9
深夜2時、嫌な夢を見て目が覚めた。
両目から零れ、右耳に溜まった水滴を拭って、体を起こす。
夢の内容は覚えていないのに、その時感じた悲壮感と空虚な気持ちだけが、まだ胸に残っている。
原因には何となく心当たりがあった。
宗次郎と別れてからすぐは、このような事は頻繁にあったから。
枕もとの携帯を掴んで画面を確認する。
―AM2:36―
朝と呼ぶには早すぎる。
だけど経験上、今日はこれ以上眠れない。
明日が休みであることに心底ほっとして、ゆっくりとベッドから足を下ろした。
一応、眠る努力だけはしてみようとキッチンでハーブティのパックを用意して、電子ケトルに水を注ぐ。
その時脳裏に、ミルクピッチャーにミルクを注ぐ啓人さんの姿が思い浮かんだ。
疲れているときほど体が求める、癒しの一杯の味と一緒に。
なめらかな口当たりのやわらかく泡立ったミルク、その日の気分に合わせて調節されたチョコレートのあま味、気分を落ち着かせる深い香りのコーヒー。
啓人さんは今日の俺をみて、どんな1杯を注いでくれるだろう。
ー…あぁ、会いてぇな……ー
直前まであのカフェモカの事を思い出していたというのに、“飲みたい”よりも先に“会いたい”という感情が湧いたことに自分でも驚いて、苦笑する。
ついに、自分でも胸に巣くうこの大きな感情を、見て見ぬふりでごまかしきれないところまで来てしまったかと、天を仰ぐ。
もう今更、言い訳も思いつかないし、意味もない。
ただ、あの人に会いたいと思う自分の気持ちに正直になりたいと思った。
中途半端に作りかけたハーブティの事はひとまずキッチンにおいて置き、ほとんど寝巻の状態で薄手のカーディガンだけを羽織って、財布と携帯をポケットに入れ、社用車の鍵を手に外へ出る。
あのオレンジのネオンの光を目指して、暗闇の中をただ、走り抜けた。