無茶振り
「はぇ?」
威厳ある老人が何言ってんだコイツと言いたげな困惑の表情と共に、首を傾げた。しかし、そんな老人とは対照的に、レイジの瞳はやけにキラキラしている。
「ど、どう言う事じゃ?乗り物とお金?何故、急にそんな!」
「この世界って、言っちゃえば異世界。僕らの知らない世界、って事ですよね?」
やけに嬉しそうに話すレイジ。それに対し、老人は腕を組みながら、熟考した様な顔で話す。
「確かにそうじゃが、お主何を考えておるのか?」
「僕、この世界の写真撮りたいんですよ!」
と場違いな形で叫び、レイジはリュックから一眼レフカメラとすぐに写真を現像出来るインスタントカメラを高々と取り出した。
「「「「えぇぇぇ!!」」」」
驚きの声を上げたのは、ユウスケ以外のクラスメイト全員だった。
「お、おいレイジ!ここは俺達の暮らしてた世界とは違う所だぞ!」
「そうだぜ、レイジ!海外に一人で行く様なもんじゃねぇか!」
「何で自分から追放されに行ってるのよ!私達、貴方の事嫌いじゃないよ!」
「もぅ、何でお前はいっつもそうなの…」
焦る四人と対照的に、ずっと何かを妄想して輝かしい瞳を見せているレイジ。
それに対して、老人は少し考え込んだ後、一度息を吸って話し始めた。
「な、成る程。要するに君は戦う事ではなく、何か他にこの世界でやりたい事があると言うのかね?」
「そうです!」
迷わず即答。
一切の迷い、躊躇いを見せない回答に老人は思わず、素で笑みを零してしまう。
「ハハハ!そうか、若いと言うのは本当に素晴らしい事であるな。よろしい、一人欠けたとて問題はあるまい」
今までの物腰低い雰囲気とは異なり、老人はバッと席を立ち上がり、変に嬉しそうな表情を浮かべた。
まるで、今まで隠していた本性を見せつけるかの様に…。
「良かろう、旅立ちの資金と馬を君に授けようではないか!」
「おぉ!マジっすか!」
すぐさま、足が勝手に動き出して、広間から飛び出そうとしたレイジ。
しかし、そんな彼に老人は待ったを掛ける。
「しかし早まるでないぞ。ここは依然君達が暮らしていた世界とは全く異なる。この国の外は危険でいっぱいだ。呆気なく死なない為にも数週間か一ヶ月、何なら自分の気が済むまで、この国で何かしらの武器の使い方や戦い方を覚えなさい。今のままで君を、この国の外へと送り出す訳にはいかんからな。無論、それは彼以外の皆もそうだ」
要するに、これから暫くは訓練三昧と言う事。それなりに厳しい日々を送る事になるのは確定だが、レイジはそんな事を一切気にせず、写真を撮る為の放浪に出る事を許された事実に、ただ大喜びしていた。
◆◇◆◇◆◇
一応、異世界で生きていく決意を全員がした以上、戦う為の術を学ばなくてはならない。
潜在的な能力を秘めているとは言え、元は平和主義を掲げていた日本でぬくぬくと生きてきた高校生。
殆どがスポーツ等を経験しているとは言え、いきなり魔物や魔族、ましてや野盗等と戦うなど自殺行為。
無論、転移させられた翌日からは早速実戦を想定した訓練やこの世界の歴史を学ぶ授業等が執り行われた。
初日、歴史の授業は全員聞き流す程度で聞いていたが、実戦を模した訓練の方は全員真面目に取り組む姿勢だった。
何故なら、この訓練を怠れば、外に出た瞬間に死ぬ事になるからだ。流石にそこは前日の内から理解していた様だった。
「よぉし、今日からお前達の訓練を担当する護衛騎士隊隊長の「クレイ・オルブライト」だ!皆、よろしくな!」
訓練を担当するのは、この国の重役の護衛を担当する護衛騎士隊の隊長を名乗る男、クレイ・オルブライトであった。
筋骨隆々な体を守る鋼のプレート、短髪に厳つい顔立ち、180cmを超える巨大、そして右瞼に刻まれた傷跡。いかにも、歴戦の騎士と言った所だろう。
「訓練を始める前に言っておく事がある。たとえ武器が上手く使えなくとも、魔法が使えなくとも、お前達六人には、何かしらの個性がある。何も急いで何かを習得しろとは言わない。それぞれのペースでいいから、確実に知識と技術を身に付けてくれたまえ」
クレイの言葉に頷く6人。
「それじゃ、まずはそれぞれ武器を選んでもらう。好きなのでも、しっくり来たのでも、何なら目を瞑って選んでくれても構わん。国の宝物庫から持ってきた物ばかりだ、どれも一級品だぞ!」
と高らかにクレイが叫ぶと、彼の部下らしき騎士達が精巧に作られた大きな木箱を次々と運んできた。
部下の騎士が箱を開けると、中からは今までコスプレ会場でしか見た事がない様な武器達が顔を出した。
誰でも知る様なロングソードを始めに、二刀流のツインソードや殴打用の篭手、魔力が込められた杖など様々。
「スゲェ、俺こんなのテレビでしか見た事ないぞ」
思わず冷や汗をかきながら箱の中身を見つめるユウマ。
「結構、と言うかかなり精巧ね」
箱の中身に思わずたじろぐユウマだが、そんな彼とは対照的に、目を丸くしながら顎に手を当て、興味深い様子で武器達を見つめるヒナタ。
「と、取り敢えず俺はこれで」
ユウマは恐らく一般的なロングソードを手に取った。大きさは彼の全長の三分の二程の長さで刀身は鈍い銀色に輝いている。
無論、刃の部分は精密に砥石によって研がれた本物の鉄。
「へぇ、でも結構………!」
ユウマはロングソードを握ると同時に、クラスメイトの面々から少し離れると数回ロングソードを振る。
片手で、両手で、数回剣を振った後、ユウマは剣を振るう腕を止めた。
「悪くない。何か、剣道に似てる」
「中学の時、お前ちょっとかじってたもんな」
「あぁ…重さは違うが、特別使いづらい訳じゃない」
「私は、この杖にしてみようかな?魔法少女っぽいし」
ミアは、剣を握ったユウマとは打って変わって、魔力を消費して魔法を生み出す力を補助する錫杖だった。
「魔法は火、水、土、風、雷、そして無属性と様々な属性がある。発動の時は、脳内で魔法をイメージすれば自然に魔法が生み出される。が、初めの内は上手く生み出されない。とにかく数をこなしてイメージをより強く具現化させろ!」
「は、はい!」
「俺はこれだな、これ以外使える気がしねぇ」
筋骨隆々で、以下にもパワーキャラなリュウタロウは迷う事なく殴打用の籠手を選んだ。
レスリングや空手と言ったスポーツをやって来たリュウタロウからすれば、英断と言えるだろう。
「相手と組み合って、殴るってのが良いかもしれないな」
早速、リュウタロウは一人でシャドーボクシングを始めた。
「これは、中々…」
ヒナタが手に取ったのは、両手で柄を握るハルバード。戦斧と槍を合わせた複合武器で頂端には槍の様な鋭い刃、頂端横には斧の様に広がった刃が取り付けられている。
ヒナタは、ニヤッと笑うと同時にハルバードを振り回し、再び構えた。
「いいな、これ」
全員がそれぞれ武器を選んで、軽く触れて動かしていく中、レイジはまだ武器を選べず、箱の中身をジィーっと見つめていた。
「ふぅーむ」
「どうした?しっくり来る武器が無いか?」
ずっと箱の中身を見ていたレイジを見かねて、クレイが彼に話し掛けた。
「まぁ、すぐに武器を選べとは言わん。今日は他の事を……」
「これは……」
刹那、レイジの目付きが大きく変わった。
箱の端っこにレイジの興味を強く引く武器があった。電流が走るかの様に、レイジは一瞬で
箱の隅の隅、まるで追いやられてしまった無能の様に。
レイジは徐ろに、箱の隅に追いやられていた一つの武器を手に取った。
腕を組んで、武器を選ぶレイジを見ていたクレイだったが、彼が箱の中身から取り出した武器を見た瞬間、彼は顔色を変えた。
「これだな」
「なっ、君。それは…」
手に取ると同時に、カチャリと音を立て、両手で構えた武器。
それは、遠距離から敵を攻撃する射撃武器、ハンドガン。
またの名を、拳銃だったのだ。
「中々にいい、中身が粗悪品じゃないのなら嬉しい限りだが…」
異世界で銃。
非科学的な現象や存在が数多く存在する剣と魔法の世界で、科学的な技術を詰め込んで作られた現代兵器でもある銃を使うのは、少々違和感があるかもしれないが、レイジにとっては、かなり縁のある武器でもある。
「まさか数ある武器の中で、銃を選ぶとは…。センスがあるじゃないか」
「え、もしかしてマイナーな武器なんですか?」
「いや、そいつは六十年前に開発された武器なんだが、如何せん歴史が浅い武器だからな。使い手は少ないし、遠距離で戦うのなら、わざわざそんな重い物を使わなくても、弓や魔法で事足りる」
確かに、と納得してしまう自分が居て変に悔しくなってしまった。
遠距離で戦うのなら、一々重いスナイパーライフルを担がなくとも、魔法を使って戦えば良い話。
「それに一々弾も込めないといけないから、この世界の武器じゃかなり不人気なんだ」
「そうなんですか…」
不人気とクレイは容赦無く言い放った。しかし、レイジとしては、そんなに不人気なのかと首を傾げる。
この世界の本を読んでいた時や、召喚した老人に話を聞く限りでも、銃自体の登場はよくあった。更には、『銃を基礎とする変異的な特殊兵器』もあると聞いた。
想像は膨らむ一方。
そして、視線を左の方にやると訓練用の的があった。双眸に的が映ると同時にレイジは目を細め、やけに真剣な顔を浮かべた。
右手でハンドガンを握る。
確認する感じ、マガジンと弾は込められている。セーフティを外すと同時に右手を高速で前に突き出すと同時に、引き金を引いた。
強い反動が右腕を襲い、両耳を塞ぎたくなる様な銃声が響く。
耳栓をしていなかったのが完全に判断ミスであった。
キーンと耳鳴りが響き、思わず奥歯を食いしばった。
「片手で撃つなんて、随分と………って、当たってる!?」
飄々とした表情で腕を組んで、レイジの射撃の様子を見ていたクレイであったがレイジの射撃の結果を見て、彼は目を見開き、この厳つい顔には似合わない驚きの表情を見せた。
「射撃は、これでも経験がある」
片手で射撃を行ったレイジ。狙いを合わせた時間は数秒にも満たなかったが、レイジの握ったハンドガンの銃口から放たれた銃弾は、正確に藁で作られていた的を撃ち抜いていた。
その証拠に、的には風穴が空き、地面には撃ち抜かれた部分の藁が転がっていた。
そして一発、更に一発。連続してハンドガンの引き金を引いて、弾を撃つレイジ。
「ヒット…」
銃口から放たれた弾丸は、見事全弾ヒット。藁で作られた的は、ものの一瞬でボロボロになってしまった。
「ふぅ…」
「おい、坊主。お前元冒険者か何かか?」
神妙な表情でレイジをジィーっと見つめるクレイ。
「いや、その……」
数年前、長期休暇の際に父親の伝手で、海外の民間軍事会社へと赴き、インストラクターに一ヶ月程訓練を受けた。
何て正直に話した所で信じてもらえる訳もない。
「あはは、ちょっと経験があるだけですよ」
「だが、俺がこの国に所属してからこんなに上手く銃を使う奴なんて見た事ないぞ?」
片手で姿勢を崩さぬまま射撃、しかも数発連続、更には全弾名。
ちょっと経験があるでは済まされない様な実績を早速見せてしまったレイジ。
流石に調子に乗り過ぎてしまったかと心の中で静かに反省するレイジだったが、意外にもクレイは深入りする様子を見せなかった。
「まぁ、長所があるのは良い事だ。存分に活かすが良い」
「この世界における銃使ってる人の割合は?」
両手で包み込む様に銃を握り、構えながらクレイに尋ねるレイジ。
「俺も元は冒険者として活動していたが、見た事があるのはマジで片手で数えるぐらいだったな。何せ使える奴も使いたがる奴もいないからなぁ…」
「そんなに銃ってマイナーなんですね」
「まぁ、利便性やコスト面において魔法に劣りまくってるからな」
「愛用しようとしてる人の前で言いますそれ?」
「あぁ、それはすまん」
クレイは後頭部を掻きながら、素直にレイジへと謝罪した。