出発
翌日、転移させられた者達の宿舎を出発し、騎士達に守られながら城下町を抜けて、レイジは外と城下町の間に隔てられた巨大な門の前にいた。
「では、レイジ殿よ。気を付けて行くのだぞ」
「はい、この数週間。お世話になりました」
レイジと握手をしながら、深みのある声で話していたのは、この国を治める王。
金色の王冠を被り、厚いローブの様な物を豪奢な服の上に纏っている。
歳は初老をとっくに過ぎた頃で、白い髭を蓄え、白髪を伸ばした威厳溢れる姿は正に『王様』の典型の言える。
あまりお目にかかった事は無いが、出発の時を聞いて、急遽城から飛び出してきてくれたのだ。
無論、王様とも言われる人物が城から出てきてくれた事もあってか、周りには多くのギャラリーが集まっている。
「世界の均衡を取り戻すと言う事も大切であるが、君は君のやりたい事を追いかけなさい。これは、旅の援助金だ」
と言って、王様はレイジの手の平にこの世界の通貨である金貨が山程詰め込まれた布袋を手渡してきた。
布袋ははち切れん程までに膨らんでおり、明らかに必要以上の資金が詰め込まれているのが分かる。
「あ、ありがとうございます。大切に使わせてもらいますね」
と言って、レイジは金貨の入った布袋をリュックに放り込んだ。
これだけあれば、暫くは生活していけそうだし、弾薬が尽きても買い足す事が出来る。
「レイジ君、気をつけるのだぞ」
この世界に自分達を召喚した老人も、笑顔でレイジを送り出してくれた。
そして、彼もまた王様と同様に旅立つレイジへと向けてとある物を渡した。
皮で作られたケース。しっかりと留め具が取り付けられており、質の良い高級品である事が一目で理解出来る。
「これは?」
「何れ役に立つ時が来る。その時に使うと良い」
「は、はぁ…」
中身の分からないミステリーボックスを渡されるよりも、すぐに役に立つ物をくれた方が嬉しいが、今後役に立つと老人は言った。
何もくれないよりはマシなので、ここは素直にもらっておく事に決めた。
(何れ役に立つ、か…。なら良いか)
金貨の入った布袋と同じ様に何かが入ったケースもリュックへと放り込んだ。
もうリュックはパンパンだ。これ以上物を突っ込んだら、恐らくリュックはバラバラに破裂してしまうだろう。
「レイジ、お別れだな。また戻ってこいよ」
無論、見送りに来てくれたのは王様やこの世界に自分達を召喚した老人だけではない。
かつての世界での友人達五人も、当然の様に見送りに来てくれていた。
一番に、ユウマがレイジの手を握り、再会を誓った。その表情は、嬉しそうでもありどこか哀愁が漂うものとなっていた。
「写真、いっぱい撮ってこいよ!」
「元気にやってよね!勿論、また戻ってきてよ!」
「じゃあな、レイジ。アタシらもアタシらで頑張るからさ」
クラスの面々は、暖かくレイジを送り出してくれた。激励の言葉と共に、いつでも帰ってきてほしいと、全員が再会を強く願っていた。
「お、お待たせしましたー!」
先程から、レイジの旅に同行するはずの騎士であるサテラの姿が見えないとざわざわしていた周囲だったが、周りの人間の心配を他所に、サテラは荷物を纏めたバッグを片手で持ちながら、全速力でレイジ達の元へと走ってきた。
「す、すいません。お待たせしました!」
ゼェゼェと息を切らしながらも、右手で額の汗を拭うサテラ。
「騎士サテラ・ディア、よくぞ参った。お前はこれから六十年に一度の歳月で呼び寄せられ、何れは偉大なる存在へと進化する者の旅に従事するのだ。己の使命、理解はしておられるな?」
王様の責任重大な言葉。
仮にこの言葉がレイジに向けられているのなら、彼はたじろいで怯んでしまいそうだ。
しかし、実力で劣っていても騎士としての自覚は失っていなかったサテラは、王の前に膝を着き、一歩も臆する事なく答えた。
「はい、この方をお守りする事が私のお役目。必ずやその使命を果たしてみせましょう!」
グッと顔を上げて、王様と目を合わせるサテラ。紫のポニーテールがバサッと揺れる。
「よろしい。己の役目をしっかりと理解しておられる様であるな。ならば、私から何か言う事はあるまい…」
「レイジに選ばれたんだ!しっかりやれよ、サテラ!」
騎士隊長のクレイも、当然の様に見送りに来ていた。他の騎士の姿は見えず、鎧を着ているのは彼のみだった。
「クレイ隊長!」
まるで思わぬ来客が訪れた様に、サテラは目を丸くした。
彼女としては、他の騎士がここに来てくれるとは一切考えていなかった。
故に、隊長であるクレイが来た事は、サテラにとって強い驚きだったのだ。
一瞬、口をポカンと空けて、隊長であるクレイを見つめていた彼女だが、すぐに首を横にブンブンと振り、真剣な眼差しで言った。
「はい!このサテラ・ディア、全力で彼のお役に立ってみせます!」
今までお世話になった事、面倒を見てくれた事を含めて、サテラはクレイに向けてペコリと頭を下げた。
それと同時のタイミング、王様が一度咳払いをすると、大声で高らかに宣言した。
「今こそ出発の時!馬を二頭用意せよ!」
すると、何処からともなくやって来る二頭の馬。
まるで対照的になる様にして、白色の馬と黒色の馬の二頭が現れると同時に、レイジとサテラの前にやって来て、動きを止めた。
ご丁寧に手綱まで取り付けられており、乗馬と言って差し違えない。
「王様?」
「徒歩での旅は辛かろう。その為に馬を二頭用意させた。安心しなさい、人にはよく懐く種だ。蹴られたりはせん」
「じょ、乗馬の経験は…ないんですけど…」
残念な事に、レイジに乗馬スキルは無い。勿論だが騎乗スキルも無い。
経験も無しに、馬に乗れと言うのはかなり苦行な気もするが、不安そうな顔をしているレイジを見ていたサテラが小さく耳打ちした。
「安心してください!私が教えます!」
レイジはホッと胸を撫で下ろした。
「フフッ、それじゃあ行きましょうか!」
サテラがニコッと笑いながら、レイジの手を引いて言った。
それに対し、レイジは彼女と同じ様に笑みを零し、白い馬に跨ったサテラの真似をして、黒馬に跨った。
「それでは、行ってまいります」
「気を付けて」
一礼すると同時に、サテラを乗せた白い馬は彼女の手綱の動きに合わせて走り出した。
レイジも彼女の手綱の動きを真似る。すると、黒馬は元気よく鳴き声を上げると同時に、サテラの進む方向へと向けて走り出した。
勢い良く走り出した事で、身体中を強い風が吹き抜けていく。
思わず馬から落っこちそうになったレイジだが、流石にそこまで脆くは無かった。
一瞬こそ振り落とされそうになったが、何とか姿勢を戻し、サテラの馬と併走して、大地の上を駆けていく。
「大丈夫ですか?」
「はい、何とか!」
「それじゃあ、行きましょう!」
数多くの者達に見送られて、レイジとサテラは彼方へと駆けていくのであった…。