからなかった。



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