決意
現在、レイジは先程訓練場の外で、一人剣を振っていたサテラ・ディアと騎士専用の広い休憩室にて、品の良い椅子に座りながら、二人でティーカップに注がれた紅茶を飲みながら、談笑にふけっていた。
「訓練中にお茶に付き合ってくれてありがとうございます。色々とお話出来たら嬉しいんですが…」
「勿論です!何でもおっしゃってください!」
ティーカップを両手で持ちながら、眩しいぐらいの笑顔を見せるサテラ。
人相は百点満点、一目見て分かる人柄の良さ。絶対に悪い事を考えている人には思えない。
「改めて、不知火レイジです。年は18歳で、ご存じかもしれませんが、少し前にこの世界に転移してきた者です」
「私も、改めて。公国護衛騎士隊所属サテラ・ディアと申します。年齢は17歳です。貴方達の事は私の耳にも入っていました。六十年ぶりの転移者だって」
「あはは、ご存じでしたか」
「それで、レイジさん。どうして私とお茶を?」
あまり無駄話をして会話を長引かせてしまうのも迷惑だろうと考えたレイジは、単刀直入に言ってしまう事にした。
「単刀直入に言います。僕はこれから、この国の外の世界を回る旅をしようと考えています。ですが、僕一人ではこの異世界で路頭に迷うのが目に見えているので、誰かこの旅に着いてきてもらう人を探そうと思っているんです。それで、クレイさんと一緒に着いてきてくれる人を探していた訳なんです」
「それと私に何の関係が?」
首を傾げるサテラ。
「包み隠さず言います、僕の旅に着いてきてくれませんか?」
一瞬、無言になる両者。しかし、数秒の沈黙の後、サテラがボソボソと話し始める。
「お、お誘いはとても光栄なのですが……私では、力不足です」
下を向きながら、しょげてしまったかの様に肩を落としてしまうサテラ。
しかし、レイジとしてもこう言った反応を取られてしまうのは、ある程度予測していた。
何故なら、少し前。サテラと出会った直後に、クレイはレイジにある事を忠告したのだ。
◆◇◆◇◆◇◆
「おい、レイジ。悪い事は言わない、アイツはやめとけ」
サテラと出会ってすぐ、レイジはクレイに無理矢理連れて行かれ、サテラと数メートル離れた所で静かに耳打ちされた。
「え、何でですか?」
レイジも小声で、何故ダメなのかを問うた。
クレイは下手に隠そうとはせず、顔を顰めながら素直に返答する。
「確かに騎士隊所属だが、ハッキリ言って騎士に向いてないんだよ。他の隊員とも実力の差があり過ぎて、ああやっていつも訓練場の外で素振りしてんだよ。俺もたまに見てやってるが、最低限の基礎しか出来てない」
「…僕は悪くないと思いますけど?」
「まぁ頭は悪くないんだが、護衛を務められる程じゃない。厳しい言い方だが、やめておけ」
◇◆◇◆◇◆◇
クレイに釘を刺す様に言われたのを思い出す。だが、彼の静止を振り切って、レイジは玉砕覚悟で彼女をお茶に誘い、旅に従事してくれないかと頼んでいる。
しかし、やはりサテラの反応は悪い。
「自分が騎士隊の中で特に劣っている事は自分自身承知しています。レイジさん、お誘いはとても嬉しいですが、悪い事は言いません…その役は、私ではなく他の騎士に任せるべきだと…」
歯噛みし、両手の拳をグッと強く握る。
そして、レイジは考えるよりも先に体を動かしていた。
勢い良く椅子から立ち上がり、サテラに向けて叫ぶ。
「君以外の騎士はとっくに全員拝見させてもらったよ!僕にとっての適任は、君しかいないんだ!」
と、感情任せに言葉を並べて、彼女の事をピンと指差す。
直後、息を吸って続けた。
「別に腕っぷしが強い奴を求めている訳じゃない。ただこれからの旅を楽しく、そして異世界の人として引っ張っていってくれる人を求めているんだ。強さだけが、全てじゃない」
しかし、サテラはたじろぎながらも、レイジから視線を逸らして言い放つ。
「それでは、貴方が命を落としてしまうだけです!この国の外には、危険な魔物やタチの悪い野盗だっています。私の技量じゃ、その全てを跳ね除けるなんて事は出来ません!」
「僕だって戦う力はある。それに、戦力が欲しくなったなら、後で幾らでも足せば良い」
「何故、そうまでして私に……代わりなんて幾らでもいるでしょうに…」
サテラは何故、彼がそうまでして自分の事を推してくれるのかが理解出来なかった。
会ってまだ数時間、レイジはサテラの事なんてまだ何も知らない。
しかし、それでもサテラを信じて、手を差し伸べてくれる。
その理由が分からない。
「この世界の事には、詳しいんだろ?」
「それは、そうですけど…」
「なら十分だ。僕は君を推薦する。後は君の答えを聞くだけだ」
「………」
黙り込むサテラ。
断るのは簡単だが、彼女としては何故か断る気になれなかった。
この国に残って騎士を続けると言う考えも、一瞬過ぎったがここに残っても、何かが変わる訳じゃない。
また、毎日毎日ずっと訓練場の外で、一人剣を振るだけの日々。
いつまでも、誰とも模擬試合が出来ず、成長しないまま、影で他の騎士達に笑われる。
そんな現状に満足しているのかと聞かれれば、絶対に違うと答える。
いつも元気に笑顔でいる事を信条としているが、ハッキリ言って限界が近い。
(だったら……)
自分の気持ちを押し殺し、いつまでもくだらない現状を変えないのは、サテラとしても嫌な話だ。
ならば、とサテラは思い切って舵を切る。
「分かりました!貴方の願い、叶えましょう!」
元気良く言うと同時に、サテラはレイジの手を取った。
偶然だろうか、先程まで消えていた陽の光が、この休憩室の中に、祝福の光の様にして差し込んだ。