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お昼過ぎ、目覚ましの音で目を覚ました啓人さんが、大きく伸びをしてコキコキと体を鳴らした。
俺の視線に気づくと、にこりと笑って優しく頭を撫でて来る。
なんでこの人、こういう事さらっと出来ちゃうんだよ?
何も考えないでやっているところが、本当にむかつく。
「いやぁ~!想像以上にぐっすり眠れた!燈士くん、本当にありがとう!久しぶりに目覚ましの音で目が覚めたよ。」
おかげさまでこちらはすっかり寝不足ですよ、と恨み言のひとつも言ってやりたくなったけれど、すっきりした顔で嬉しそうに笑う啓人さんに絆されて、つい『よかったね』とこちらも笑顔になって返してしまった。
「燈士くん、目覚めの一杯は何にされますか?紅茶?コーヒー?」
「ん~…、カフェモカ?」
「ふふっ、好きだねぇ…、起きてすぐ甘いの平気?」
「うん、平気…むしろ今は甘いのがほしい。」
温かい体温を感じながら眠ったことで、実際の睡眠時間以上に体力を回復出来たような気はするけれど、それでもこれから運転して家へ帰ることを考えると、脳みそに糖分が必要な気がした。
服を着替えて1階に飲み物を作りに行くという啓人さんの後を追って、螺旋階段を下りる。
1階のカウンター内には、日勤スタッフの琴律ちゃんがノートパソコンで作業をしている姿があった。
一緒に降りて来た俺たちふたりの顔を見て、『ぎょえ』っとカエルのつぶれた様な声を出して口元を覆っている。
「えっ、えっ、なん…っ?どういうことですか?なんで佐野さんが2階から?」
「おはよう琴律ちゃん、朝2階に泊めてもらったんだ。」
「ふぁっ!?いや、え?ふたりって付き合ってんですか?」
「ん~ん、一緒に寝ただけ。」
「啓人さん、それ誤解されるやつ。」
「え、付き合ってないで一緒に寝る?…それって、…え?いわゆる…。」
「ほらぁ、言ったじゃん…。」
呆れながら言うと、『ん~、僕たち体の相性がいいみたいなんだよね、おかげですっきりした』などと、おおよそ啓人さんらしくないジョークをニヤニヤとした顔で放つから、琴律ちゃんも俺も、絶句して同じような驚いた顔を見合わせてしまった。
「待って、処理が追い付かない…、それって身体だけの関係ってことですか?」
「ん~、燈士くんと僕の場合、どっちかって言うと、“心だけの関係”かな。」
「え、なんですかそれ。」
「あのね、琴律ちゃん、啓人さんらしくないこと言うから本気にしちゃったかもだけど、全部冗談だからね?」
「なんだ、そうだったんですね…、ついに私の妄想が現実になったのかと思って興奮したのに。」
「ははっ、興奮って…、でもまぁ、燈士くんと一緒に寝たのは本当だよ。」
「え!なにそれくわしく!」
「最近どうも人肌が恋しくてよく眠れなくてさ、昨日は燈士くんに眠るのを手伝ってもらったんだ。」
「うわぁ~…、店長の天然タラシが炸裂してる…。」
『佐野さん、昨日ちゃんと眠れました?』とヒソヒソ声で聞いてくる琴律ちゃんに、『全然』と答えると、『ですよね、目がバキバキだもん』と苦笑いしていた。
「てんちょー、そういう関係ってなんていうか知ってますか?」
「そういう関係?…わかんない、なに?」
「“ソフレ”って言うんですよ!わかってます?」
「え!僕達ただ一緒のベッドで寝ただけだよ!」
「知ってますよ!だからそれをソフレっていうの!」
「えぇ…?なんか響きがいやらしいな。」
「言っときますけど、セフレよりソフレの方がよっぽど進んだ関係になっちゃってるんですからね!」
「え…?」
「だってそうでしょう?体より心を開く方が難しいんですよ、人って。…ソはセの次って決まってるんだから。」
「っ…。」
「なるほど、上手い事言うね、琴律ちゃん。妙に納得しちゃった。」