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明け方、あの後来店した数名のお客さんが帰ったタイミングで店を閉め、2階に案内してくれる啓人さんに連れられて、螺旋階段を昇る。
部屋の奥の壁際に備え付けられたソファーに座り、そこで彼がシャワーを浴びて出てくるのをじっと待った。
え?これ冗談じゃなくて俺、これから啓人さんと一緒に寝るの?同じベッドで?
添い寝って、ホントに添い寝だけ?ぼかして言ってる訳じゃないよね?
一応昨日の夜寝る前に風呂浴びたけど、もう何時間も前の話だし、俺今ニオイ大丈夫?臭くない?
え、どうしよう、今日俺眠れなくない?何かあっても無くても、眠れないパターンのやつじゃない?
表面的にはソファーでぼうっと待っているように見えるかもしれないけれど、頭の中はもうパニック寸前で、心臓がドキドキとうるさくて仕方がない。
ガラッとシャワールームの扉が開く音に、ドキリと体が跳ねる。
啓人さんが濡れたままのゆるくウェーブがかった髪をタオルで拭きながら目の前まで来た時、緊張がMAXに達して言葉が出なかった。
「…あれ、待っててくれたんだ?先に寝ててくれても良かったのに。」
この一言で、啓人さんの言う添い寝が本当に“ただの添い寝”なのだという事が分かった。
自分の持つ、何かを期待するような気持ちがまた恥ずかしくなる。
「…ぃ、あ、…はい。」
「ふふっ、どうしたの?……歯磨く?予備のブラシあるよ。」
「あ、うん、磨く、ありがとう。」
並んで歯を磨きながら、鏡越しに目が合って、すぐに逸らす。
啓人さんがまた、ふふっていつもみたいに笑った気配がして、恥ずかしさに急いで口の中を濯ぎ、啓人さんが戻って来る前に寝てしまおうと慌ててベッドに入った。
「燈士くん…。」
「はい。」
「ははっ、なんで敬語に戻ってるの。」
「いや…。」
「…ごめんね、ちょっとだけそっちにずれてもらってもいい?」
「あ、うん。」
布団の中で壁際に身を捩って、人ひとりが十分に入れる分のスペースを作る。
一枚しかない掛け布団の間に入り込んでくる啓人さん。
そのシャンプーの良い香りのする体に、ドキドキと色んな種類の緊張感が胸を襲った。
・
「ねぇ…、燈士くん。」
ぴったりと俺の左腕に右腕をくっつけて目を瞑っていた啓人さんが、唐突に声を掛けてきた。
もうこの状態になってから数十分は経っていたから、とっくに眠っていると思っていたのに。
案の定こんなシチュエーションで呑気に眠れるほどの強メンタルを持ち合わせていなかった俺の頭は、冴えに冴えていた。
それでも啓人さんの急な声掛けには驚いて、ビクっと大げさな反応をしてしまう。
「あ、ごめん、びっくりさせちゃった?」
「いや、…うん、大丈夫だよ、どうしたの?」
「あぁ…、えーと、あのさ。」
「うん?」
啓人さんが顔をこちらに向けて、少しためらいがちに口を開いた。
「……添い寝って、どこまでしていいの?」
その質問に、ドキィッ!と漫画の効果音みたいな音がするほど、心臓が大きく飛び跳ねた。
いやいや待ってよ啓人さん、その質問、俺にする?
多分だけど、いや確実に、俺の“どこまでしてもいいか”の許容範囲より、啓人さんのそれの方が狭いと思うんだけど…。
俺は正直、どこまででもいい、啓人さんがしたいことすれば?って感じ。
でも、具体的に何と答えていいかが分からなくて、さすがに黙り込んでしまった。
「あのさ、…腕枕したいって言ったら、怒る?」
「え、あ、いや、…いいよ、全然。」
危うく『それだけ?』なんて口走りそうになって、しどろもどろになって返事をする。
くそう、この天然ノンケタラシめ。
アンタのせいで、こっちは無駄に何個もライフが削られてるっていうのに。
え、いいの?と嬉しそうに腕を広げる啓人さんの胸に体を寄せて、大人しく抱きかかえられる。
対面で抱かれていると息をどこに吐けばいいのか分からなくなって、腕の中で身じろいで啓人さんが向いているのと同じ方向に体を反転させた。
やっぱり今日は眠れそうにない。
だけどそんなことはもう、どうでもよくなっている。
頭上から聞こえる穏やかな寝息に、自然と笑みがこぼれた。